第3話 カラオケ
翌日の事だ。
夜に、
『今日の放課後、お出かけに行きます』
そう、メッセージが届いた。
僕はそれを見て軽く息を吐く。
行ける? じゃなくて行くなのが彼女らしいな、と思った。だけどたぶんいかなかったら盗撮犯だとばらされるのだろう。その切り札を彼女が手にしているうちは、僕は秋峯さんには逆らえないのだ。
とはいえ、勿論、放課後に予定なんてない。駄目な理由などない。
僕は、『分かりました』とだけ返事を返した。
その日の昼休み、早速秋峯さんが僕の元へと来た。
「はい」
そう言って僕にカメラを手渡した。昨日秋峯さんが買ってくれたカメラだ。12万円の重みを感じる。
「そう言えば昨日の写真。送って?」
昨日の写真、ああ、あの写真か。
最後、スマホで帰りかけに秋峯さんの笑顔を写したものだ。
僕はラインで彼女に送る。
すると、嬉しそうに、「やった!」とはしゃいだ。
「今日もこれくらいの質の物を期待してるからよろしくね」
「いや、もっとクオリティ上がるよ」
僕は手に取ったカメラを見せつけながら言う。
スマホとカメラじゃ性能が全然違う。しかも12万の物だし。
今日は奇麗な彼女の姿を沢山カメラのフィルムの中に収められそうだ。
「なら、良かった」
そう、微笑んだ後、
「早速写真を撮りに行くんだけど、今日行きたいところはね」
ためを入れる。
「じゃじゃん、カラオケです」
「カラオケか」
シンプルながらに、いいところだ。
歌っている時に人の表情は動く。
例えば、静かで感情が動くような歌を歌っている時、と訊かく盛り上がる歌を歌っている時、そして肺活量を使う曲を歌う時、
それら通じて楽しい悲しい苦しい、などの感情が出てくるものだ。
僕はワクワクしながら「分かりました」と言った。
秋峯さんとカラオケ。秋峯さんの歌っている姿をカメラに収められる。
なんて幸せなのだろうか。
きっといい絵が撮れる。
そう思うと笑顔があふれて来る。
まるで変態みたいな笑顔だ。
だけど仕方がないだろう。何しろ、秋峯さんの写真が撮れるのだから
その日の放課後。僕は秋峯さんについていく。その目的地への道順は完全に覚えている。
だけど、あくまでも先導はせずに秋峯さんの後ろをついて行った。
そのまま僕は
その姿を見守りながらついにカラオケへとついた。
そのまま、彼女はカラオケルームに入っていく。どうやら前もって予約をしていたらしい。
「じゃあ、歌って」
驚いたのはいきなりマイクを渡されたことだ。
「なんで」
「だってトップって恥ずかしいじゃん。だってだって、一番最初ってハードルが高いし」
だってって流石に言いすぎじゃないか。
「なら、それは僕も同じだけど」
「盗撮」
「分かりました」
流石にその言葉には勝てない。
「あまり期待しないでよ」
僕はそこまでは歌が上手くない。
それこそ、プロ並みの歌を期待されたら困るのだ。
「大丈夫、期待してないから」
そんなあっさりと言われたら、なんだか嫌だ。
まあ、仕方がない。歌うとするか。
僕はマイクを持ちながら、カラオケマシンを操作し、曲を入れる。
一発目は何がいいのだろうか。
アニソン、は知らなかったら嫌だし。
最近人気のドラマの主題歌かな。
そして、僕は歌い始める。
緊張する。
秋峯さんの前で歌うなんて。
しかし、歌うしかない。
僕はひたすらに、自身がないけれど大熱唱を舌。
秋峯さんの姿を見る。
楽しそうに拍手をしていた。
ああ、写真に収めたい。だけど、僕は今歌っている最中だ。
そんな中、カメラを構えるというのは、歌に対して非誠実なものだ。
ああ、せめて動画を取っとけばよかった。それももちろん、僕が歌っている姿を収めたものではなく、秋峯さんの表情を収めた映像を。
そしたらそれを後で見返して、そのシーンをスクリーンショットしたら、いい映像が撮れたかもしれないのに。
だけど、今そんな事を考えても仕方がないだろう。
僕は、今は歌い続けるだけだ。
「はあはあ」
全力で熱唱した。
点数はそこまでは高くないけれど。でも、最低限見れる点数だ。
「ふう」
僕はそっと一息吐いた。
歌うのが楽しすぎた。
「どうだった?」
「楽しそうだった」
上手だった、とは言わないんだな。
まあ、今の僕の歌唱はお世辞にも上手いだなんて言えるものではないと思うが。
「じゃあ、次私が歌うね」
「おう」
そして僕はカメラを起動させる。
きっと秋峯さんは歌が上手いだろう。
友達のいない僕と違って、友達とも一緒にカラオケとか行ったりしてるだろうし。
「あれ」
下手だ。
これは流行りの曲なのに。
でも、楽しそうに歌っている。
それだけで十分かと思い、写真を撮る。
一枚目パシャリ、うーんいまいちだ。
二枚目パシャリ、先ほどよりもいい感じだ。
三枚目パシャリ、うーーん。まあまあだ。
四枚目パシャリ、けっこういい感じ。
そうやって僕はひたすらに写真を撮り続けた。
それこそ、至高の一枚を狙うために。
「どうだった?」
歌い終わった後、秋峯さんが僕の元へとくる。
「楽しそうでしたよ」
「歌に関しては?」
酷い人だ。無邪気に僕が答えにくい質問をしてくる。
嘘をつくのは良くない、と僕は思う。
「あまりうまくはないんですね」
「あー、ひどー」
事実だけどね、と言って秋峯さんはゲラゲラと笑う。
「友達とカラオケに行ったりはしないんですか?」
「してるよ。でも毎回下手っていじられる。まあ仕方ないけどね、私高校生になるまでカラオケに行ったことなかったし」
「え?」
驚きの発言だ。
秋峯さんのような陽の人は中学からもうカラオケ三昧だと思ってたから。
「え、じゃないよ。中学の時には友達もほとんどいなかったしね」
その言葉を吐いた秋峯さん。その目はどこか遠くを見ているようで、寂し気なものだった。
僕はその言葉には何の返答も出来なかった。
「次は巻き返すから」
そんな僕を置き去りに、彼女はそうのたまった。
その歌も上手とは言えなかったが、しかし曲の特質が頭に入っているのか、リズムなどはしっかりと取れていた。
音程がそこまで大きくぴったりと当たっている、という訳ではない。
しかし、曲にしっかりと感情が乗っている。そう僕は感じた。
しかも先ほどよりも楽しげな様子だ。
おそらく秋峯さんはこの曲が好きなのだろう。
だから、こんなに熱中して歌えるのだ。
おっといけない。僕は重要なことを忘れていた。
カメラだ。写真を撮らないといけない。
この楽しそうな秋峯さんの姿をカメラに収めなくてはならない。
それこそが今日の僕の仕事なのだ。
そして僕はカメラを構える。
今回は質メインでいこう。先程の写真とは違い、今回は重要なものになってくる。
そう僕は思い、カメラで秋峯さんの姿を捉える。
連射をし過ぎないように、だけど、彼女の美顔を多く映したい。
少々我儘なようだけど、許してほしい。
そのままの勢いで僕はひたすらにその姿をカメラに収めて行った。
「どうだった?」
例の如く、秋峯さんは歌い終わったあと、僕の元へと来た。
その言葉に対する返答を、今の僕は一種類の物しか持ちえてない。
「最高だった」
僕は、恥ずかしさを噛み殺しながら言った。
実際、素晴らしい物だった。
「見とれてしまったよ、その楽しそうな顔と声に」
「うん。そうだね」
そう言って秋峯さんはマイクをその場に置く。
「私ね、この曲好きなの。孤独な気持ちを癒してくれるみたいで。ずっと一人の時に訊いてた、何回も何回も」
「そんなに好きなの?」
「うん。私ずっと寂しかったんだもん」
その言葉の裏に、秋峯さんの寂しさが現れていると感じた。
僕はその姿を一枚カメラに収め、
「今はどうなんですか?」
そう訊いた。
今は寂しいとかあるのだろうか。
今はどう思っているのだろうか。
まだ、癒えてないようにも見えた。
「今は大丈夫よ。友達もいるしね」
軽く目をこすってから、秋峯さんはそう言った。
その言葉がどれだけ本当なのかは分からない。
だけど、秋峯さんは一瞬見せた悲しい顔をやめ、またいつもの元気溌剌な彼女に戻って行った。
その後、僕たちはひたすらに歌を歌った。
そのおかげでいい画がたくさん撮れた。
その帰り道。
「秋峯さん、少しいい?」
僕はふときいた。
「そう言えば写真って何に使うの?」
「何に使う?」
秋峯さんは不思議そうに首を傾げた。
「だって、秋峯さんが写真を撮って欲しいって言ってたから」
「そりゃ勿論写真集、じゃなくてアルバムみたいな物。だってさ、思い出が忘れ去られるのっていやじゃない? だったらカメラで撮って、後で誰が見ても懐かしいって思えるようにしないと」
「お金かけすぎじゃない?」
「お金あるから大丈夫。それよりもこれからもどんどんと取ってもらうから、楽しみにしておいてね。まずは日曜日空いてる?」
「空いてますけど」
「なら、その日にまたお出かけするね」
その言葉に、僕は黙って頷いた。
今度はどこに行くのだろうか。
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