第7話-狂信なる無邪気-
その部屋の中は、外から見た以上に広く造られていた。ところどころ壁や床はコンクリート製で崩れており、瓦礫も散らばっていた。部屋の天井を支えていた柱も何本か長年の劣化なのか朽ちており、ばらけた姿もある。少し油断すれば、散らばった瓦礫に足を持っていかれ転びそうな程、その部屋は荒んでいた。外の幻想的な空間と打って変わっての状況だった為、余計に異質に感じてしまう。
この部屋に入ってすぐ目の前には石版のような物があった。それはまるで戦後に建てられた碑石のような何かメッセージを伝えたいが為に残されたのか、これまた異様なオーラを放った石版が大きく佇んでいた。
「何か・・・、書いてある。日本語?この世界も随分、都合のいいグローバルなのね。」
不思議にもその石版に書かれた文字は、私が慣れ親しんだ日本語だった。この世界で見る初めての文字が自分が使っていた文字だとは思いもしなかった。
だが、モノリスはまるで初めて目にした文字かのように興味を唆られていた。
「セナ、これが読めるのか?」
石版を眺めていたモノリスが私に振り向く事なく問いかけた。見た事も無い古代文書を解読しようと凝固になって見つめる考古学者のような佇まいだった。あるいは、子供のような無邪気さも滲み出ている。
「えぇ、私の世界で使っていた文字だもの。ちょっと、読ませてくれる?」
私はそう言い、モノリスを石版から離した。彼は素直に従い、私の傍で佇んだ。先ほども口に出してしまったが、書かれているのが日本語とは都合が良い物。この世界は、どうなっているのだろう。
不思議、と一言で表せば容易い。だが、その不思議が解明されれば儚いものだ。なんだそう云うものか、で収まるのが大概だ。私は、石版に書かれた文章を読む。雑に削られて掠れた文字を読み進める。書かれていた文字は、次の通りだった。
〈この世界は、なんだ。ここは、どこなんだ?確かにさっきまで私の世界だった。
私の住む村があった。そう、たった一人私だけが住む村だった。
次の瞬間、目を開けたらここにいた。そうか、俗に言う地獄というやつか、参ったな。
確かに私は、私を含め二十六人。その内、二十五人殺した。つまり私は、全村人を惨殺した。
最初から話そう。私は曲がり捻った人間が嫌いだ。だから、殺した。シンプルだろう。
それだけで村の過半数も居たんだ。楽しかったかって?それは、愚問というやつだ。
でも足りなかった。欲求が満たされなかった。ただ、殺すのも楽しくない。
何か理由を、そうターゲットを裏付ける何かが必要だった。
そんな時に、獲物が現れた。丁度、嫌いな奴だった。
アシンメトリーっていうのか?あの髪型がまず気に食わなかった。
そう、左右に髪型が違うやつだよ。本当に丁度いいと思ったよ。
だから、次のターゲットはあのチンケな髪型をした奴らだ。
思いの外、そんなヤツらは意外といて村人の数は十人以下までになった。
あとはもうなんでもいい。この村に居ていいのは、私だけ。
私の王道に筋が通らないヤツ、私に反感を持つカドのあるヤツ、気に食わない奴は全員殺した。
そうだ、全員殺した時。気付いたら、ここに居たんだ。
あれ・・・、ちょっと待て・・・。ワタシハダレダ・・・。〉
これは一種の遺書なのだろうか。それにしては余りにも身勝手な狂言だった。何故このようなものが、こんなところに書き記されているのだろうか。この狂った殺人鬼が描いた怪文章は、怒りすら覚える。身勝手で幼稚・・・。こんな人が同じ世界にいたのかと思うと憤りが収まらない。
いや、ここにこの怪文章があり、奴もここはどこだ?と書き記していると云うことは、奴もこの空白の世界にいる可能性があるかも知れない。既にシャドウとなって、久遠に彷徨ってればこちらとしては有り難いのだが。そんな中、この怪文章を読み聞いたモノリスは関心を示していた。
「実に興味深い人間だ。狂気に囚われた人の末。己の欲のまま掻き立てられる童心。是非、この人間の深層心理を読み解きたいものだ。」
指を加え、もう片方の手で石版を優しく摩っていた彼は殺人鬼を叱咤するどころか、その殺人鬼をプロファイリングし調べたかった、そんな哀れみの思いを抱いていた。
「あなた、よく変わっているって言われるでしょ?」
私は、少し距離を置き彼に聞いた。通常の人間ならこの文章を見てどう思うだろうか。少なくとも彼のようにガラス越しにある玩具を眺める少年のような仕草はしないだろう。
私なら既に吐き気を催している。
「ん?それは君と比較した時の話だろう?感じるものなど、草木のように枝分かれるものだよ。書物を読んだ感想が、『それがAである』と全員答えるとは限らないのと同じさ。時にはBやCと答える者だって居る。それは至極当然の結果であろう?」
「どうかしら。それをモラルとインモラルで区別するのが人間よ。アナーキーな環境にしない為にね。」
恐らく彼の倫理観が違うのか、私とは幾ばくかズレていた。いや、彼は純粋に知りたいと云う強い欲求が故なのだろう。そこ自体に善悪は無い。モノリスは、傍観者だ。その者がどうなろうと知った事では無い。
ただ、その者をプロファイリングして一つの知識という書籍に納めるだけの事。それであれば、この議論にこれ以上ディベートする必要は無い。
「まぁ、いいわ。この部屋は、それだけじゃ無さそうね。他に何か無いか調べてみましょ。」
モノリスは静かに頷き、共に辺りを見回した。廃墟に近いこの部屋は、照明があるわけでは無いのに灯火があるようによく見える。
崩れた柱、ところどころ剥がれた壁紙、目の付くところは瓦礫の小山が出来ている。この石版だけの部屋とは到底思えない。きっと何か他にもあるはず。
部屋の奥側にある壁に近付くと目に止まったものがあった。その壁には不自然に備え付けられていたレバー。レバーは重く括り付けられていて、両手で力を加えても簡単には動きそうも無い。頑丈に取り付けられたレバーを括り付けてる上板には、小さな穴が空いていた。
どこかで見た事のある長方形の穴。何かの差し込み口だろうか。何かを繋げるための穴で、差し込む事でこのレバーが動くのだろうか。そう思い、私たちは部屋の中を探した。探し回っている中、部屋の隅にいたモノリスが声をかける。
「セナ、これは・・・。」
モノリスが手に持っていたのは、パソコンなどで使う文字を打つ為のキーボードだった。なぜ、こんなところにキーボードが置いているのか。首を傾げたくなるが可笑しいのは、それだけでは無い。
そのキーボードにはアルファベットの文字しかなく、エンターキーや数字、矢印すら無かった。
「キーボードかしら。けど、文字しか無い変わったキーボードね。」
そのキーボードから黒い線が伸びており、先端にはUSBの端子。先程のレバーにあった小さな穴は、きっとこの端子を差し込む為の穴なのだろうか。もしかしたら、パスワードを入力する事でレバーが動かせるようになるのかも知れない。そう思い、レバーがあったところまでキーボードを持っていく。
私の予想通り、その差し込み口はUSB端子の物のようでピッタリ嵌まった。それでも未だ、このレバーはピクリとも動かない。やはり何かを打ち込まないといけないようだ。
「うーん、駄目ね。何かを入力しなきゃいけないみたい。」
「で、あれば何かヒントがあるのではないか?」
モノリスは諭すように私に告げた。確かに何も無いわけではない。もしあるとすれば、先程の石版に書かれていた文章だろうか。
あの怪文章がヒントに。レバーを引く為のパスワードの鍵となるならば、もう一度照らし合わせる価値はある。
「そうね、さっきの石版を見てみましょう。ご丁寧なヒントがあるかも知れないわ。」
再び、狂言めいた文章に目を通す。ここに打ち込むべき言葉が残されているはず。・・・村人は全部で二十六人。村というには、随分と少ない。どちらかと云えば集落の規模だ。
その村の一人が狂乱して皆殺しを始めてるわけだが、余りに幼稚で自分勝手。少し間を置いて、考え込む。
これがきっとあのパスワードの基盤となる部分なのだろう。
➖けど、文字しかない変わったキーボードね。➖
ふと、自分が発した言葉を振り返る。こんなところにキーボードがある事自体、不自然だ。何かあるに違いない。キーボード。文字だけのキーボード。文字は全てアルファベット。そこで私は、一つの真理に辿り着く。
そうアルファベットの数は二十六文字だ。石版に記された村人の人数と一致する。するとこれは、アルファベットに模った暗号文だ。
「成程、・・・アルファベットってわけね。」
「アルファベット?君たち人間が使う言葉か。」
「そうね、このキーボードに書かれている文字の事よ。」
私は手にしていたキーボードを改めて差し出す。改めて数えればキーの数も二十六個。つまりこれは、あの文章に当てがった消去法で成り立つ暗号文なのだろう。
「そうと解れば、この狂言を見ればパスワードは解りそうね。最初は曲がり捻った・・・。丸みがある文字を指しているということかしら。」
「確かに、丸みのある文字は過半数を占めているな。」
「丸みがあるのは、このキーボードの順に読んでいくとQRUOPSDGJCB。つまり、これらがカットされるわけね。」
逆に残されたのは、WETYIAFHKLZXVNM。
この文字のいずれかが答えとなるのだろう。この村に居て良いのは、私だけ。という文章から察するに答えは一文字と察する事ができる。後は、先程言った通りに消去法を活用するだけの事。該当するものを減らしていけば良いのだ。
「と、考えると次は、アシンメトリー。つまり左右非対称を減らせば良いのか。」
「そうね・・・、非対称の文字なら・・・。」
そうして削られて残った文字は、WTYIAHXVMのみ。
「だいぶ、絞られてきたわね。次はそうすると同じ要領でいけば角ある文字を指すわけね。」
「ふむ、であれば・・・。」
「WYAXVM。これらが除外されるわ・・・。残されたのは、TIHのみ。」
この怪文章から導き出され抽出された文字たち。更に三つから一つへと絞る必要がある。
「王道に筋が通らないって、真っ直ぐじゃないって言いたいのかしら。」
筋が通らない、から連想して捉える事が出来れば正に筋が通る。残された文字で削る事が出来るのはTH。
つまり、Iのみが残される。成程、それで最後にワタシハダレダと聞いているのか。
「恐らく君の推理は、正しい。早速、試してみてはどうだ?」
「えぇ。」
私はモノリスの提案に従う。レバーの差し込み口にUSB端子を挿入した。怪文章から導き出された答え『I』をキーボードで打ち込む。カチっと何か金具が外れた音が微かに聞こえた。上板の中に仕込まれたストッパーが外れたような音、枷が解かれた音だった。これでようやくレバーを引く事が出来そうだ。
私は、そのレバーを掴み、思いっきり引く。ガコンっと重い鉄の音が軋む。長い間、閉ざされ下がる事の無かったレバーが引かれた。そのレバーと連動されたようで上板の中の歯車が回り出す音がする。
「これで良かったのかしら?」
「かも知れないな。他の部屋も調べてみる価値はある。」
モノリスは下がり切ったレバーを摩り、そう告げた。彼の言う通り、固く塞がれて開かなかった他の部屋たちの扉が開いているかも知れない。きっとこのレバーが仕掛けだったのだろう。
私達は、そう思いこの部屋を出る事にした。少しでも前に進めたのならそれで良い。どこかの部屋の扉が開かれたのなら、そこを調べれば良いだけの事。そうすれば、また前へ進める。
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