ヘリカルスパイラル

Dizzy

第1章

第1話【オープニングシーケンス】

操縦席の少女は、警告灯の嵐の中でスティックを握りしめ、可能な限りの制御を試みた。

「くぅ、もうむりぃ‥‥」

クリアなメゾソプラノでヴェスタはあきらめる。

「お~ち~る~!!」

コパイ席のジュノは高めのソプラノで叫ぶしか出来なかった。

ぐるぐると回転する船体は大気を押しつぶし、ついに燃え上がる。

「もえたよ!!」

左右のマドを見たジュノは目がまんまるになる。

正面は防御シャッターが作動して、鈍色の壁となっている。

『それは熱力学第一法則で説明され、速度で高圧に圧縮された気体が高温に‥‥』

どこからかソプラノのマシンボイスが落ち着いた声で説明を始めた。

「アイカ、いまそれいらない‥‥」

説明をはじめる制御AIのアイカの声をヴェスタが遮る。

ガタガタと大気が乱暴に船体を軋ませる。

「あうん!!」

大きく揺れて、ジュノは明るい銀色のプラチナヘアーをふり乱し、喘ぎを上げた。

「もうダメぇ‥‥」

操縦レバーを握りしめるヴェスタは、光りが当たるとピンクに輝く豪華な金髪を振り乱し首をふる。


どぉ~ん!!!


『着陸シーケンス終了。ランディング完了シーケンスに入ります』

「どこがランディングよお‥‥」

アイカのマシンボイスに船体とともに傾きながら反論するヴェスタの声には、悲哀がこもった。




しゅうしゅうと湯気をあげる船体が、直径100m程の大きなクレーターの中央に突き立っていた。

45℃くらい傾いて刺さっているのは、銀色の美しい船体。

流線型のそれは雫のような形で、先端が尖っている。

後部には太いスリットがあり、奥に大きな平たいノズルを4つ隠していた。

標準的星間航行船より大分小さく、船体は全長50m船幅30mほどの小型船だった。

船体の質量に対してクレーターが小さく、損傷も少ないのは緊急重力制御が直前に作動したからだ。

最新型の小型開拓船には銀河中央連邦の最新技術が盛り込まれているのだった。


ばくん

船体横のハッチ兼乗降スロープが開き、少女が一人降りてくる。

身体にぴったりと吸い付く白い保護スーツに、防御も担う鈍色のプロテクターが各部についている。

ヘルメットもかぶり、バイザーが虹色に輝いている。

きょろきょろと外を観察して、船体の確認にはいる。

「あぁ‥‥下部1番ハッチがひらいてるわ‥‥これで制御できなかったんだ」

少女はパイロットのヴェスタだった。

彼女はこの船のキャプテンでもある。

「ええ?中身は?!」

ジュノの震える声がヴェスタの通信装置に入る。

「あの速度なら、中身はとびだしたでしょうね‥‥」

回り込んで、降りたハッチの3倍ほどの荷下ろしハッチを覗くヴェスタ。

「うん‥‥大きいものは全滅‥小さいものが一部引っかかって残ってるくらい」

「はぅん‥‥拾いにいく?」

「もちろん‥‥貴重な資源もいっぱいあったもの‥‥一旦もどるわ」

そう告げてヴェスタは搬入口から船内に戻りながらも各部をチェックして操縦ブロックに戻る。

今の銀河連邦ではユニット式のブロックを組み上げ、外装を艤装する作りが主流だ。

非常時に他船から流用しやすいようにそういった規格にそった作りになっている。

これは武装や設備にも同じ規格があり、それぞれの接続もスムーズに可能だ。

充電ケーブルに種類があり、充電できないなどという理不尽は起こらないのだ。

操縦ブロックのハッチを閉めると、ヘルメットが自動で背部と首のカラーに収納される。

これは船内管理のAIがエリアを決めて自動で切り替えている。

腕と太ももの保護スーツも音もなく肩口と腰に収納され、白い素肌がでる。

ジュノにはコパイ席で船内の状況と残り資材などのチェックを任せていた。

「おかえりぃ‥‥外気サンプルも事前情報どおりと確認できたよ」

ジュノの声には悲嘆はない。

いつも明るく楽しそうなのが少し元気がないなくらいだ。

「ただいま、外光スペクトルと重力波のデータ送ったよ」

ヴェスタとジュノのスーツにはサンプル回収やデータを取る観測装置も内蔵されている。

船体内蔵のものがほとんど壊れて使えないので、ヴェスタが直接観測も兼ねて見てきたのだ。

「‥‥これは遭難で良い気がする」

ヴェスタの声には悲しげな響き。

「うん‥‥そうだよね?アイカ、ビーコンだしてるの?救助申請の」

『いいえ、現在星間ビーコンの機能は失われています』

ジュノとヴェスタは見交わしてため息。

「それ‥‥いつ頃治るの?」

ジュノの声にはまだ余裕がある。

この船は開拓船なので、大抵のものを自作できるだけのナノマシンを空間圧縮して搭載している。

あらゆる物質に変換できる増殖型ナノマシンは、時間があればこの船をもう一隻つくれる量を積んでいるはずだった。

『ナノマシンポッドに異常があり、現在残量が1000NP程度となっております』

「えぇ‥‥空間圧縮の拡張機能がって話し?1/10くらいになってるよね?」

ナノマシンポッドには、空間圧縮という、位相をかえた次元を拡張する機能がある。

体積を10倍程度にする技術だ。

『原因は不明ですが拡張機能は作動しません』

ジュノも振り返り話す。

「それだねきっと。第二船倉の拡張機能も動かないの」

この船には空間圧縮機能のついた大きな船倉が2つあって、一つは先程ヴェスタが確認したものだ。

「‥‥船体は起こせる?ジュノ」

ヴェスタがため息とともに言葉を吐き出した。

「エネルギーの貯蔵もほとんどないから‥‥いまは飛べない。この場で起こすだけならいけるかな」

ギシっと一瞬船体がきしみ、重力方向が真下に向いた。

「‥‥これで700時間くらいはエンジンも起動しないよ」

ジュノの声にも不安がにじんだ。

汎用ジェネエレーターは恒星の光が届けば少しづつエネルギーをプールしていく。

大気や海水などからも使えるものは取り込めるので、接続が進めば時短にはなる。

「ちょっと一回ミーティングね」

そういってガーダーを外していくヴェスタの腕を、ジュノはぽんぽんと励ますようにたたいて微笑んだ。

「お茶いれるね」

空元気のジュノにヴェスタも作った微笑みを浮かべた。

微笑むべきだなと思ったのだ。




「‥‥というわけで、方針としては最低限をナノポッドに頼り、可能な限り現地調達する」

ヴェスタが操縦席でミーティングをまとめた。

復旧に必要な繊細なパーツ類はナノマシンだよりになるので、節約が必要だった。

「サバイバル生活ね!」

明るいジュノの声にヴェスタも勇気をもらうのだった。

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