第8話:Santa Claus of Legends

 一限目の終わりの鐘が鳴ると教室と講堂の扉が一斉に開かれた。

 二人の前を横切る女生徒の集団は談笑していたが、ミディールに気が付くと駆け寄って来た。

 これは厄介なことになる。

「こんにちは、ミディール。あら、素敵なお友達ね」

 ベル・フィーナ。

 エクルベージュの髪を高く綺麗に結い上げ、とび色の利発そうな目元。いつの間にか乗せられるおしゃべり上手なこの同級生は服飾科でありながら何故かミディールと縁があった。そして彼女の取り巻きたちもミディールとマロンの周りに群がった。

「綺麗な黒髪。きっと緑と赤が映えるわ」

「いいえ、きっと白とオリエンタルブルーが一番よ」

「うーん、可愛らしい。是非モデルになって欲しい」

 服飾科はワンピースに皆エプロンを付けている。メイド服のような装いに似ているが、ブーツにケープコートがベースで、各々形を守りつつさりげないオシャレをしている。

「もしかして幼女誘拐?」

 ベルはさらりととんでもない発言をした。

「……編入生だ」

「あら、そう」

 信じていない目だ。

 マロンが下ろせと暴れるので下ろしてやると、体が五歳くらいになった。

「ま、マロン・ポックルと申します」

「大きくなったわ!」

「コロポックルね。ますます素敵!」

 女生徒たちはきゃあきゃあとはしゃいで、ポケットからお菓子を差し出した。

 何せカレッジには幼女がいないので、「可愛い」の代名詞である妖精と幼女の組み合わせは願ってもない出会いなのだ。

「あ、ありがとうございます」

 恭しいお辞儀(カーテシー)に女生徒たちはますます黄色い声を上げる。あまりにうるさいのでミディールは耳を手で塞いだ。

 はしゃぐ女生徒たちを横目にベルは冷静にミディールに話しかけた。

「あなたで大丈夫なの? ああ、あなたじゃないのよ、マロンさん」

「こいつと俺の心配は無用だ」

「大丈夫? いじめられていない?」

「ご飯は貰っている?」

 予想していない反応に、マロンは困惑するばかりだ。

「は、はい。お風呂にも入れて頂きました」

「あ、ああ。そうなの?」

 やめろ、その汚物を見るような目は。

「あなた幼女趣味だったかしら?」

「何を言いたいか分かったが、その目はやめろ」

 酷い誤解だ。きっとこのベルの頭の中では、ミディールが幼女の妖精を誘拐してきて連れ回して見せびらかせて、従わせているのだという妄想が膨らんでいるに違いない。

「ねえ。こんなボロボロのお洋服は可哀そうよ」

「今度モデルになってくれたらお洋服をあげるからね」

 女生徒たちは言いたい放題言って、次の授業へと向かった。

「皆さんご親切でした」

「妖精が珍しいんだろうな」

「あの、てっきり意地悪をされるかと」

「……」

 人間の全てが悪者ではないがその警戒心は必要なものだ。

「あいつらは大丈夫だ。俺のことがあんまり好きじゃないから」

「へ?」

「小さくて可愛いのが好きなだけだ」

「か、可愛い」

 もじもじとしていたマロンは気が付くとまた小さくなってしまった。

「それよりお前、伸び縮みする魔法、上手く使えないのか」

「魔法、というより習性なので。自由に出来る時とそうでない時があるのです」

「気がついたら排水口の中だけは勘弁してくれよ」


 *


「ミディール!」

 破顔して近づいて来たのは、この町では珍しいすっきりとした短髪の長身の優男。

「……クラウス」

 クラウス・マルーシャは入学した時からミディールに目をかけてくれていた、一学年上の先輩だ。

「いいところで会った。なあ、ミディール。今日、クラブの集まりがあるんだ。お前も来いよ」

「——いい」

「先輩からの誘いでもか?」

「……」

 〈乗り手〉を落としてしまった事件からミディールはクラブに顔を出せなかった。クラブ長であるクラウスにもいくらか迷惑がかかったのだ。

「俺はあんな噂、どうでもいいんだ。スナックが食べたくなったら顔を見せてくれよ」

 軽く頷いたミディールを見たクラウスは、いつものチープなジョークを残して立ち去った。

 人畜無害で問題児にも変わらず接する性格はミディールには少々暑苦しい、いや眩しいものだった。

 ——俺はあんな風にはなれない。


 しまった。この目を離した隙にマロンを見失ってしまった。

 小さくなって誰かに潰されていたら? 詰まれた本に挟まれていたら?

「おい、チビ助! どこに行った!」

 マロンは曲がり角で佇み何かを見上げていた。今度は十二歳の背丈に戻っている。

 人の心配を他所にマロンは目の前のものの虜になっているようだった。

「この方は?」

 廊下の片隅。巨大なタペストリー。

 赤と白の服。白く立派な髭と小太りの体。優しく微笑む顔。

 トナカイが引くソリに乗り、鈴を鳴らして夜空を駆けるその姿は、子どもの頃に誰しもが夢を見た。

「ニコラス・ガーランド。伝説のサンタクロースだ」

「この方が……。私の憧れのサンタクロースです」

「だから配達科、か」

 妖精界で名の知られた妖精と言えばサンタクロースだ。

 彼は赤い帽子を被った妖精であり、聖人と言われている。

 コロポックルにとっては憧れる存在、なのだろう。ミディールには理解出来ないが、彼の存在こそこの町のシンボルだ。

 剣を習う男が英雄に憧れるように、少女がプリンセスになることを望むように、この町で育った者はニコラスに憧れる。

「この学校に通えば、サンタクロースになれるって聞きました」

「まあ、近道ではあるな」

 正直、今時サンタクロースになりたいと夢を語る者は少ない。

 寒い中わざわざ見知らぬ子どもにプレゼントを配ることは、高額な仕事でなければ引き受けないのだ。

「ご主人様はどうして配達科に?」

「俺のことはどうでもいい」

「いつか聞かせて頂けますか?」

「お前が言う事を訊いて、ちゃんと俺の傍にいれば答えてやる」

「す、すみません。今度は、ちゃんと」

「別に怒っていない」

「は、はい」

「お前、荷物はどれくらい持てる?」

「小さい時はどんぐり一個。で、ですが、大きいと樽一個持てます」

 ふん、と腕を捲って見せるが細すぎる。体幹も弱そうだし、どうみてもプレゼントボックス三個が限界だな。

「夢見るのは結構だが、俺の足を引っ張るなよ。効率よく稼げればそれでいいんだ」

「では、効率よく皆さんに素敵なプレゼントを配りましょう」


 鐘の音が鳴る中。ほんのひと時。

 タペストリーを並んで見るだけなのに、ミディールはここ数日で初めて穏やかな気持ちになれた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る