第2話 身体が熱いです……

「ふう……疲れた」


 俺は学生寮に帰った。

 断罪されたとは言え、ファルネーゼは四大貴族のクラウゼン公爵家の令嬢だ。

 恩を売っておけば、後で役に立つかもしれない。


 (いや、悪役令嬢のファルネーゼだ。どうせ俺のことなんて忘れるに違いないか……)


 まあ俺は、底辺貴族のモブだしな。

 ……と、思っていたら、


 コンコン!

 寮の部屋のドアを、ノックする音がする。

 

 (誰だろう……?)


 俺がドアを開けると、外に立っていたのは——


「クラウゼン、さん……?」


 傘を持った、ファルネーゼがいた。


「アッシュフォードくんの傘を、返しにきました」

「ああ、そっか。わざわざありがとう」


 貴族最高位の、公爵令嬢のファルネーゼだ。

 底辺貴族の俺の傘なんて、どこかに捨ててしまっているかと思っていた。


「では……これで」


 ファルネーゼが俺に別れを告げる。

 はあはあ……と、ファルネーゼの吐息が荒い。

 頬が少し赤くて、目もトロンとしている。

 肩も震えている。


「体調、大丈夫か? 熱があるんじゃないか?」

「あ、いえ、大丈夫——ガクっ!」

「おい!」


 ファルネーゼは意識を失って、ふっと俺の前で倒れ込んだ。

 俺はとっさにファルネーゼを受け止める。


「すげえ身体が熱い……こりゃ高熱だな」


 大雨の中、傘もささずにブランコに乗っていれば、さすがに風邪を引いてしまうだろう。

 とりあえずファルネーゼの身体を受け止めてしまったが、さて、どうすべきか……?


 (ここに置いていくわけにもいかないか)


 自分の寮のドアの前に、悪役令嬢が倒れていたら変な噂が立つだろう。

 それに、高熱で倒れた女の子をそのままにしておくわけにもいかない。男として。


 (仕方ない。助けよう)


 ★


「……はっ!」

「おっ。起きたか」


 ベッドで寝ていたファルネーゼが、目覚めた。


「こ、ここはいったい……?」

「俺の寮の部屋だよ。クラウゼンさんが倒れたから、ここに運んだ」

「え? アッシュフォードくん?!」

「俺の部屋の前で倒れちゃったからさ、もう連れてくるしかなくて」


 ファルネーゼは、上半身を起こす。

 俺の顔と部屋を見ながら、ゆっくりと、状況を理解しているようだ。


「わたしは、アッシュフォードくんに傘を返してきて、それから、倒れたってことですね」

「うん。そうだな」

「……ということは、私が今寝ているベッドは、アッシュフォードくんのですか?」

「ああ。ベッドはひとつしかないからな」

「ふう。これがアッシュフォードくんの匂い——あ、ごめんなさい?!」


 ばっと、ファルネーゼがベッドから飛び出した。


「あ、ぐぅ……」


 急に動いたから、ファルネーゼがよろめく。


「病み上がりなんだから、まだ寝てないとダメだろ」

「はい……すみません。ですが、婚約者のいる令嬢が男性のベッドで寝るなどあってはいけません」

「婚約者……」

「あ、そうでした。もうわたくしは、婚約破棄されているんですものね……婚約者などもういませんでした」


 さっきまで気丈に振舞っていたファルネーゼが、悲しげな顔をする。

 そうだった。もう断罪イベントの後だ。

 主人公にイケメン王子を奪われて、魔法学園からも追放されたわけで。

 そのことを思い出させば、そりゃ当然悲しくなる。


「わたしはもう、傷物です。どうせ誰もわたくしと結婚なんてしてくれない。それならいっそのこと――」

「えっ?!」


 次の瞬間、俺の目の前で信じられないことが起こった。





 

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