第7話 加護



 ――シスターから聞けた話は、改めてこの世界が『ゾンビアポカリプス』の世界と違うことを実感させた。



 俺達がいる大陸で広く信仰されている宗教、『女神教』。唯一神である女神が、何もない世界に最初に大陸を創り、次に動植物を創り、そして最後に人間を創った。



 やがて人間は四つの国に分かれて、争いを始めるようになってしまった。それが現在の大陸の北側にある、『帝国』。東側の、『王国』。南側の、『公国』。西側の、『教国』。ということらしい。

 ちなみに、この村は王国領の端っこに位置するとか。



 そして、魔法は女神が人間だけに与えた恩恵――のはずが、ある時を境にして人間以外の生物もその力を行使するようになった。



 凶暴性が増したり、異常な特性を発現した個体を『魔物』と呼び。さらに、人間と同じまでの知性を獲得した個体を『魔族』と呼称している。女神の威光を理解できない蛮族として迫害されて、大陸の最北端に魔族の国がある――という以上の内容が、シスターが語ってくれた女神教でのざっくりとした歴史と大陸内の情勢についてだった。



「……ありがとうございます。突然押しかけて来たのに、わざわざ『私』一人の為に時間を割いてくれて……」

「だから、さっきも言ったでしょう? 子供がそんなことを気にしなくて良いって」



 そう、にっこりと微笑むシスター。長い話が終わりそうな気配を察して、コレットはつまらなそうな表情を引っ込めて、明るい笑顔を浮かべて「家の手伝いもあるし、そろそろ帰りますねー」と言いかけた瞬間。

 シスターは、「最後に体の様子だけ確認させてくれないかしら?」と言ってきた。 



「?」

「ユウちゃんを見つけた時の傷は魔法で治したし、今も元気そうだけど、念の為にね?」

「はい、そういうことでしたら『私』は構いませんけど……」



 俺が了承するを見て、シスターは別室の方から布に包まれた『何か』を持ってきた。



「……それは?」

「これは、魔道具の一種よ。普段は滅多に使わない物だけど、触れた人間の状態を確認することができるの。早速、触れてもらえる?」



 布の中から姿を現したのは、一つの水晶玉であった。透き通ったその球体は、まるで俺の心の奥底まで見透かしてくるような錯覚をもたらす。

 シスターの促す声も、どことなく急かすようにも感じられた。横目でシスターの表情を盗み見てみたが、微笑に変わりなし。単なる気のせいのようだ。



 隣に座っているコレットは、初めて見る魔道具の存在にテンションが上がっていた。



「ねえ、シスターさん! ユウちゃんの後で、私も触ってみても良いですか!?」

「ええ、良いわよ。……まあ、コレットちゃんは見るからに問題なさそうだけど」

「えへへ」



 シスターとコレットの気の抜けるやり取りを経て、シスターが両手で抱えている魔道具である水晶玉へとそっと右手を差し出した。

 それと同時に、水晶玉が一瞬だけ淡い光を放つ。それに俺やコレットは驚いてしまった。シスターが、どんな反応をしていたかは、俺は見ることはできなかった。が、息を呑むような気配がした――ような気がする。



(……何か問題でもあったのか? もしかして……)



 心の中、不安が渦巻く。嫌な想像が、脳裏を過ぎる。それを雰囲気で察したのか、コレットが俺の手を優しく握ってきた。気持ちが、多少ではあるが落ち着く。



「……大丈夫? ユウちゃん」

「……うん、大丈夫。それで、シスターさん。『私』の検査結果に、何か問題でもあったんですか?」



 恐る恐る、シスターに問いかけた。シスターの表情に浮かんでいたのは――。



 ――変わらない、笑みだった。



「――いえ、悪い所は全くなかったわ。むしろ、『加護』があって驚いていたの」

「……『加護』?」



 また聞き慣れない単語に、頭の上に疑問符が浮かぶ。そんな俺の疑問に、シスターはすぐに答えてくれた。



「簡単に言ったら、魔法とは別種の力。魔法が体系化された技術だとしたら、加護は個人に女神様から授けられた唯一無二の奇跡なのよ。……と言っても、当たり外れが大きいけど」

「……それで、『私』の加護というのは?」



 束の間の沈黙を挟んだ後、シスターは言った。



「……『痛覚無効』。私にはそうとしか見えないわ・・・・・・・・・・



▽▲▽▲▽▲



「……では、お邪魔しました」

「じゃあね、シスターさん。また明日!」

「ええ、また明日。二人とも、真っ直ぐに帰るのよ」



 コレットとユウの二人を見送った後、教会の中に残されたのは私一人だけであった。



「はあ……ユウちゃんったら、どんな宿命を背負っているのかしら」



 独り言の内容は、先ほどまで訪れていた少女の片割れ。村の近くの森で倒れている所を保護されて、私も魔法による治癒を行った。



 順調に回復しているようで安心する反面、この村にとって厄介事を招きこむ火種にならないか不安があった。



 それを解消する――もちろん目に見えない異常を調べるつもりもあった――為に、私は各教会の責任者に配られる魔道具『鑑定の水晶』を使用した。

 その結果は――。



『■■■:■■の■■(■■■)に■■■者に与えられる■■。その■■として、『痛覚無効』、『■■■■の■■』、『■■の■■』が付与される。この■■は、絶対に■■■■■■』



「……『鑑定』内容が文字化けするなんて、始めて」



 不穏な要素はたっぷりなのだが、ユウ自身は善良な少女に過ぎない。それは、この短いやり取りで理解できた。

 この『鑑定』結果について、最低でもここの村長、できればこの国や女神教の総本山である教国に報告すべきだろう。



 しかし、そんなことをすれば不必要な陰謀にユウを巻き込むことは不可避。ただでさえ、森で子供一人だけで生き倒れて記憶喪失という悲惨な目に遭っているのだ。

 そんな酷い真似ができようか。



(……まあ、読み取れる部分からは他者への攻撃性もなさそうだし、そんなに大事にはならないでしょう。子供達の健やかな成長を妨げることを、大人である私達がしたら本末転倒だしね)



 ――私は、昔の自分のように不幸な子供を一人でも減らしたい。そんな願いを叶える為に、シスターになったのだから。

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