第27話 孤児院と涙と誓いと

―――さらに山道を歩む



 すでにここは、カイリ国の領地。

 このまま進み続けて、峠を降りた先でカイリ国の出迎えと合流する予定だ。


 その道すがら、ドワーフの大将と奇妙なエルフから伝えられていた孤児院を見つけた。

 個人的には石造りの教会のような姿を想像していたが、現実はあまりにも過酷だった――。


「これは……なるほど、見せしめの一種か」


 孤児院はあばら家といっても差し支えない、崩れかけの木造住宅。

 多少補修の跡はあるが、それはベニヤ板で適当に打ちつけたものという惨状。

 建物全体は歪み、壁が剥がれ落ちた箇所も目立つ。


「これでは、山の冬を越すことのできない子どももいよう」

 私の呟きに、アマネは静かな激情を乗せて、無口なメールもまた確かな怒りを感じさせる言葉を漏らした。


「なにこれ……拷問と同じよ、こんなの……」

「……ひどい」


 私たちがあまりの惨状を前に心を痛める中で、イロハだけは冷静にカイリ国――それを取り仕切る勇者ミナヅキという人物を分析していた。


「先ほどの評価を修正します。甘い人物ではなく、自ら手を下そうとはしない臆病者。あるいは、卑怯者といったところでしょう」


 政治犯の親を持つ子どもたち……処刑をせずに追放という形で見せしめとした。

 だがその実態は、処刑という悪評を避けつつ、劣悪な環境に放置することで『自然死』という名の抹殺を目論んでいるのだ。




 アマネはか細く私に尋ねてくる。その声には縋るのような思いが宿っている。

「……どうするの?」

「どうすることもできない。これは他国の内政だ。私が干渉できることではない。ましてや私は他国の王。わずかな手助けでも内政干渉と問われかねない」


「そうだけど……でも……」

「それに……手助けを行えば、『カイリ国に反抗した勢力に加担した』と見なされる。これは外交上、致命的な失点となるだろう」

「――――っ!? そ、そうね……そうなっちゃうんだ……子どもなのに」



 アマネも理屈ではわかっている。皆がわかっている。だからこそ、やりきれない……。


 やりきれない沈黙が重くのしかかる。

 このまま孤児院を見つめていても心の毒となるだけ――去ることを選択する。

 瞳が孤児院から離れ、逃げる。


「……行こう」


 短い声。それはイロハ・アマネ・メールに届いたはず。

 だけど彼女たちは足を動かせずにいた。

 もう一度、次は力を込めて同じ言葉を発しようとした、その時だった――。



「あ、魔族の人たちだ! シスターメイ、魔族の人たちが来てるよ!!」

 崩れかけの孤児院の前に一人の少年が現れて、私たちの姿を見ると、誰かを呼びに行った。

 あの様子から、私を魔族と認識しながらも怯えていないようだが……どういうことだろうか?



 しばらくすると、人間族の老女・紺色の修道服を纏うシスターがこちらへやってきた。

「これは皆さま、いつもお世話になっております」

「……ん? お世話になっている?」

「はい、山道の橋の工事が始まって以来、食料や毛布などを頂いて、おかげさまで今年の冬は子どもたちを一人も失わずに済みそうです」


 私は…………両手で自分の顔を覆った。

「なんてことを……いや、素晴らしき善行なのだがな」



 イロハ・アマネ・メールの三人の少女が私に声をかけてくる。

「思いっきり干渉しちゃってますね」

「この場合、どうなるんだろうね? 個人の施しだから問題なし? で、通るかな?」

「……よかった」


 私は彼女たちに答えを返す。

「問題はない、で押し切れないこともないが、カイリ国側が強く問題視すれば外交上のしこりとなるなぁ」


 シスターは私が頭を抱える様子に不安を覚え、問いかけてきた。

「あの、何か問題でもありましたか?」

「いや、君たちに一切非はない。私個人の憂いというところだ」


「はぁ……あ、そうでした。皆さんお見かけにならない方ばかりですね。私はこの孤児院を任されているメイと申します」

「シスターメイか。私はルミナの国王アルトだ」

「……へ?」


 私の名を聞いてぽかんと大口を開ける。それに対して子どもたちの方は、好奇心旺盛に私を取り囲んできた。

「すっげぇ、王様なんだ!」

「うわ~、かっこいい!!」

「ねぇねぇ、お姫様はいないの?」



 慌てた様子でシスターメイが子どもたちを叱り飛ばす。

「あなたたち、失礼ですよ!」


 そして即座に両膝をつき、地に着かんばかりに頭を垂れた。

「申し訳ございません! 王と知らずに何たるご無礼を!!」


 彼女の激変に、子どもたちは理解は及ばないながらも、何かとんでもないことを行ってしまったと怯えている。

「ご、ごめんなさい。だから、いじめないでください……」

「おねがい、ぶたないで」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」



 先ほどまでの子どもたちの態度との落差に、私は驚きを交えつつもすぐに返事をした。


「いや、別に無礼だと思っていない。頭を上げてくれ。子どもたちも怯える必要はない。私は君たちに何もするつもりはないからな」

 

 そう言っても、シスターメイは体を震わせながら平伏し続け、子どもたちも今まさに泣き出さんとしていた。



 すると、イロハがとても優しげな笑みを浮かべ、軽く手をパンパンと叩きながら注目を集めた。


「はい、皆さ~ん。こちらへちゅうも~く!」

 この声に誘われ、子どもたちの視線がイロハに集まる。イロハはメールへ一声かけた。

「お願いします、メールさん」

「ん」


 メールが魔導杖まどうじょうを振るうと、七色の光が舞い、犬や猫、ウサギといった絵が描かれる。

 光の犬と猫とウサギは仲良くダンスを踊り、それを見た子どもたちは潤んだ瞳を輝きに変えてメールのもとへ駆け寄る。


 メールはフードをきゅっと引っ張り、恥ずかしそうにしながらも、子どもたちのために懸命に光の動物たちを操っている。


 私はいまだ震えを纏うシスターへ片膝をつき、彼女の両手を柔らかく握った。

「シスターメイ」

「ひっ、あ、あの……」

「私に敵意はない。君たちを咎める心もない。どうか、立ち上がってもらえないだろうか」

「で、ですが――」

「あなたのようなご婦人に頭を下げさせたとあれば、亡き父や母に申し訳が立ちません。どうか、私のために立ち上がっていただけませんか」



 そう促すと、シスターメイはゆっくりと立ち上がった。


 瞳にはまだ怯えが残っているが、それは無理もない。

 見せしめに死ねと言わんばかりの場所へ送られた子どもたち。それを管理しているシスターは、常に理不尽な死を見つめ、怯え続けてきたのだから。



 それでも――

 

 子どもたちへ目を向ける。

(笑顔を失っていない。このような境遇なのに。それはきっと、シスターメイの献身のおかげなのだろうな)

 

 シスターメイの高潔な精神に敬意を払い、私は小さな会釈を交え、言葉を発する。

「王を前に戸惑うところもあるだろうが、私はあなた方に理不尽な振る舞いを行うつもりはない」

「あ、その……」

「ふふ、そうは言っても戸惑いは残るだろうな。そうだ、他の者も紹介しておこう」


 私はイロハへ手を向ける。

「彼女はイロハ。我が城のメイド長だ」

「イロハと申します。お見知りおきを」


 イロハはスカートの両端を上品に持ち上げて会釈を行う。

「あちらで子どもたちに魔法を披露している少女は、私の護衛であるエルフの魔導士、メールだ」

 メールは無言で会釈を返す。


「それで、彼女が――――」

 途中でアマネが言葉を奪い、一歩前に出た。


「私はアマネ。スイテンの国出身。あんまり名前を出したくないけど、父は勇者セッスイ。ま、その娘」

 そう言いながら、腰に両手を置いてふんぞり返っている。


 あの様子から、父の名に頼るのは嫌だが、父そのものは尊敬しているのだろう。

 しかし、その名前を――いや、父の肩書きを聞いた途端、シスターと子どもたちの顔色が変わった。



「ゆ、ゆ、勇者! ひぃぃぃ!! 申し訳ございません。申し訳ございません!」

「うわ~ん、勇者こわい~」

「パパとママを返してよ!!」

「こっちに来ないでぇぇえぇぇ!」


 これにアマネは体を左右に動かして、どうすればいいのかと混乱している様子。

「あ、あれ、どうしたの? なんで?」


 それに対して、私がこう答えを返す。

「あの子たちをここへ追いやったのは『勇者』ミナヅキ。ご両親の命を奪ったのも『勇者』ミナヅキ。だから『勇者』という言葉があの子たちにとって心の傷なのだろう」

「あ! そっか、そうだよね! ごめんね、みんな。怖がらせるつもりは――」



「申し訳ございません。申し訳ございません!!」

「え~んえ~ん、こわいよ~」

「帰ってよ! どっか行っちゃえ!!」


 まったくもって収拾がつきそうにない。そこでイロハとメールにお願いする。

「私たちでは無理そうだ。悪いがイロハとメール、頼めるか?」

「はい、皆さんに落ち着いてもらえるように促します」

「…………ん」


 イロハとメールは、安心させるような笑みを浮かべてシスターや子どもたちの元へと向かった。

 一人残されたアマネに、私は片眉を上げ、少しだけ茶目っ気を含んだ声をかける。

「どうやら、子どもたちを泣かせてしまったのは私ではなく、君の方だったようだな」

 

 その言葉に、アマネは露骨に嫌悪感を表した表情を作ってみせた。

「うわっ、この状況で意趣返し? 性格悪すぎでしょ。やなやつ~」



 だが、彼女の瞳からは先ほどまでの戸惑いが消えていた。

 彼女は腰の剣の柄に手を置き、私を真っ直ぐに見据えて言い放つ。


「でも、見てなさい。あんたより先に、私が絶対にあの子たちと仲良くなってやるんだから!」


 その言葉は、誰かへの憎しみではなく、目の前の困難に立ち向かおうとする「勇者の娘」らしい前向きな響きを持っていた。私はそれに応えるように、小さく笑いを立てた。

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