一國志演義 呂布奉先&月花伝  ― 呂布の軍師が徐庶だったらどうなるか? ―

五平

愛と義の覚醒

第1話:流浪の賢者、武に義を説く

189年 春。


洛陽の街は、霊帝崩御後の混沌とした熱に包まれていた。董卓が軍勢を率いて入京し、その威圧感は空気を鉄のように重くしていた。


その重圧の中心に立つのが、天下無双と謳われる男、呂布奉先である。


「フン……」


赤兎馬の上で呂布は鼻を鳴らした。彼の周りには董卓の兵がひしめき合っているが、彼らの眼差しには畏怖と同時に、制御できない猛獣に対するような怯えが混じっている。呂布の背中に差した方天画戟は、血と太陽の光を吸い込んだように鈍く光り、彼自身が持つ「武」の巨大な質量を象徴していた。


彼にとって、この乱世は、ただ自らの力を試すための広大な狩場に過ぎなかった。


その時、雑然とした群衆の端から、一人の男が呂布の前に進み出た。


襤褸(ぼろ)を纏い、笠を目深に被ったその男は、呂布の巨大な武の圧力を前にしても、微動だにしなかった。その姿勢は、まるで泰然自若とした山脈のようであった。


「貴殿が、天下に並ぶ者なしと称される呂布奉先殿と見受けるが」


男は静かな、しかし芯の強い声で尋ねた。


呂布は赤兎馬の手綱を緩め、傲然と見下ろした。


「然り。貴様は何者だ。道を開けろ。今、俺の機嫌は良くない」


男は笠を脱いだ。その顔は、流浪の賢者、徐庶(じょしょ)であった。彼の眼差しは、呂布の武力ではなく、その奥にある魂を見透かすかのように真っ直ぐであった。


「恐れながら進言させていただきます」徐庶は低く、しかし明確な声で言った。「貴殿の武は、まさに天が与えた天下無双の力。それは真実、乱世を終わらせる光となり得るでしょう。」


徐庶はそこで言葉を切った。呂布はかすかに興味を示し、その後の言葉を待った。


「しかし、」徐庶は続けた。「その力が『義』を背負わなければ、それはただの、巨大な凶器に他なりません」


「凶器…だと?」


呂布の身体に、雷が落ちたかのような衝撃が走った。彼は一瞬、激昂しかけたが、徐庶の言葉が胸の奥深くに響き、怒りの炎をかき消した。


徐庶の言う「凶器」という言葉を契機に、呂布の脳裏では、過去の光景が堰を切ったように溢れ出した。それは、故郷の村が荒らされた時の無力感、裏切り、そして自らが振るった武が意図せず生み出した悲鳴の残響だ。


――巨大な凶器。


その言葉は、呂布の思考を、自らがどれほどの破壊をもたらす存在なのかという自問自答へと駆り立てた。故郷の巨大な農具、獲物を仕留める罠、そして、董卓の命によって斬り捨てた敵兵の断末魔。その全てが、徐庶の言葉と結びつき、呂布の思考は激しく駆け巡る。


「なぜだ……」呂布は無意識に呟いた。「なぜ、お前は俺を否定する?」


徐庶は静かに応じた。


「否定ではございません。その力を、真に生きる力に変えたいと願う故です。」


徐庶の言葉は、呂布が武人として生きてきた道の全てに、初めて「違和感」という名の波紋を投げかけた。その「違和感」は、やがて彼の人生を根底から覆すための、静かで大きな「助走」となろうとしていた。

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