第2話 第一章:気づきの朝


朝、目を覚ました瞬間、

胸の奥でなにかが“ぽつん”と落ちた。


理由はわからない。

夢を見たわけでもない。

ただ、昨日までより世界が

すこしだけ遠くにある気がした。


机の上の教科書、

制服の袖のシワ、

スマホの通知の赤い数字。


全部、いつも通りなのに、

どれも “私じゃない誰かの世界” みたいに見える。


——あれ?

私、こんなふうに朝を迎えたことあったっけ。


思わずそう呟きそうになって、

慌てて飲み込んだ。


言葉にしたら戻れなくなる気がして。


登校する道の途中、

いつもより風の音がよく聞こえた。


車の音、鳥の声、

電柱のワイヤーが震える小さな響き。


こんなに世界って、

細かい音でできてたんだ。


気づいたら、歩きながら何度も振り返っていた。

理由もなく。

でも、身体のどこかが

“後ろ”を気にしていた。


まるで、

昨日までの私がそこに

置いてきぼりになってるみたいに。


学校が見えた瞬間、

胸がすこしだけ重くなった。


あの教室。

あの空気。

あの「正解」を知っている人たち。


でも今日は、

いつもの私よりほんの少し

世界と距離があった。


その距離のせいか、

私は入口で立ち止まった。


——今日、私はどの“私”で入ればいいんだろう。


そう思った瞬間、

胸の奥の“ぽつん”は

静かに形を変えていった。


透明になる前の私は、

まだ世界に溶けていた。


だけどもう、

溶けてるふりはできないかもしれない。


——気づいてしまったから。


その朝、私は初めて

世界を「自分の目」で見たいと思った。


誰の目でもなく。

誰の期待でもなく。


“私が見ている世界”を取り戻すために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る