第3話
それ以上何も言えないまま、瑞樹はリンを見送った。前から思っていたがリンの方こそ変わりものだと思う。
工業高校だけあってクラスの三分の二が男子で女子の数は少ない。それだけに少ない女子の奪い合いがおこり、普通以上にここの女子はモテるし、その情報も男子の中で出回りやすい。
黒髪を一つくくりにして、色白の整った顔立ちのリンはどう考えてもモテるはずの女子だった。瑞樹も顔だけで見たらクラスの中で一、二を争うと思っている。
だが入学してこの三カ月、リンの浮いた話は聞かない。決して社交性がないわけではないが、どちらかというとリンがうまく他の人と一定の距離を保つようにしているように見える。
リンの言う『探しもの』の意味はわからなかったが、少しだけリンに興味が湧いたことは確かだ。明日、そのあたりもリンに聞いてみようと思いながら瑞樹も帰り支度を行う。
少し外が薄暗くなってきた。夕立が来るのかもしれない。
瑞樹が帰り支度を済ませて、門から出るころは曇天の空は今にも激しい雨を降らせようと紺色を深めている。家まで歩いて二十分、この近さも高校を選んだ理由だが家まで天気が持ってくれるだろうか。
……自転車でくればよかった
瑞樹は今朝の選択を後悔した。完徹の眠気をすっきりさせようと今日に限って歩いて学校までやってきた。
中学の時の瑞樹は野球部に所属していて毎日体を動かしていたが、高校に入って帰宅部になってから運動はからきしだ。機械いじりの方にばかり興味が向いて運動不足の体を久々に動かそうなんて思ったのが間違いだった。
しばらく歩き商店街にさしかかるころにはパラパラと小雨が降り始めていた。熱せられたアスファルトに雨があたり独特な匂いが立ち込める。少し早歩きで瑞樹は人混みを通り抜ける。ビニール傘を買うという選択肢は今のところ瑞樹にはない。
肉の田島のコロッケの匂いがした。夕飯時のおばちゃんたちもこれぐらいの小雨には負けない熱気を立ち込めている。この時間の活気ある商店街が瑞樹は好きだ。威勢のいい肉屋や八百屋の声は生きているという確かな今を瑞樹に感じさせる。
商店街を抜けて縄手神社の鳥居を抜けるころには、雨粒は大きさを増して容赦なく瑞樹に降りかかる。先ほどまでの紺から、あたりが一気に黒に近い色になったかと思うと、近くで稲光が走り、すぐさま轟音が鳴り響いた。
雨脚は地面を殴りつけるかのように強くなり、さすがの瑞樹も走って帰るのをためらった。いつも近道としてこの縄手神社を通り抜ける。ここでちょうど家と学校の中間地点だ。何とか雨をしのげる場所はないかとあたりを見渡した瑞樹は仕方なしに深々と頭を下げてから境内の引き戸を開けて、雨宿りさせてもらうことにした。
……この雷雨だ。神さんも許してくれるだろう。
びしょ濡れになったシャツの袖口を軽くしぼりながら瑞樹は思った。神主さんでもいれば、一応許可を取ろうとあたりを見渡すが人の気配はない。埃っぽい境内は管理者がちゃんといるのかもわからない。
正月や七五三の時期などには神主がいるのを見たことあるが、普段は無人なのかもしれない。一応、室町初期からの由緒ある神社らしいが、ずいぶんと老朽化が進みこの境内もあと数年で取り壊して、違う場所に合祀することが決まっていた。
境内から外の雷雨を見ながら瑞樹は光と音の差から雷の距離を計算してみた。まだかなり近い。もうしばらくは雨もやまなそうだ。
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