第6話 どっちが先に?
F警察には、K警察の秋元刑事と同じようなタイプの刑事がいた。
秋元刑事は、若くて、エネルギッシュなところがあるので、いわゆる熱血に見えるのだが、実際には、
「緻密な推理」
というものを下に捜査する、
「変わり種刑事」
もしくは、
「はぐれ刑事」
といってもいいだろう。
しかし、F警察署の同じようなタイプと思われる刑事は、
「中年真っただ中」
といってもいいくらいで、年齢相応で、エネルギッシュというわけでもない。
だからといって、
「昭和の刑事」
のような、
「足で稼ぐ」
ということを奨励しているわけではない。
どちらかというと、
「理論的な考えの人であり、自分の中で矛盾を見つければ、そこを徹底的に捜査する」
という意味で、
「理論的に辻褄の合わない」
あるいは、
「理不尽に見える」
というところを探すことで、
「事件の核心を突く」
と考えている人であった。
ただ、彼は、
「奇抜な発想」
というものを時折披露する。
だが、その発想が浮かんだ時というのは、
「その事件の核心に近づき、理論的には解明された」
といってもいい段階にきているということであった。
そのあたりが、
「秋元刑事とタイプが似ている」
といわれるゆえんであり、彼も、
「推理を生かした刑事」
ということになるのだ。
名前を、樋口刑事という。彼は、
「K警察の秋元刑事に匹敵する」
と言われているようで、秋元刑事の方は、
「K署の樋口流」
といわれるようになっていたようだ。
お互いに、意識はしていたが、実際に捜査を行うこともなければ、いまだ、
「面識もない」
ということであった。
「近くて遠い」
というのは、警察では当たり前のことなのかも知れない。
なんといっても、警察というところは、
「縄張り意識の強いところ」
ということで。特に、近隣の警察署というと、ライバル意識がバリバリにあるというもので、
「絶対に近隣の署よりも、少しでも上である必要がある」
ということから、
「警察署ぐるみ」
という対抗意識を燃やすのであった。
そういう意味で、
「なかなか捜査協力」
というのも、ままならない。
「一歩でもうちの管内に足を踏み入れた時は、ちゃんと筋を通す必要がある」
ということで、署長同士というのも、結構気を遣わないといけないということになるのだろう。
そんなことを考えていると、この二つの微妙な犯罪も、捜査員の中には、
「連続殺人でないかも知れないけど、本当は合同捜査本部を作ってくれた方が、事件解決には近道かも知れない」
と考える人も出てきた。
最初はさすがに、
「署の手前」
ということからか、
「絶対に向こうよりも先に開設してやる」
と、ライバル意識に燃えていたものだ。
しかし、捜査が進むにつれて、
「どうしても、肝心なことになると、相手の所轄内での捜査が必要になる」
ということから、考え方が変わってきたのだ。
特に、今回の事件の浮かんだ容疑者が示したアリバイというのが、お互い相手の管轄内にいたということなので、これも、何か因縁めいているということではないだろうか。
最初はそれぞれで捜査をしていた。
K署で行われていた、
「馬場氏刺殺事件」
の容疑者として上がっているのが、
「長曾我部」
という男で、その男は、
「F警察署管内のスナックにいた」
ということであった。
実際に、聞き取りにいくと、まわりの客も、
「確かにいましたよ」
と証言をしているのだが、どうも、その証言をしている連中が、
「一癖も二癖もある」
という連中に見えて仕方がなかった。
つまりは、
「限りなく薄いアリバイ」
ということで、少し絞れば、白状するかも知れないと思われた。
しかし、
「これ以上の突っ込んだ捜査は、縄張り嵐になる」
ということで、上からも押さえつけられている。
だから、何もできないということであった。
これは。F警察署でも同じことが言えるのだが、
「赤坂に対して恨みを持っていそうな人間」
というのは、一人しかいなかった。
というのも、赤坂は、
「誰が見ても、人から恨みを買うことはない」
ということだったのだが、実際に、そんな人間がいるわけはない。
というのは、
「誰か一人の人間を人身御供にして、他の人たちから恨みを買わないようにする」
というやり方だ。
実際に、その人物に対して、自分が、
「絶対的な立場」
というものを持つことで、まるで、奴隷でも扱っているかのようになるのだ。
そういう意味では、
「赤坂という人間は、極端な二重人格的なところがあり、その人物に対してと、他の人とでは、まったく違う顔を持っている」
と、彼を本当に知っている人からは思われているようだ。
だから、彼らからすれば、
「絶対に、赤坂は信用できない」
ということになり、
「君子危うきに近寄らず」
という言葉は、
「赤坂のためにある」
といってもいいということであった。
だから、
「もし、赤坂に殺意を抱くほどの感情を抱いている人物がいるとすれば、それは、やつ以外にはいない」
ということであった。
その人物は、
「大門」
という人物で、彼は、赤坂のことを、
「命の恩人だ」
と思っているようだ。
その細かな詳細は分からないが、大門という男が、性格的に、
「一途なところがあり、思い込んだら一直線」
という人物だということで、
「命の恩人とまで言っているのであれば、奴隷になってでも、その人に尽くしているということは、大門ならありえる」
と、大門をよく知る人は言っているようだが、その大門がいるのが、
「K警察署管轄」
であり、そちらを拠点に、
「赤坂のしもべ」
として活動しているということだ。
一見。
「大門に赤坂を殺す動機はないだろう」
とも思えたが、人によっては、
「大門は、最初の頃から計画していたんじゃないかな?」
と思っていたようで、だからその人は、
「赤坂が殺された」
と聞いた時、
「やっぱり」
と思ったというのだから、その考え方も、無視できないということになるだろう。
そもそも、
「長曾我部が、馬場を殺したい」
と思ったのは、
「馬場という男が、実は元ホスト崩れの男」
ということで、自分が男前ということもあって、結婚詐欺まがいのことをしていたということで、
「長曾我部の妹が、馬場に引っかかった」
というのが、発端だった。
長曾我部の妹は、馬場という男に、
「最初は警戒していた」
ということであったが、その警戒が自分の中で解けたことで、完全に、馬場に引っかかってしまったのだった。
とはいえ、
「馬場に他にも女がいる」
ということは分かっていたようで、
「自分が、最後には彼をものにする」
という意欲を持っていた。
しかし、だからといって、
「最初からぶっちぎりではない」
という自覚はあった。
だから、
「自分はいい位置にキープしておいて、最後にライバルを蹴落とす」
というような計画を持っていた。
「冷静沈着ではあるが、最後には適格に熱くなる」
というのが、自分というものだと思っていたのだ。
相手の女と、最後は、
「一騎打ち」
という感じだったようだが、相手の女は、まるで、
「瞬間湯沸かし器」
ということで、女としては、一流だったかも知れないが、
「オンナの戦い」
においては素人だったということで、最初から勝負にはならなかったようだ。
結局、長曾我部の妹が、
「優勝」
という形になったのだが、相手の馬場という男は、さらに、
「最低男だった」
という。
やつは、
「オンナを競わせることを一つのゲーム」
とすることで、
「己の満足感を味わいたかっただけ」
という、自分では、
「サドだ」
といっているが、
「サディスティックの風上にも置けない」
という男だったことに築いた妹は、
「それまで神経を張り詰めていた」
ということで、その糸がぷっつり切れてしまったことから、
「自殺を試みた」
ということであった。
一度は、
「九死に一生を得た」
ということであったが、半身不随となり、実際に、身体もどんどん弱ってきて、
「最近、亡くなってしまった」
ということだったのだ。
「殺害への動機」
としては、
「十分すぎるくらいのものだ」
といってもいいだろう。
長曾我部と「いう男は、
「ホストでも最低だった」
ということだが、
「男として」
いや、
「人間として、これ以上ないというくらいの最低な男なのだ」
ということであった。
実際に、ライバル視された女も、
「やつを殺すだけの動機がある」
ということであったが、彼女の捜索をしていると、
「あの事件からあと、結婚し、海外で暮らしている」
ということで、念のために、入国したかどうかの捜査も行われたが、
「その形跡はない」
ということで、
「彼女は、この事件には関係ない」
ということになった。
ある意味、長曾我部の毒牙にはかかったが、
「最後の最後で、難を逃れることができたのは、幸運だった」
といえるかも知れない。
今回の事件、最終的に二人の容疑者が、それぞれ相手の管轄にいるということが、本庁で把握したことと、
「長曾我部と、赤坂が、中学時代の同窓生だった」
ということが、捜査線上に浮かんできたことで、
「連続殺人の可能性も出てきた」
ということで、
「合同捜査」
ということになったのだ。
そうすると、それぞれに、鑑識も意見を共有することになり、
「死体が発見された順序と、実際に殺された順序が逆だった」
ということが分かり、最初は誰も意識はなかったが、気にしている人もいるにはいた。それが、
「K警察署の秋元刑事」
と、
「F警察署の樋口刑事」
ということだったのだ。
「二人がそろって気にしているということであれば」
と、後になって、それが分かった捜査本部としても、
「無視はできない」
と考えるようになったのだった。
「どちらが先に発見されたか?」
というのは、新聞発表もあったので、公表されていたが、実際の、犯行時刻というのは、
「秘密事項」
ということで、
「アリバイ確認をされた人」
であれば分かっているかも知れないが、それ以外の人の知るところではないだろう。
もっとも、事件関係者でもなければ、そんなことは別に自分には関係のないことであり、それこそ、気にする人もいないに違いない。
ただ、
「捜査本部内の人たちは、情報共有される」
ということになる。
しかし、これも、捜査員の一人一人としては、
「状況証拠よりも、物証を探す」
ということで、特に、今の段階では、
「証拠厚真に躍起になる時期」
ということで、
「推理を働かせるのは、もっと後のことであり、実際に推理するとすれば、上の人の仕事ということになるだろう」
と考えていたのである。
そんな捜査陣において、推理を働かせていた二人が、それぞれに疑問を持っていたのだ。
まずは、
「K警察署の秋元刑事」
であった。
これまでの捜査の中で、
「馬場を殺したと思われる、長曾我部には、完璧なアリバイがあった」
ということであった。
これは、
「K警察の捜査」
で明らかになったことであり、今度は、
「F警察の捜査」
ということで明らかになったのは、
「赤坂を殺したと思われる大門にも、完璧なアリバイがあった」
ということであった。
そして、秋元が気になったのは、
「長曾我部と赤坂が、中学時代の同窓生」
ということで、
「二人に面識があったという可能性が高くなった」
ということであった。
最初から
「この事件がまったく別の犯罪」
ということであれば、分からなかったことであるが、皮肉にも、そのことが、
「事件を連続殺人の可能性もある」
ということから、
「合同捜査になった」
ということからであった。
それを考えると、
「この事件は、どこまで表を見ていればいいのだろうか?」
と感じたことであった。
秋元刑事は、それを聞いて。
「いよいよ、俺の推理の出番だ」
ということで、頭が回転し始めたのであった。
秋元刑事という人は、
「自分に興味のない事件であれば、少々の謎があると思っても、頭が働かない」
というタイプだった。
だから、今回のように、
「謎が興味深く。しかも、自分の興味をそそる事件でなければ、本能的に、頭が回転しない」
ということにある。
そういう意味で、
「秋元刑事が解決する事件」
というのは、最初から、センセーショナルな事件ということでもないと、
「秋元刑事によっての解決」
ということにならないのだった。
秋元刑事は、この事件を考えた時、最初に、奇抜な発想を思いついた。
というのが、
「交換殺人」
ということであった。
その心としては、
「連続殺人ではないと思われる犯罪で、容疑者に、完璧なアリバイがある」
ということからであった。
最初は、
「まったく別の犯罪」
と思われ、その関連性が見つかると、今度はその情報共有から、
「お互いに、容疑者には、完璧なアリバイがある」
ということで、
「交換殺人の肝」
として、
「それぞれの犯行が、連続殺人だ」
と思わせず、
「犯人と目された人に、完璧なアリバイを持たせる」
ということだったのだ。
そういう意味では、
「交換殺人ほどの完全犯罪はない」
といってもいいだろう。
しかし、
「交換殺人」
というのは、
「もろ刃の剣」
ということで、それだけ、
「リスクも大きい」
ということであった。
「交換殺人」
というと、
「実行犯と、主犯を入れ替える」
ということであり、
「実行犯は、まったく被害者と関係のない人間」
ということにしておいて、
「本当に動機を持った人間に完璧なアリバイを持たせる」
ということであった。
しかし、
「確かに、交換殺人としての、表に出ていることは、完全犯罪の様相を呈している」
といってもいいかも知れない。
しかし、秋元刑事は、どうにも納得がいかないのであった。
というのは、
「交換殺人だということであれば、お粗末すぎる」
ということであった。
そもそも、
「これを交換殺人などという発想を、果たして誰が持つというのか?」
ということである。
犯人が計画するとすれば、確かに、
「交換殺人」
ということが露呈すれば、半分以上、
「事件は解決した」
ということになるだろう。
交換殺人というのは、まるで数式のようなもので、
「計画通りに進めば、完全犯罪」
ということであるが、それだけに、歯車が狂うと、これほど、危ういことはない。
ということで、それこそ、
「もろ刃の剣だ」
といってもいいだろう。
ただ、最初こそ、
「これは、交換殺人だ」
と思い、その通りの結果になっているのだから、今でも、その思いに変わりはないが、実際に、その
「メッキがはがれている」
ということで、
「何か怪しいところがある」
と思い、せっかく、ある程度まで進んでいた推理が、逆戻りすることになったのだ。
それこそ、
「俺は間違っていたのかも知れない」
という思いだけではなく、
「犯人にはめられている」
ということで、
「犯人の書いた計画に、まんまと載せられている」
と考えたのであった。
そこまでくると、
「少し頭を冷やそう」
と感じたのだ。
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