第2話 帝国との戦い~秘策~

帝国と戦う――


 その言葉を聞いた二人は呆気に取られた様子だったが、すぐに驚きと狼狽が混ざり合う態度を見せた。


「へ、陛下!? 帝国と戦うとおっしゃられたのか!?」

「あの帝国相手にですか、アルト様!?」


「ああ」


「陛下、御言葉でありますが現実をしっかり見ておられますか? 我が国の兵力は百程度。対する帝国は三百万。兵力差は三万倍。兵器の質、技術力などを加味すれば、差はそれを遥かに超えますぞ」

「外交力、経済力といった総合国力では、数千倍以上の差があるんですよ」


「フフ、我が右腕と左腕は実に賢くて助かる」


「陛下、笑い事では……」


「ブルックよ、なにも私は正面から戦うつもりはないぞ」

 そう言って、私は指し棒をルミナの南に広がる山脈地帯へ向けた。


「この山脈の向こうには何がある、ブルック?」

「人間の支配領域です。人間の八大国家の一つ、カイリ国が治める領地が広がっております」


「彼らとは父の代までは交流があったな」

「ええ、細々としたものですが……互いに敵対する理由もなく、また、堅牢な山脈が横たわっているため、カイリ側が野心を抱いたとしても、山越えを終える頃にはまともに戦える状態ではないですからな」


「そうだな、その道の険しさがルミナの安全保障となっている。その反面、交易もままならない。私の代ではカイリ側へ通じる山道の橋が崩れ、修復のめども立たず放置している。完全に交流が断たれている状況だ」



 と、言葉を漏らしながら、ルミナの西方へ指し棒を持っていく。そして、イロハに問いかける。

「ここもまた山岳地帯となるが、どこに通じて、何がある?」

「通じる先は帝国大学を擁する学園都市ショアラインです。アルト様が指し示した場所にはルミナの簡素な砦があり、狭い山道を塞き止めるように構えています」


「つまりだ、狭い道に壁があるようなもの。もし、帝国がここから攻め込もうとすれば、百を守る兵士を相手に数万の兵士を投じなければならない。となると、帝国はどこから攻めてくる?」



 この問いに二人はそろって同じ答えを表した。


「ルミナの北方の平原メーアでしょうな」

「ルミナの北方、メーア平原です」


「その通りだ。東方に広がる海からという可能性もあるが、あちらはフィヨルドで上陸できる海岸が乏しく制限されるからな」



 私は床に広がる地図、二人が名を出した平原地帯に指し棒を突き刺した。

「こんなだだっ広い平原から攻められては戦略も何もない。百の兵は蹂躙されて、まばたきをする暇もなく全滅だ――――だが……」


 指し棒をさらに北へ動かし、先にある帝国の砦をとんとんと二度叩く。

「ここの砦、我がルミナの砦同様、山に囲まれ、両脇を険しい崖がそびえ立つ狭い道に陣取り、壁となっている。そしてここは帝国とルミナの玄関口。つまり、ここを押さえてしまえば、帝国とてそう簡単にはルミナに攻めてこられない」


 ブルックとイロハは二人そろって、地図上の砦を見下ろした。

 ブルックが首を振り、実現の可能性を否定する。


「言葉で語るのは容易たやすいでしょう。ですが、わずか百の兵で砦を奪取するのは困難かと」

「帝国とは和平の期間がまだ三か月残っている。そして、その期限が過ぎるとこちらは降伏すると決め込んでいるだろう。なにせ、今日まで私は抵抗らしい抵抗を見せていないからな」


「陛下……まさか、約定を破り、奇襲を仕掛けるおつもりですか!?」

「ああ、そのつもりだ」


 ブルックが息を飲む。


「だが――約定は破っていない」

「なんですと?」


「三百年前に取り交わされた帝国との和平の内容は抜粋すればこうだ。帝国がルミナに攻め込むことはない。つまりだ、その間にルミナが帝国に攻め込んではいけないという約定は存在しない。イロハ、ブルックのために条約の再確認を」



 イロハは軽く目を閉じて、その小さな体と頭に宿る膨大な記憶へ触れる。

「ヴォルガ帝国は本協定の発効をって、ルミナ王国に対するあらゆる形態の武力行使、侵略、またはその威嚇を現在および将来にわたり放棄することを厳粛に誓約する」


 さらに眉をひそめつつ条約の内容に触れていく。

「この『永続的な平和』の誓約は三百年にわたり効力を有するものとし、この期間、ヴォルガ帝国はいかなる名目、いかなる状況下においても、ルミナ王国の領土、領空、領海を侵犯し、軍事的に占領し、または武力をって攻撃する行為に絶対に従事しない…………はい、たしかに帝国からの武力行使を禁じていますが、ルミナによる武力行使を禁じてはいません」


「ということだ、ブルック」

「いや、条約の上ではそうでありましょうが、これは詭弁でございましょう」

「政治は詭弁の塊。その詭弁をいかにもっともらしく飾り立てるかが為政者の役目。条約内容を見るかぎり、ルミナが条約を破ったという不名誉に対して反論は十分にできる」


「……わかりました。詭弁を正論として導くとして、奇襲で帝国の砦を奪えますかな?」

「普通の砦ならば頭を悩ませるところだが、この砦はルミナと帝国の玄関口。言うなれば、僅か百の兵士しか持たぬ国家から帝国を守る砦。そのような砦に数千単位の兵士を割く真似などしまい」



 ここでブルックは小さな笑みを見せる。

「ご明察です、陛下」

「わかっていながら、わざと私に質問していたな。君の悪い癖だぞ」

「フフフ、陛下へ学習を促していただけでありますよ」

「いつまで家庭教師のつもりなのだか……敵の砦の兵数は?」


「多くても二百程度でしょうな」


「闇夜に紛れての奇襲。堅牢な壁があっても、私とイロハがいれば壁越えなど容易たやすい。壁を登り、門を開き、ブルック率いる兵士たちを招き入れる。僅か百の兵士だが、この斜陽の国を見捨てることなく留まり続け、君が直々に鍛えた兵士たち。皆、精鋭だろう」

「もちろんでございます、陛下」



 にやりと笑うブルック。その彼とは対照的にイロハは顔を曇らせている。


「アルト様、見事作戦が成功しても、後が続きませんよ。今のルミナでは砦の維持もままなりません。その砦が西と北に二つとなるとますます」

「そうだな……」

「さらに、一度だけの防衛ならまだしも、帝国が断続的に攻撃を仕掛けてきたら、いずれは数に押し切られちゃいます」

「その通りだ。だからこれは、時間稼ぎだ」


「「時間稼ぎ?」」


 二人はそろって同じ言葉を重ね合わせた。

 その様子から見て、ここから先の案はブルック・イロハであっても予想できないもののようだ。

 私は再び、南の山脈。その向こう側に広がる、人間が支配するカイリ国を指し棒で押さえる。


「我がルミナは魔族の国ながら、多くの種族と共に繁栄してきた国だ。それゆえに、魔族至上主義の帝国では決して行えない外交手段がある」

「陛下、その手段とは?」

「アルト様、ご教示を」


「人間の国、カイリ国と同盟を結ぶ」


 この言葉に、二人はわずかに目を見開き、重い沈黙に身を沈めた……。

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