第10話 ルミナの実力――その一端

 帝国を支える五本柱の一人、五龍将の名を耳にし、私は声が上ずった



「ご、五龍将だと!? 帝国を支える五柱の一人が、なぜ、このような辺境に!?」

「フフフ、下らん野暮用があってな。それで、ルミナの田舎王よ。何故なにゆえに帝国の領地を侵す?」



 想像だにしなかった状況に焦りを覚える。それでも、言葉に宿る感情を凍てつかせて返す。

「帝国に降るなど、まっぴらごめんだ。というわけだ」


「くくく、なんて無謀で愚かな。そもそも、条約違反であろうに」

「あの条約は帝国がルミナを攻撃することを禁じた条約で、ルミナが帝国を攻撃することを禁じた条約ではない。よって、条約違反ではない」


「政治家がよく使う詭弁だな。ま、そのようなことどうでもいい。状況を察するに、この砦を抑え、帝国への玄関口を封鎖する予定だったようだが……残念だったな、ルミナの田舎王よ」


「田舎の王ではない。名はアルトだ」

「黙れ、貴様の名前などに興味はない」



 ここで、ブルックが声を張り上げた。いや、ブルックだけではないイロハや兵士たちまでも――

「なんと無礼な! アルト様は王。帝国の五龍将とはいえ、それが王に対する態度か!」

「なんなんですか、このおっさんは!? つるっつるな頭に落書きをしてやりましょうかね!!」


「この野郎! 俺たちの王様をバカにしやがって~」

「殺す殺す殺す殺す殺す!!」

「許さねぇ! お前ら全員薙ぎ斬りにしてやる!!」

「俺の剣が渇きを覚えている。帝国の血を吸えと嘆いている、うおおおおおお!」



「「「KO・RO・SE! KO・RO・SE! KO・RO・SE! KO・RO・SE! KO・RO・SE!」」」



 皆が皆、武器を闇夜に掲げ、いつもの殺せコールが始まってしまった。

 私のことを思っての激情なのだろうが……。


 五龍将ガターは呆れとも憐憫とも言える表情を見せながら、こう言葉を形にする。

「弓兵に囲まれ、五龍将を前にしているという状況も理解できずに、武器を掲げるとは……この蛮族どもめ。ルミナの王は田舎王ではなく、蛮族の王であったか」



「――ぬぐ、なんという完璧な言葉の一撃。返す言葉もない」


 これにブルックとイロハのツッコミが入る。

「陛下、返してくださいよ」

「そうですよ~、みんなアルト様を侮辱されたことに対して怒っているんですよ」


「その気持ちはとても嬉しいが、その表現が過激すぎるんでな……」

 ちらりと後ろを見る。


「ひゃっは~! 皆殺しだぜ!」

「もう、戦いたくて戦いたくて、アルト様、はやく~」

「あああああ、ついにいくさだ。もうだめだ、なんでもいい、斬りたい、斬らせてくれぇぇえぇ!!」


 頭を抱える。

「はぁ~……本当に私の知るルミナはどこへ行ってしまったのか。いや、これも至らぬ王である私の責任か」



 牧歌的な者たちは私の態度に見限り、血気盛んな者たちだけが残った。

 それはとても過激で、蛮族と称されても仕方のない者たちばかりだが――――それでも。


「私の大切な国民であり、兵士である。すまぬな、皆。ガターよ、言葉を返そう。彼らは帝国の支配を拒絶する勇士たちだ。断じて、蛮族などではない!」


「ふん、何が勇士だ。ルミナごときが帝国にたてつくなど愚かな。そのまま組み込まれておけば、帝国の平和を享受できたものだろうにな」



「そんな平和は平和じゃねぇんだよ!!」


 声を出したのは兵士の一人。さらに別の兵士の声が続く。

「俺は魔族だがな。帝国の掲げる魔族至上主義ってのには反吐が出るぜ! 好きな奴に種族なんて関係ねぇ。嫌いな奴にだって種族は関係ねぇ」


「そうだぜ! 好き嫌いを帝国が勝手に押し付けんじゃねぇよ。誰を好きになり、誰を嫌うかは俺たちが決めることだ! 心を縛ろうとするんじゃねえ!」


「てめぇらの掲げる平和は魔族以外を犠牲にして成り立つ偽りの平和なんだよ! そんな平和いらねぇっての!」

「真の平和ってのは俺たちルミナのことだ! そいつを力で示してやる!!」



「「「そうだそうだ! 種族の壁のないルミナこそ平和の象徴! 帝国は殺せ! KO・RO・SE! KO・RO・SE!」」」


 

 再び、殺せコールが始まった。

 これにガターが呆れた声をぶつけるが……。

「平和を口にした矢先から物騒なことを言っているぞ。これを蛮族と言わずしてなんという、蛮族の王よ」


 彼の言葉を前に、私は小さな沈黙を宿した。だがこれは、言葉に窮したわけではない。

 たしかに表現は過激ではあるのだが――

「……彼らは道理だな」

「なに?」



 私は剣を抜く。

「平和とは口先だけではかなわぬ。力を示した先にあるもの。うずたかく積まれた死体の上で、話し合いという名のテーブルが生まれ、初めて平和的な交渉が行われるもの」


 そして、剣先をガターへ向けた。

「交渉を行うつもりだったが、やめだ。まずは力を示そう。それにもとより、このガターという男は一切こちらに譲る気ないだろう。王である私を見下しているくらいだからな」


「当然だ。ちっぽけな国の王。いや、一領主にも満たない蛮族になぜ、偉大なる帝国が譲る必要がある。貴様を生け捕りにし、残りは皆殺し。これは決定事項だ。ルミナに残る国民もまた罰する必要があるな」


「そこまで言われてはこちらとしても、剣での語らいしか残っていない」


 兵士たちは殺せコールをぴたりと止めて、各々剣や槍を構えようとした。

 その小さな隙を狙い、ガターはめいを発した。


「放て!!」


 左右の城壁より、矢の雨が降り注いでくる。

「扇陣を! ブルックイロハ、腕に自信のある者は前へ!!」



 私、ブルック、イロハ――そして、兵士の中でも覚えのあるものたちが前に出て、空を覆いつくす矢の壁を弾き飛ばしていく。

 私は剣を握り、動きを最小限――手首を返すだけにとどめ、剣を流れるように操り矢を斬る。ブルックは槍を回転させて壁を生み出す。

 イロハは目にも止まらぬ素早い動きで素手で矢を叩き落し、兵士たちもまた剣や槍を使い、肉を穿たんとする矢じりを石床へと弾いていた。



「これは困ったな。全く動けない」

「陛下、無駄口は駄目ですぞ。毒矢が混じっておりやも知れぬ。かすり傷でも命取りと思いなされ」

「人数と耐久面から矢の一陣が過ぎるまで、二分といったところでしょうか。皆さんは大丈夫ですか?」


「へへ、イロハちゃん。この程度、どうってこたぁないぜ!」

「おうよ、こんなへろ矢で俺たちを射殺そうなんて片腹痛いわ!」

「片腹で思い出したけど、おにぎりを食べすぎて、胃が重い」

「てめぇ、一人一個だったはずだろ!? あとで締めてやるからな!!」


 私たちは矢を弾きながら、井戸端会議のような雑談を行う。

 これに五龍将ガターは小さなうめき声のようなものを上げた。


「んぐぅ、何なのだ、こいつらは……?」



 二分後、イロハの予想通り、城壁から降り注ぐ矢の雨が止んだ。

 私は状況を確認する。


「皆の者! 報告を!」

「特にケガなどはありませんな」

「こちらもです。相手の練度が少々低いと見受けられます。15.8%の矢がこちらの集団からずれた位置に放たれていましたから」


「アルト王、こちらも異常なしっす」

「俺は、手首が痛い……」

「お前はカッコつけようとしてアルト様の真似をするかだろ」

「僕はおにぎりが――」


「「「お前は黙ってろ!!」」」


 幾人か妙な報告が混じっているが、誰一人として矢を受けた者はいないようだ。

 私は正面を見据え、状況打破のために何をすべきか瞬時に考える。

 一兵たりとも犠牲を出さずに勝利を収める方法――――そのために、ある賭けに出る。

 


 ガターへ笑みを見せて、このように言葉をぶつけた。

「五龍将率いる兵は精強だと聞いていたが、六十の兵士をただ一人として崩せぬほどのもののようだな!」

「な!? 貴様ぁ!」

「これでは統率する者もまた、たかが知れよう」

「この蛮王め! 俺様を愚弄するか!!」


「愚弄ではない。帝国の五龍と聞いて肝を冷やして損をしたと言っているだけだ」

「減らず口をおぉぉぉぉ!!」


 彼は大剣を大仰に振り回したかと思うと、巨大な風斬り音を交えて、剣を振るった。

 それにより、空気が裂けて、衝撃波が私の髪を激しく揺らした。


 私は小さく声を生む。

「ふむ、さすがは五龍。腕は確かなようだが……」

「陛下、今の挑発はわざとですな」

「何をするおつもりなんですが?」


「目的は砦の陥落だが、作戦が無に帰した状態でも私は誰一人犠牲を出したくないと今も思っている」


 そう返すと二人は合点がいったようでこくりとうなずいた。

 私はここで頭を軽く掻く。


「だが、問題があってな。ジャミング魔石のせいでガターの実力が不透明――――っ!?」



―――ドゴ~ンッ!! と、突如、砲弾で石壁を破壊したかのような音が轟いた。



 皆が音の出どこへ瞳を向ける。

 そこには――――


「炎を纏った……人間の少女?」


 襤褸ぼろ切れ姿の少女が、緑風の長髪を赤炎とともに巻き上げて、同じく深い森のような緑の瞳でガターを睨みつけている姿がそこにあった。

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