勇者レベル1 「エレス冒険譚~迷宮狂詩曲~」

三木 カイタ

第一巻 「女神と魔神と勇者と」

第1話 「ソト村の2人」 1

 その日、あたしはまだ幼くて、記憶のかけらにしか残っていないけれど、村に災厄が訪れた。

 小さな辺境の村に、突然巨大な竜がやってきた。

 竜は村で貴重な家畜を襲い、次に標的にしたのは逃げ惑う人々だった。


 そんなとき、助けに現れたのがむーくんのおじいさんだった。あたしより1歳年下の幼いむーくんを片手に抱き、もう片手に握った剣一本で戦い、竜の炎を切り裂いて、一刀両断で竜の首を切り落として村を救った。


 村を救った英雄は、この村に住み着いて間もなかったおじいさん。生まれたばかりのむーくんを連れてあたしの家の隣に住んでいる。

 

 竜退治のおかげで、おじいさんは村ですっかり受け入れられた。竜の死体は、村一年分の収入を上回る潤いを村にもたらしたからだ。

 その時の竜の頭蓋骨は、今も村長の家の屋根に飾られている。


 それまで年に一度は魔獣が襲来して、家畜が襲われたり、最悪の場合人が被害にうこともあったけど、おじいさんが来てからはそんな事件は一度も起こっていない。

 だから、本当におじいさんはこの村の英雄で守り神だった。


 いつも穏やかな人で、嫌な事は経験無かったけど、あたしはおじいさんがちょっと苦手だった。

 鋭い鷹のような目と、右目の大きな傷が少し怖かったのだと思う。



 おじいさんはむーくんと2人だけでこの村に来た。大きな街に住んでいたそうだけど詳しくは知らない。

 でも、おかげで、この村にあたしの他にも子どもがいることになったので、あたしはとても嬉しかった。



 でも、むーくんは笑わない。

 表情の変化のない子で、いつも「むー」としているからあたしは「むーくん」と呼んでいる。

 初めてそう呼んだとき、たった一度だけほんの少し笑ったような気がして、あたしは嬉しかった。

 


 都会の子はみんなこんな感じなのかと気にしてもいなかったけど、そうじゃなかったことに気付いたのは、あたしが6歳、むーくんが5歳の時だった。



 おじいさんが突然の病で亡くなった。

 一番近くの街の医者に連絡をして来てくれることになったが、どんなに急いでも4日かかる。

 おじいさんは病に倒れてから3日で亡くなった。


 そのときもむーくんは無表情だった。

 悲しみにえているわけでも、我慢していいるわけでも、強がっているわけでも無く、何事も感じていないように「困ったな」と呟いただけだった。


 それであたしは、むーくんには「感情」そのものが無いのだと気付いた。

 大人たちはみんな気付いていたみたいで、一人になったむーくんを誰も引き取ろうとはしなかった。

 あたしの両親もそうだったことに、すごくショックを受けた。


 でも、むーくんも一人で暮らす事を望んでいたし、両親も「一緒に遊ぶな」とは一度も言わなかった。

 それに、時々ご飯を多めに作って、あたしに持って行かせてくれる。



 あたしはむーくんが大好き。

 感情が無くても、例えあたしが死んでも何も感じなかったとしても、あたしはむーくんが大好きだし、一緒にいたいと思う。



 9歳になった今でも、あたしはしょっちゅうむーくんと遊んでいる。

 「遊んでいる」というよりは、あたしが引っ張り回して、むーくんはいつもそれに付き合ってくれているというのが正しいと思う。



「また猟に行くの?」

 むーくんの家を訪ねると、むーくんは猟の道具が置かれた小屋の方にいた。

「おはようシシリー」

 むーくんはあたしを見ると、無表情で挨拶をする。

「獲物を捕ると、村の人たちが笑うんだ。笑うのは嬉しいからで、嬉しいことをするのは良いことなんだ。じいちゃんは『人の喜ぶ良いことをたくさんしろ』って言っていたからね」

 むーくんは猟に行く事をそう話して認める。

「じゃあ、今日は遊べないね?」

 

 猟に行くと、むーくんは小さな獣だけど必ず何かしらは捕ってくる。

 あたし達の住む「ソト村」は、人口45人、8世帯の小さな小さな山間の村。秘境村と言っていいほど他の町とは離れた場所にある村。

 みんな山からの恵みで生活している。

 だから、猟の成果は村人の生活に直結している。

 猟の成果も、木の実や山菜の採取物さいしゅぶつ、織物や民芸品の交易で得た収入も、全て村人共通の財産になる。

 

 まだ8歳のむーくんだけど、猟での成果で村に貢献こうけんしている。

 もちろんあたしもお手伝いや、お仕事もある。でも、子どもはまだまだ遊ぶことが本当の仕事だし、アルベール先生に勉強を教わることも大切なはず。


 年下なのに偉いなぁと思う気持ちの半分、あたしはむーくんと一緒にいられないのが淋しい。


「明日は遊べる?」

「うん。じいちゃんは『猟は間を空けてやれ』って言っていたから、明日は猟には出ないよ」

 むーくんはそう答える。

「じゃあ、明日遊ぼうね!」

 あたしは満面の笑みでそう言う。

 むーくんが感じられない気持ちの代わりに、むーくんが表すことができない自分の気持ちの代わりに、あたしがいっぱい感情を表現する。

「うん。明日はシシリーと一緒にいる」

 むーくんはそう答えると、荷物を背負って小屋から出て行ってしまった。



 むーくんがいなくなって、小屋に1人残されたあたしは、一気に淋しくなる。いつも一緒にいたかった。猟にも付いて行きたかった。

 むーくんがいないだけで、あたしの「楽しい」も「嬉しい」も半分になってしまう気がする。

 机の椅子に腰掛けて、机に突っ伏す。


「綺麗な部屋・・・・・・」

 残されたあたしは呟く。

 おじいさんもそうだったけれど、むーくんはとっても几帳面きちょうめんで、小屋も母屋おもやもいつも綺麗に片付いていた。

 罠の道具はきちんと所定の棚に置かれていたり、吊り下げられている。

 むーくんは罠を使った猟しかおじいさんに教えてもらっていなかった。他のことを教わる前に亡くなったので、今もむーくんは罠と大きめのナイフだけを持って山に入る。


 「教わっていない道具は触るな」というのがおじいさんの教えだったみたいで、小屋には剣や弓、銃なんかもあるけど、それらは手入れもされずにホコリをかぶっている。

 おじいさんが亡くなったときのまま手つかずみたい。


「猟は危なくないのかな?」

 起き上がって、机に頬杖ほおづえをついて呟く。


 山には野獣もいるけれど、時々恐ろしい魔獣も出る。

 おじいさんがいたときは安全だったって。

 机の上には、おじいさんとまだ小さいむーくんが並んだ写真が飾られている。右目に大きな傷のあるおじいさんが、無表情のむーくんを抱っこして穏やかに微笑んでいる。

「似てないわよね」

 机の上のおじいさんの写真を指でつついて呟く。

「むーくんの顔、絶対かわいいもん」

 弟がいたらこんな感じなのかな?でも違うかも。

 よく分からないけど、あたしはむーくんのこと可愛いと思うし、大好きだった。


「早く帰って来てね、むーくん」

 

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