第3話 混乱
――水底から引き上げられるような感覚とともに、俺の意識は覚醒した。と言っても、まだ完全に目は覚めておらずぼんやりとしているが。
(……まだ思考ができるってことは、ゾンビ化はしてないということだよな?)
『ゾンビアポカリプス』に登場するゾンビには、生前の人格や意識は基本的には存在しない。
そして、次に気になったのは俺が今いる場所について。体を包むのは、柔らかくて暖かい布団。そこに寝かされていた。ボロボロな布切れ同然であった服から、質素ながらも綺麗で清潔な寝巻きに着替えさせられた状態で。
(……? ……!?)
思考が混乱する。慌てて周囲を見渡せば、そこは木造住宅の一室。ベッドがあるということは寝室なのだろうか。どうして、こんな場所に? そういえば意識を失う直前、俺の前に『何か』が近づいてきていた。
その正体は、森林ステージに出てくる野生動物のゾンビ――と思っていたが、この様子では違うようだ。運よく通りかかった親切な人に助けられた、と考えるのが自然だ。
それでも、最低限の警戒心は持っておくべきだろう。倫理観が終わっている終末世界でもあるし、今の俺は肉体的には少女なのだから。
だとしても、ようやく一息が吐けそうである。深くため息を吐いた瞬間に、部屋の扉が開けられた。驚いて心臓が跳ねつつも、無意識の内に視線は扉の方に向かう。
「あっ、気がついたんだ。良かった!」
視線の先にいたのは、一人の茶髪の少女であった。簡素なワンピースを着た彼女は、両手で水の入った桶と手拭いを持っていた。年齢は今の俺――『私』とそう変わらない頃か、少し上ぐらいだろう。
少女は俺の様子を見て、にっこりと笑顔を浮かべ、そのままベッドの方に歩いてきた。
若干身構えていた体の力を緩めながら、俺は少女に問いかけた。
「えーと……君がお、『私』を助けてくれたの?」
一瞬ではあるが、言葉に詰まりそうになる。転生前の――男としての喋り方が出そうになったが、今の外見に相応しいものが無難だろう。
初対面の相手に、あまり違和感や不信感を与えたくない。
少女は俺の話し方に特に疑問を持った様子は見せず、質問に答えてくれた。
「うん、そうだよ。私がお父さんと一緒に森で薬草を探している時に、倒れていた貴女を見つけたの。……調子は大丈夫? 体にあった傷はシスターさんの
心配そうな表情で、そう言ってくる少女。それに対して、俺はちょっとだけドギマギしながらも何とか返答しようと思った時。少女の話してくれた内容に、見過ごせない『違和感』があった。
(今この子、何て言った? 魔法? 聞き間違いか? 『ゾンビアポカリプス』にそんなシステムなかったはずだけど……)
いくら俺の記憶を掘り起こしても、『ゾンビアポカリプス』に『魔法』なんてファンタジーな要素はない。
「う、うん。体の方は問題ないけど……魔法って『私』の聞き間違い? 漫画やゲームの話じゃなくて?」
「……まんが、げえむ? それはよく分かんないけど、魔法のことを知らないの? ……まあ、この村でも魔法を使えるのはシスターさんぐらいだし、別に不思議でもないか。教会がなくて、シスターさんもいない村があるってお母さんも言ってたし」
そう言って、一人で納得している少女。そんな彼女とは反対に、俺の頭には疑問符でいっぱいになる。俺と『私』の常識が崩れる音がする。
意識を失う前の、廃墟街から森林ステージっぽい場所への一瞬の移動。そして、少女が日常会話の延長線のように語る未知の概念、魔法。
それのお陰で、俺はゾンビ化を免れたのかもしれない。それはそれとして――。
(……もしかして、ただの異世界転生じゃない?)
異世界転生、しかも性転換つきの時点で万人の思い描く『普通』からはほど遠いだろうが。
もっと正確に状況を把握する為に、少しでも多くの情報を集めないと。そう、多少は冷静な俺の部分が結論づけようとした時。
「……ねえ、起きたばっかりの貴女にこんなことを聞くのって失礼かもしれないけど、何があったの? ここの村の子供じゃないのは分かるけど、お母さんやお父さんは? 困っていることがあるんだったら、私や村の人達も力になるよ」
少女の「両親はどうしたの?」という発言の部分に、『私』が反応してしまう。幼い子供としての『私』が。
頭痛や気持ち悪さとは別の理由で、視界が歪んでしまう。そう、涙だ。
「えっ!? ご、ごめんなさい!」
少女が慌てて謝ってくる。だけど『私』の耳にその謝罪が届くことはなく、ポロポロと留めなく涙が溢れ落ちていく。感情の制御が効かなくなってしまう。
そんな醜態を晒していると――。
――少女の細い両腕によって、優しく抱きしめられた。温もりで、気持ちが少しずつ落ちついていく。
「……ごめんね、無理に聞き出そうとして。ここに怖いものなんて一つもないから、安心して」
その言葉に甘えて、『私』は少女の胸の中で静かに泣き続けた。
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