第2章-4 世界樹の葉50アクアと、地上と空のすれ違い

ルートヴィレッジの朝は、いつも虹と共に始まる。広場の噴水から逆さに昇る水しぶきが陽光を浴びて、小さな虹を三重に描く。


屋根の落ち葉は朝露で濡れて、村全体が淡く光る宝石箱のようだ。俺はパン屋のおばさんに紹介された「葉集めバイト」の現場に来ていた。


世界樹の根元に近い、村の裏手にある斜面。

そこに落ちている新鮮な世界樹の葉を拾うだけの、簡単な仕事だ。


1枚50アクア。

今日は最低でも10枚は拾わないと、今日の飯代が危うい。

斜面にはすでに数人の村人が作業していた。


若いエルフの兄ちゃん、角の生えた獣人のおっさん、

そして、杖をついた白髪の人間の爺さん。

爺さんが俺に気づいて、渋い顔をした。


「また新入りか。最近は空から降りてくる奴が増えたな」


「……おはようございます」


爺さんは鼻を鳴らした。

「昔はな、世界樹の葉も滝の水も、全部ここで賄えてたんだ。

 服は木の皮で織り、灯りは葉の魔力で灯し、

 食料は森の恵みと、村の畑だけで十分だった」


爺さんが指差す先には、小さな畑があった。

虹色に光る実をつける野菜や、葉が音を立てる不思議な穀物。

どれも地上でしか育たないものらしい。


「でも最近は違う」


爺さんが吐き捨てるように言った。


「アカデミアの若造どもが“便利な発明”だの“新農法”だの持ち込んでくる。

 空からの輸入品ばっかりだ。

 葉圧縮機だの、魔力結晶肥料だの……

 俺らのやり方を“古臭い”って笑いやがる」


その時、斜面の上から若いエルフの兄ちゃんが駆け下りてきた。

手に持っているのは、見たこともない金属の筒。

「おっちゃん、また愚痴ってる~?

 ほら、これアカデミアの新作! 葉を吸い込むだけで自動選別してくれるんだよ!」


筒の先からシュイーンと音がして、落ち葉が一瞬で吸い込まれていく。爺さんの顔が真っ赤になった。


「そんなもんいらん! 手で拾うからこそ、葉に感謝もできるんだ!」


「でも効率が全然違うじゃん! 昨日これで100枚拾ったよ!」


二人の言い争いを、獣人のおっさんが苦笑いで見ている。俺は黙って葉を拾い始めた。


確かに手で拾うのは時間がかかる。

でも、葉を一枚一枚手に取ると、

温かくて、脈打ってるような感触がする。


まるで生きているみたいだ。ゴレちゃんが隣でぴょんぴょんしながら説明してくれた。


「地上はね~、滝の水と葉っぱと畑が自慢なんだよ~!

 でも空の都市は、魔力機械がいっぱいだから、

 どっちもちょっと意地っ張りになっちゃうんだよね~」


俺はふと気づいた。地上は自然の恵みを大切にしている。

空は技術と効率を誇りにしている。どっちも正しい。

どっちも、少し寂しい。爺さんが俺に気づいて、声をかけてきた。


「お前、どう思う?」


俺は拾った葉を手に持ったまま、答えた。

「……両方、すごいと思います。

 手で拾うのも、機械で拾うのも、

 どっちも世界樹を大事にしてるから」


爺さんが少しだけ、目を細めた。

「……まあ、そうかもな」


その時、エルフの兄ちゃんが新しい筒を差し出してきた。

「太郎、試してみる?」


俺はためらいながら受け取って、

スイッチを押してみた。シュイーン!葉が気持ちいいくらい吸い込まれていく。「……めっちゃ楽だ」


爺さんがぼそっと呟いた。

「……便利なもんだな」


三人で顔を見合わせて、

初めて一緒に笑った。地上と空の、ほんの小さなすれ違い。


でも、そこに架けられる橋が、

俺の役目なのかもしれないと思った。


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