人間のアシェイムド
陸前 フサグ
1大恥目 自覚なし死にたがりと太宰治
1恥目 三鷹で見たかった景色(1)
突然だけど、私は静かにキレている。
東京は三鷹市、三鷹駅で飲めもしないブラックコーヒーを片手にブチギレている。
苦さに逃げ、怒りを鎮めようとして買ったものの、かえって逆効果だった。久々に飲む缶コーヒーの苦さは胃も感情も荒らす。
さらに色の印象か「悪」を飲んでいるようで、機嫌はナナメになる。
「東京に来た意味……!」
缶を傾けながらの早歩き。狐のように目を釣り上げ、すれ違う人を皆憎むような目つきで歩くからガラが悪い。
今触れられたら、勢いで知らない人に平手打ちをしてしまうかもしれない。
まあ、そんなことをしたら警察がすっ飛んで来るから絶対にやらないけれど。
今が特別に機嫌が悪いだけで、普段は大人しくて目立たない人間なのだから、そんな度胸もない。
そもそも怒りの原因は何か、と。気になりますよね。これがまた腹立たしい理由なんですよ。
自宅のある宮城県から、友達に会いにはるばるやって来たんですよ。私。
そして当日。今日。
『すまんなぁ、彼氏が今日休みだったの忘れとったんよぉ』
型落ちのスマートフォンから聞こえてくる、語尾を伸ばした甘ったるくて高い声。
通話相手である京都出身・三鷹市在住の友人はそう言った。彼氏を忘れていたからなんなんだ。
その続きはあえて言いやしないけど、察せというなら「今日の予定はキャンセルで」という意味だ。
ふざけている。だからキレているんだよ!
ふざけんな! と、一言言ってやれば気が済んだかもしれない。
強く言えない気弱な性格が災いして「いいよ、全然」と言うしかなくて。
咄嗟に三鷹市内に知り合いがいるからと嘘をついた。ウッソー。都合よく三鷹に知り合いなんかいるもんか! 知り合いなんてこの人しか居ないよ!
このために仕事の休みも調節して、極貧ながらにお金も貯めた。服も靴も新調した。髪も切った。
なのに友人は……見知らぬ土地で1人にされた私の気持ちなんて考えもしないだろう。
今日で永久に友達を辞めてやる。
すんごい振られかたしちまえ!
思いつくだけの酷いことを想像したら、少しだけ気が収まって来た。
冷静になると、怒りに任せた早歩きも疲れてくる。ぴたりと立ち止まって、辺りを見渡すんだ。
「……都会だな」
23区から離れたら東京を感じられない、なんて言っている人がいたっけ。宮城県の三陸に住む私にとって三鷹は充分に都会だ。
街って、いい――!
せっかく取ったホテルと新幹線の切符。
1人だろうと東京を満喫しなければ元が取れない。そりゃいかん。今日という日は何としてでも、人生は悪い事ばかりじゃ無い! と自分に教えてやらねばならないのだ。
と、なれば。
この待ち合わせ場所だった三鷹市にだって、何かしらの縁があるわけで。この街をスルーして有名観光地の渋谷だ新宿なんて、あちこち浮気する訳にはいかない。
これは絶対的な意地である。グルメ、観光、なんだっていい。ドタキャンされた事を一発逆転してくれるような大きな事が1つあればいい。
きょろきょろとあたりを見渡し、たまたま目に入った「玉川上水」の看板に興味が湧く。
なんとなく馴染みある、初めてではない字の並び。何かあった気がする、と忘れたものを思い出せないような気持ちになる。
まあ、きっとそこへ行けばこのモヤモヤも晴れるだろう。クイズの答えが分かりそうでわからないみたいなもんさ。
行き先は決まった。
スマートフォンにある地図アプリに頼りながら歩き出したは良いものの、「玉川上水」とはなんなのか。
ナビの矢印はあっちへこっちへ、感情を持ったかのように頼りない案内ばかりしてくる。
ねえ、しっかりしてぇ?
途中で投げ出して「大体この辺です」とか言うんじゃないよね? あっち? えぇ、次はこっち?
待て、これは駅に向かって歩いていないだろうか。いいや、駅でもない、公衆便所? いや違う……
慣れない土地を歩き回るばかりで、ちっとも到着する気配はない。
この日のために下ろした、真新しい白色のスニーカーは黒くなり、踵の靴づれが悪化していくだけ。
頼りないナビを信じて歩くこと1時間。結局それらしい場所はわからないままだ。
とうとう足の痛みに耐えられず、川沿いのベンチに腰を下ろして靴を脱いだ。踵を見ると、真っ赤に擦れて出来た傷があり、靴下に滲むほどの血も出ていた。
「痛い……」
萎びたもやしのようによれた絆創膏を貼りながら、見知らぬ土地で痛みを耐えている虚しさ。
もう、全てが嫌になってくる。悔しい。
友人にドタキャンされる自分も。
東京に来て何も出来ない自分も、
イライラしている事にイライラしてしまう自分も。
「あぁ! もう!」
苛立ちが思わず声に出る。まずいと思ったけど、周りには全然人がいない。
ふうと一息ついて、何も考えないように冷静さを取り戻そうとする。
そうしたら――かすかに川のせせらぎが聞こえて来る。自然に触れれば気持ちも落ち着くかな。
癒しを求め、音のするほうへと足を庇うように進み、橋から川を覗く。期待通り、湿った土の匂いは心を癒したようだ。
高ぶった感情が消えていく。自然は凄いな、偉大だ。
「えぇ……しょぼ」
自然にせっかく癒して頂いたのに、川と言う割には少ない水量に独り言を漏らしてしまう。もしかして川ではないのかもしれない。
もしも落ちてしまったら、溺れるのではなく、打撲等の蹲るような鈍い痛みに襲われそうだ。それでも、打ちどころが悪ければ痛みもなく一瞬で死ねるかもしれない。
死ねる、かもしれない。
――そうしたら全部0になって楽になれないかなぁ、なんて。
「死にたいの?」
「えっ」
心を読まれたの!? びっくりして振り返ると黄色い目をした同い年くらいの女性がいた。
水色のパーカーを着て、ショートパンツから伸びる長くて綺麗な足を見せつけられる。
「な、なんですか、急に……」
突然の問いかけに顔が引き攣り、体は固まる。
「死にたいのかって聞いてんの。ここをくる奴ってさ、あの物書きと同じようになりたいって思うらしいよ。同じ感じ?」
誰なのこの人。めちゃくちゃ馴れ馴れしい。ちょっとバカにした言い方されちゃうし。
「別に、死にたくありません……けど!?」
「何、イライラしてんの? まぁ死にたいって言ったらメンヘラ扱いされるもんなぁ」
「だぁかぁらぁ! 思ってませんってば!」
バカにしてるよね!? すごい失礼じゃないか!?
突然話しかけて来て、死にたい? なんてさぁ! こんな人初めてなんだけど!
「じゃ、死にたいを生きたいに変えてみよっか」
女性はにっこり笑って、私の肩を組む。黄色い目は全てを見透かすようだ。ふざけているようにも見えない、落ち着き過ぎた声色に背筋すら震える。
「いや、だからなんなんですか!」
私は拒絶した。力一杯、離れようとしたんだ。
「暴れんなよ。いいって、無理しなくて。誰にでも死にたい願望くらいあるって!」
「はぁなぁしぃてぇ!」
どれだけ振り払っても、体を揺さぶっても離れやしない。なんて力の強い人。
周りに人が居ないから、誰にも助けを求められない。大都会東京のくせに、人が居ないなんてことあるのか?
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