第2話 思わぬ再会

「ショータ、今日の料理も美味しかったぜ!」


 恰幅のいい男に頭をわしゃわしゃとされる。


 褒められるのは悪い気がしない。


「酒ばっか飲むんじゃねえぞ!」


 そう声をかけると、男は笑いながら手を振り、店内はしんと静まり返った。


「……ふぅ」


 伸びをひとつして息を吐く。


 奥からアトラが現れた。


 薄いピンク色の長い髪に澄んだ水色の瞳。ワンピースに白いエプロン。一見少女のようだが、その筋肉質な腕を見れば男だと分かる。


 アトラは笑みを浮かべ、どすの利いた声で言う。


「今日もお疲れ様! あぁ、男前なショーちゃんの疲れた顔、たまらないわ……」


 顔をぐいっと近づけてきたので、突き放す。


「疲れてるって分かってんなら、これ以上疲れることすんなよ」

「ふふっ、冗談よ。慌てるショーちゃんも、ス・テ・キ!」

「冗談でもやめてくれよ……」


 アトラは、城から追い出され途方に暮れていた俺を拾ってくれた恩人だ。


 目を覚ましたとき、アトラの顔が間近にあって心底ビビったことだけはよく覚えている。


 見た目はアレだが、行く当てのなかった俺を助け、絶望から死のうとしていた俺に居場所を与えてくれた。


 それから三ヶ月。今ではこうして、アトラの店を手伝いながら暮らしている。


 アトラが経営するのは、冒険者たちが集う酒場だ。色々な情報が集まるかも、と言われたのも手伝いの理由だが、元の世界に帰る手がかりはなく、他に行く場所もない俺はここにいるしかない。


 共働きの両親のもとで育ち、料理は小学生の頃から手伝っていた。日本式の味付けはこの世界では珍しかったらしく「こんなの初めてだ」と店は評判になり繁盛している。


 ただ、最近は景気も悪く、いい食材はなかなか手に入らないらしい。届く野菜もひなびたものばかりだ。


 触れると頭の中に『えぐみを無効化しますか』とアナウンスが流れるあたり、質の悪さは間違いない。


 それでも繁盛しているのは嬉しい。


 ここで生きていける実感もある。


 ……でも、元の世界に戻りたい気持ちは消えない。


 この世界に来てネガティブに支配されていたことを思うと、アトラには感謝しかない。


 ……ちょっと、しつこすぎるところもあるが。


「じゃあ、俺は掃除するな」

「明日は急なパレードがあるみたいだから、綺麗にしておきましょ!」


 雑巾片手にテーブルを拭き、デッキブラシで床を磨く。汚れた水をバケツに溜め、裏口から水を流しに出たときだった。


 人が倒れている。


 黒い縁の広い帽子。黒いワンピース。赤い長い髪。倒れているのは、俺がこの世界にきた日、城で見た魔法使いアリアだった。


「なんで、こんなところに……」


 警戒しながら近づくと、ぐーっと腹の鳴る音が静かな夜に響いた。


 ……アリアからだ。


「もしかして、腹減ってんのか?」


 うつ伏せのまま、こくこくと頷くアリア。


 助けるべきか、見捨てるべきか。心の中で葛藤する。


 恨みはあるが、アトラは見知らぬ俺を助けてくれた。俺だけは、同じように見捨てるわけにはいかない。


「……何か食ってくか?」


 アリアは、倒れたまま必死に頷いた。


 ため息をつきながら、俺はアリアを担ぎ上げ店の中へと運んだ。

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