第20話「願望」
諜報員であるユリウス・グレイが調べれば調べるほど、ヴァルハルゼンの関与が疑わしくなった。
北へ姿を消したリディアの侍女、ヴァルハルゼンの人間と会った後にリディアに不利な証言をした者たち、さらには不審な銀貨の動きにヴァルハルゼンが絡んでいることも掴めた。
この銀貨は、一旦教会を通して証言者の懐に入っていることが分かった。
教会は、ただ安全に銀貨を運べるよう手配を手伝っただけのようだ。
しかし、それによって外から見るとヴァルハルゼンから贈られたものだということがわかりにくくなる。
「ヴァルハルゼンが何かを企んでいるのは間違いない」
そうユリウスは思った。
だが、今のところその意図がよくわからない。
それなりの金を使ってまでやったことが、リディアを追放してエリザベートを王太子の婚約者にすることだ。
そんなことをしてヴァルハルゼンに何の得があるのだろう。
エリザベートと同じようなことを、ユリウスも考えた。
リディアは民のために国庫を開いたが、エリザベートは緊縮財政で国庫を豊かにしようとしている。
ヴァルハルゼンからすれば、あまり戦費に税を回さず国庫の蓄えを減らすリディアの方が与しやすいのではないか、とさえ思える。
エリザベートがヴァルハルゼンに協力をする?
いや、仕事ぶりを見ているとラグリファル王国に対する忠誠心は疑いようがないように思える。
ヴァルハルゼンの人間と会った時は、毎回欠かさず報告をしている。
筆頭公爵家の令嬢であるエリザベートは、それを誇りとしているかのように国のために働いているのだ……父親は少し危ないところがあるが。
「まあ、人間なんて相性が悪いとか気に入らないみたいな理に合わないことで動くこともあるけどな」
などと自嘲しながら、ユリウスは調査を続けた。
「……リディア・グレイス・マクレイン」
ユリウスは、追放される時の潔い態度を思い浮かべながらその名前をつぶやく。
***
その時、ミルファーレ村で聖獣ルナが小さく鳴いた。
だが、それは何かを感じ取ったわけではない。ただ単にリディアに甘えているのだ。
相変わらずの甘えん坊だが、ルナは少し大きくなった。
ルナが森で遊んだ後、リディアより先に帰った時に家に入れるように穴が開けてあるのだが、ある時そこにルナがすっぽりはまって抜けなくなっていたことがある。
それ以来、ルナは先に帰ってきても家の前で待っているか、リディアを迎えに来るようになっていた。
そして、ルナはこれからまだまだ大きくなるのだ。
今日もルナは当然のようにリディアのベッドにもぐりこんでいるが、それが少し狭くなりつつある。
「この子が大きくなったらもっと大きな家に引っ越さないとだめね……」
王都を追放される時のリディアは、「このままでは終わらせない」と胸に誓っていた。
だが、最近は今の暮らしを守りたいと思うようになっている。
自分を信頼し切って懐いてくるルナや、いつも優しくしてくれる村人との日々は、それくらいリディアにとって幸せなものなのだ。
聖獣のルナには大きな力が秘められていると言う。
だが今のリディアは、ルナがそんな力を使う機会もなく平和に暮らして欲しいと思っている。
「ベッドもかなり大きいのを買わなくちゃ」
リディアもルナも、いつまでも一緒のベッドで添い寝をするつもりでいる。
これから何が起こるかも知らずに――。
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