第06話 千葉本家
あの見合いから1週間、とても速い流れで入籍と引っ越しが済んだ。
千葉本家
遥がこの屋敷を訪れるのは、これで三度目だった。
最初は、小学校に上がるとき。二度目は中学校への進学前。
そして今日。両親の再婚を報告するための訪問だった。
場所も場所で、一般道を数時間かけてここまでたどり着く立地の悪さ。
お隣の家までは何キロあるだろうか。
そして相変わらず、時代錯誤ともいえる壮大なお屋敷。
門構えは寺を思わせる造りで、奥に続く屋敷は平安貴族でも住んでいそうな雰囲気を漂わせている。
場違いだ。
きっと母以外の家族は同じ気持ちだろう。
ただ、母の顔つきがぐっと硬くなっている。
門をくぐると石畳が屋敷の玄関まで続いていた。
そしてその先に、使用人が立っている。
「葉子様、遥様、お待ちしておりました」
その言葉に母の表情がさらに険しくなる。
遥も思わず言い返した。
「父も妹もいますが?」
しかし、使用人は全く動じる様子もなく事務的に頭を下げるだけ。
「こちらへどうぞ」
慣れた対応だった。
縁側を長く歩かされ、ようやく通されたのは屋敷の奥、本殿のような広間。
しかし、そこに入ることを許されたのは母と私だけだった。
父と桜花はその場に残された。
母の険しい表情の理由がわかる。
この場に呼ばれたのは、母と自分だけ。
屋敷の静けさと重い空気、抗うこともできず、ただ流れに身を任せるしかなかった。
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「遥、ここからは私が引き受けます、何を聞かれても知らないと言いなさい」
母は何かを知っていると感じた、この呪いのことも、あの白いスーツの男のことも、そしてこの家のことも。
「当主様がお見えになられます」
使用人がそう言うと、母は静かに座り、深く頭を下げた。
私もそれに倣う。
「葉子、よく来た。遠い所、務めご苦労」
「いえ、当主様。分家の者にこのような場をいただき感謝しております」
「籍を入れたのだな?」
「はい」
「ご苦労」
「はい」
淡々と言葉が続く。
声からは男か女かわからない、ただ老いているそれだけだ。
「遥、大きくなったな」
「はい」
「そろそろ婚約させよう」
「…はい」
母が言っていた、家に縛られている、その意味が理解できた。
婚約…まだ自分には現実味がない、当然だ。
周りは恋だ何だと騒いでいる年齢で、婚約だなんて。
淡々と人の人生を決めていく。
何様のつもりだ、当主、千葉家とはそれほど絶大な存在なのか?
母は何一つ私に話さなかった。
「そうだ、この男のことを知っているか?」
使用人が一枚の写真を私と母に見せた。
あの男だ、白いスーツを着たあの男。
「存じ上げません」
母の言葉を思い返し、言葉をすり替えた。
「この男が何を?」
「長年追っているんだが尻尾を見せない。もしかしたらと思ってな」
「もうよい、下がれ」
「はい、失礼いたします」
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「遥様」
本殿を出た直後、使用人に声を掛けられた。
「ご当主様から、こちらをお渡しするよう申し付かっております」
そこには透き通る青いクリスタルがあしらわれたネックレスがあった。
(これは、あの男が首に下げていたものと同じ物だ!)
手にしようとした瞬間、母の手が私の手を掴んだ。
「遥、帰りますよ!」
「お母さま、でもあの石」
「いいんです、あなたがそんな物を持つ必要はありません!」
母に強く手を引かれ、私はその場を離れた。
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