第3話 知識の重さと孤独

 レイドは七歳にして、この世界で最も賢明な存在となった。


 彼の頭脳には、滅亡した地球の物理学、量子力学、社会学、そして軍事戦略のすべてが、完璧に整理された状態で収まっていた。


 彼はそれらの知識を、魔素に満ちたリステディアの法則に当てはめ、貴族が「奇跡」として扱う魔法の本質を、「高次元のエネルギーを低次元に投影する技術」として、論理的に理解した。


 だが、この圧倒的な知識は、レイドの心を深く沈ませた。


『この村の平和な日常は、脆い。この世界のすべてが、土台から間違っている。なぜ、人々はこんなにも単純な理不尽に耐えられるのだろう?』


 彼の目は、もはや村の光景を、以前と同じように見ていなかった。


 彼は、村を支配する領主の貴族が、魔素を独占し、彼らの魔力を使って平民を搾取する経済構造を瞬時に分析した。


 貴族が使う「祝福の魔法」は、魔力による一種の催眠作用であり、彼らの支配を磐石にする社会統制の技術だと、冷徹に看破した。


 知識は、彼に「解」を与えた。しかし、行動には「ためらい」を与えた。


 レイドは知っていた。


 この知識を使えば、蒸気機関や電気、そして銃火器を開発し、数年で貴族の騎士団を圧倒できる。


 それは簡単な「破壊の道」だった。


 しかし、地球の知識には、その破壊の道の先に、再び訪れた「破滅の記憶」が刻まれていた。


 核の炎、資源を巡る戦争、そして最終的な環境の崩壊。


 知識は、彼の耳元で囁き続けていた。


『力は、使い方を誤れば、必ず文明を滅ぼす』


 レイドは、孤独だった。


 この重すぎる使命と知識の倫理的な重圧を、誰にも分かち合えない。


 両親にも、彼が世界を変える知識を持っているとは言えなかった。


 彼は、貴族の支配下にある図書館から盗み出した、古びた魔法書を読み漁った。


 彼が求めていたのは、貴族が代々継承してきた魔術ではない。


 この世界に存在する、魔素の法則そのものだった。


 ある日、レイドは村はずれの廃屋で、ひっそりと最初の実験を始めた。


 彼は、地球の知識から導き出した「エネルギー保存の法則」を、魔素の放出に応用した。


 貴族の魔術師は、ただ感覚的に魔力を放出し、それを炎や風に変える。


 しかしレイドは、数式と論理に基づいて魔素の運動量を計算し、放出される魔力を、熱エネルギーへと正確に変換しようとした。


 レイドは手のひらに魔力を集中させた。


 通常なら、魔術師は「炎よ」と念じる。


 だが、レイドは念じたのではない。


 彼は、原子の運動量を加速させるための複雑な数式を脳内で展開し、その数式に魔力を同期させた。


『E=mc²……この星の法則に変換し、魔素を熱運動エネルギーへ転換する』


 彼の掌から、音も無く、純粋な熱が発生した。それは炎の色ではなく、太陽の光のような、白い熱の塊だった。


 近くの岩に触れると、岩は音もなく、一瞬で蒸発し、砂状に変化した。


「成功だ……。これが、この世界を変える、地球の科学《ちしき》の力」


 レイドは、その凄まじい破壊力に、背筋を凍らせた。


『これを使えば、騎士団の装甲など、紙切れ同然だ。しかし、これは単なる兵器ではない。これは、この世界の支配構造を根底から打ち壊す、論理の武器だ。』


 彼は、その力の可能性と、その力の使い方を誤った場合の恐ろしさを同時に悟った。


 その日以来、レイドは決意を新たにした。


 彼の革命は、単なる戦争ではない。


 それは、知識を共有し、理性と論理に基づいて、新たな文明を創世する壮大なプロジェクトでなければならない。


 そのためには、まず、この革命に共感し、この重すぎる知識の重圧を分かち合える、信頼できる仲間が必要だった。


 レイドは、初めて、この世界に対して能動的な行動を起こすことを決めた。


 彼は、知性のコアが示した情報の中から、自分と同じように貴族の理不尽な法則に苦しみ、自らの才能を持て余している二人の存在を思い浮かべた。


 一人は、辺境都市で、貴族の魔法に匹敵する「発明」に情熱を注ぐ、若き女性。


 もう一人は、王国の騎士団にいながら、貴族の不合理な指揮に不満を持ち、失われた「理想の騎士道」を求める、高潔な男。


「ミナ。そして、ゼノン。君たちこそが、この創世記の最初の仲間だ」


 レイドの、孤独な戦いに終止符を打つための、最初の旅が始まろうとしていた。


***


本話の表現意図

「知識チート」のレイドに人間的な深みと倫理的な重圧を与え、彼が単なる復讐者ではない、「創世の論理家」であることを明確にしました。


 貴族の「感覚的な魔法」と、レイドの「論理的な科学技術」の違いを視覚化し、後の技術革新の説得力を高めました。


 仲間集めが「なんとなく」ではなく、革命プロジェクトの戦略的な第一歩であることを強調しました。

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