【BL】カタオモイ

神田或人

01.片恋

例えば、俺が、お前に『好きだ』といったら。

オマエは嗤うだろう。


そんなの、俺の式神だから。そんなの当たり前。


でもそうじゃない。

そういうんじゃないんだ。


式神としての主への好意ではなく、これは恋情。執着。妄執と言えるほどの感情。


って、どんなに訴えても、オマエは嗤う。笑う。微笑う。ゆらゆらゆれる万華鏡のように、儚くて、危うくて、気紛れで。


そんな横顔をみて、


『ああ、好きだ』


とまた思う。俺はどうしようもない馬鹿だ。大馬鹿だ。こんなの、結ばれるわけないのに。一生片想いなのに。


苦しい。痛い。辛い。愛しい。苦くて甘い。


そんな。


――片想い。









桜の咲き始めた四月上旬。

昼間から少し気だるげな焔は、すこし熱があった。


「主、薬を貰ってきた。飲んでくれ」

「あぁ?薬?飲まねーよ。んなの、酒飲んでりゃ十分だ」


煙管の吸いすぎで、焔は肺を患っていた。

薬も飲まない。かわりに酒を飲む。

食は細く、そのせいで身体は今にも壊れそうなほど華奢だった。

その姿を見るたびに、この身体に掻き抱きたくなる。


「そんなこといって、ただの風邪とかじゃなかったら、どうする。悪い病だったら」


少し強い口調で言った。

自分を全く大事にしない焔に、ずっと苛立ちを感じていた。


「はっ、悪い病?もうすでに肺炎だっての」


くしゃ、と笑った。幼い、悪戯な笑みだった。

堪らない。欲しい。欲しい。抱きたい。


手を伸ばして、腕を掴んで振り向かせる、桜の縁側。


見つめ合い、一瞬の沈黙。

俺が口を開きかけたら、腕をすう、と滑らせて、払い、目を逸らされた。


「水浴びしてくる」

「風邪ひきが水浴びなんかするな。湯を焚いてやる」

「めんどくせぇ」

「焚くのは俺」


それから、火を焚いて、風呂に温かい湯が満ちる。


「はいれ」

「ん、あんがとなー」


無防備に、本当に無防備に、俺の前で着物を脱ぐ。白い、真っ白い、華奢すぎる体が顕にされる。


俺は欲に燃やされそうになりながら、奥歯を噛み締め、堪えた。


なにに?

手を伸ばすのを。抱きしめるのを。

押し倒すのを。


堪えた。


下着だけを身につけた焔は、こちらに視線を流して、微笑む。


その色香といったら、何にも例えられないほどで。俺は理性を手放しそうになる。


「主」


後ろから身体を抱きしめる。

素肌に触れて、心臓がどくん、と音を鳴らす。

胸板から腰へ手のひらを滑らせて、下着の上からソレに触れる。

胸にもう一度掌を滑らせて、胸の突起を撫でる。


と、くすぐったそうにした焔は、ぱ、っと、俺の腕を振り払って、ひらひらと手を振った。


「後で、遊んでやるから、いい子にしてろよ?」


そう言って、浴室に消えていった。

一人残された俺は。


欲を抑えきれず、焔の肌を思い出しながら、自慰に耽る。


なんて無様なんだ。

弄ばれている。


片恋、などと言っているが、実は焔を抱いたことは何度かあった。


焔が酒に酔った時、気分が乗った時、性欲処理として、焔は案外簡単に、身体を開く。


多分、俺だけにではないのだろう。

貞操観念などというものは、あいつには似合わない。


わかってる。わかってる。わかってる。


なんであんな奴に惚れたんだ。

最悪だ。


そう思うのに、身体も、心も、焔を手放そうとしない。


好きで、好きで、仕方ない。

しょうもないやつ、と思えば思うほど、想いは募った。愛している、と、強く思う。

こころが、壊れてしまいそうなほど、俺は焔を愛していた。


風呂から水音が響く。

そんなものにも、覚える劣情。


虚しくて。

悔しくて。


強く、唇を噛んだ。


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