1-3 危険な魔術師
山道を下りてしばらくすると、
空気がひんやりと変わった。
白雪
「……魔力濃度が上昇しています」
莉音
「ま、魔力濃度って……どゆこと?」
エリスは鼻歌まじりに杖を回す。
エリス
「ん〜、“魔法使いが近いよ”って意味♡」
白雪
「……あれが」
白雪が顎で示した先に――
黒い外套の人物がひとり、
道を塞ぐように立っていた。
長い髪。
削げた頬。
背の高い杖。
その存在だけで、
周囲の空気が重たくなる。
莉音
「……誰、あの人……?」
エリスは笑っていない。
いつもの柔らかさが消え、
瞳の奥の“魔力演算領域”がわずかに輝いている。
エリス
「莉音、後ろに」
莉音
「う、うん……」
魔術師
「……お前たち。
ここから先へは、行かせない」
声はひどく乾いていた。
喉ではなく、魔力で直接響かせているような声。
エリス
「なんで〜? べつに通りたいだけなのに」
魔術師
「魔力の薄い地方だから来ただけだ。
……不要な者が来るな。
お前たち三人。
特に君」
指をさされたのは――
莉音だった。
莉音
「え!? あ、あたし!?」
魔術師
「君からは……“常識の外側の気配”がする。
何者だ?」
白雪が一歩前に出る。
白雪
「問答無用です。
莉音様への敵意を確認。排除を開始します」
魔術師
「やれるものならやってみろ」
杖が地面を叩いた瞬間――
空気が“爆ぜた”。
轟ッ!
炎が壁のように噴き出し、
白雪とエリス、そして莉音を飲み込もうと広がる。
莉音
「きゃっ!」
白雪
「エリス!」
エリスは手をかざし、呪文を叩きつけた。
エリス
《ウォーター・シールド!》(水の盾)
バシャッ!
炎がぶつかり、水蒸気が一気に視界を奪う。
魔術師
「……ほう。
三属性を同時制御か。
珍しいな、君」
エリス
「褒められても嬉しくないんだけど〜?」
エリスが杖をひとふり。
《ウィンド・バースト!》(風の衝撃)
霧が吹き飛び――
魔術師はすでに十歩先まで下がっていた。
◆
魔術師
「君は“量”は大きいが“質”が粗い。
おそらく基礎訓練を受けていないな」
エリスがむっと頬を膨らませる。
エリス
「やだなぁ~、あたしそんな雑じゃないよ〜?」
白雪
「エリス、今は挑発に乗らないでください」
魔術師が杖を構える。
魔術師
「火と風だけではない。
――土もいけるか。
ならば試させてもらう」
地面が裂けた。
ゴゴゴッ――!
大地そのものが牙を立てるように隆起し、
三人に襲いかかる。
エリス
「莉音、伏せて!」
莉音
「わわっ!?」
白雪は莉音を抱えて飛び退き、
巻き込まれかけた土柱を紙一重で回避する。
白雪
「……敵性魔術師。危険度、想定以上」
エリス
「ふふ……いいねぇ。
やりがいあるじゃん♡」
エリスの杖が淡く光る。
エリス
「莉音、白雪。ちょっとだけ下がってて。
――あたし、本気でやるから♡」
魔術師
「来るか。
ならば、迎え撃とう」
◆
エリスの魔法は――“甘い”。
柔らかい声で、
まるで恋人に囁くように詠唱する。
エリス
《フレイム・サークル♡》(火の円環)
ぽうっ……
魔術師の足元に、
花が咲くように炎の魔法陣が広がる。
魔術師
「……なに?」
炎が縦横に伸び、
魔術師を囲む檻となる。
エリス
「ねぇ、知らない?
炎って、
“楽しく使うと反応が良くなる”んだよ」
魔術師
「精神干渉系の魔力……!?
そんな馬鹿な、炎に感情を――」
エリス
《フォール・ファイア♡》(落ちる火)
上空に無数の火の粒が生まれ、
“雨”のように降り注ぐ。
魔術師は咄嗟に土壁を展開する。
魔術師
「《アース・ガード!》」
炎と土がぶつかり合い――
ドガァァァン!!
激しい爆音が山中に響く。
莉音
「すごい……エリス……
あんな強かったんだ……」
白雪
「莉音様。
エリス殿は……この地方では規格外の魔導師です」
莉音の胸が熱くなる。
でも――
魔術師は倒れていなかった。
外套が焦げ、杖の一部が砕けている。
魔術師
「……ッ……
馬鹿な……四属性を……
“情緒魔力”で……同時制御……?」
エリスはウィンクする。
エリス
「んふふ♡
“好き”って気持ちはね、
魔法の一番強い燃料なんだよ?」
魔術師
「好き……?
誰に……?」
エリスは振り返り、
莉音へと甘く微笑んだ。
エリス
「決まってるでしょ?
――莉音だよ」
莉音
「えぇぇぇぇ!?///」
その瞬間。
魔術師が叫んだ。
魔術師
「な、なるほど……!
君たちは……“異常に強い絆”で魔力を強化している……!
近づく者を拒む理由がわかった……!」
彼は杖を折り、
片膝をついた。
魔術師
「これ以上は無理だ。
……通れ。
私は、君たちに敵わん」
白雪
「戦闘継続の意思なし。
撤退を確認」
エリス
「ふぅ〜、終わった〜。
莉音、怪我ない?」
莉音
「う、うん……エリス、すごすぎ……!」
白雪
「エリス殿の攻撃支援があったからこそ、
わたしたちは安全でした」
◆
しかし――
戦いはここで終わらない。
魔術師が倒れた背後で、
“炎の残滓”が突然うねり始めた。
白雪
「――伏せて!!」
エリス
「ちょっと!? なんで炎が暴れてるの!?」
魔術師
「この炎……私の魔力ではない……!?
外から……干渉が……!」
炎が竜のように姿を変え、
莉音へ飛びかかる。
莉音
「――っ!」
白雪とエリスは間に合わない。
その時。
莉音の瞳が――
“赤く”光った。
莉音
「どっかいけぇぇぇっ!!」
莉音は腕を振るだけだった。
けれど――
ドッ!!
紅い旋風のような力が噴き出し、
暴走炎を“薙ぎ払った”。
魔術師
「な……!?
いまの……“打ち消し”!?
魔力制御なしで魔法を相殺しただと……!?」
エリスは目を丸くする。
エリス
「莉音……今の、魔法じゃないよね?
力、だけで……?」
白雪は静かに呟いた。
白雪
「……やはり、莉音様は――
規格外です」
莉音は肩で息をしながら、
困ったように笑った。
莉音
「……よく、わかんないけど……
なんか、動いた……」
エリスは優しく抱きついた。
エリス
「すごいよ莉音。
怖かったら、もっと抱きついていいからね♡」
莉音
「あわわっ!?///」
魔術師は静かに立ち上がる。
魔術師
「――君たち、恐ろしい。
しかし……嫌悪はしない。
むしろ……美しい」
白雪
「通行を許可しますか?」
魔術師
「……あぁ。
海を見に行くのであろう?
行け。
君たちの旅は……きっと、世界を少し変える」
エリス
「ありがと〜。
もう襲ってこないでね?」
魔術師
「……善処する」
三人は再び山を下り始めた。
莉音は胸に手を当て、
自分の中に眠る“よくわからない力”を考える。
莉音
(……あたし、どうなってるんだろ……
なんで魔法を打ち消せたんだろ……?)
白雪
「莉音様。
答えは、急ぐ必要はありません」
エリス
「そうそう♡
わたしたちがいるんだから〜♡」
莉音
「……うん!」
三人の影が、
朝日に伸びていく。
まだ旅は始まったばかり。
けれど、莉音の“異常性”は
すでに一度、牙を覗かせていた。
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