転生物語:孤独の虹橋 ~ユグドラ・アクアアリスへの転生~

プロローグ 最後の振り込みと、虹の音

俺は死んだ。


正確には、死ぬ直前に最後の振込を終えた。銀行アプリの画面に表示された残高。

87円。


そして残債:0円。 「……終わった」

病室のベッドで、俺は小さく呟いた。


1億2000万と87円。

10年かけて、俺が手に入れたもの全てだ。窓の外は雨だった。

誰も来ない。

花もなければ、差し入れもない。

スマホの連絡先は、もう何年も開いていない。


最後に誰かと話したのは、たぶん闇金の取り立ての人だった。「佐藤さん、寂しくないの?」


看護師さんが時々聞いてくれたけど、

「慣れてます」と笑って答えるしかなかった。

本当は、もう笑い方も忘れていた。点滴の音だけが、規則正しく響く。

意識が遠のいていく。

最後に頭に浮かんだのは、


「友達が一人でもいたら、違ったのかな」


という、ありふれた後悔だった。――次の瞬間、耳に届いたのは、雨じゃなかった。ゴォォォン……シュィィィン!滝の轟音と、どこか懐かしい低音の共鳴。

目を開けると、そこはもう病室じゃない。

巨大な世界樹の根元。

空を突き抜けるほどの幹。


そして、雲の上を疾走する虹色の水しぶき。水上機関車アクア・ドラグーンが、

俺の目の前を300km/hで駆け抜けていく。

透明なドームの向こうで、乗客たちが笑っている。

子供が窓に手を振っている。

誰かが誰かと肩を並べて、虹のトンネルを見上げている。俺は15歳の体で、土の上に座り込んでいた。


ポケットには、何もない。

0アクア。

でも、なぜか涙が出そうになった。――ああ、これだ。これが、俺が一度も手に入れられなかったものだ。


「にゃはは~! 新入りさん、おはよ~!」


小さな虹色の瞳が、すぐ横でキラキラ光った。

50cmのマスコット、ゴレちゃんが俺の肩にちょこんと乗る。

「泣いてる? 大丈夫だよ~! ここはユグドラ・アクアアリス!

友達なんていくらでもできるからね!」


俺は涙を拭って、初めてちゃんと笑った。

震える声で、でも確かに言った。


「……友達、100人作る」


ゴレちゃんがぱっと両手を広げる。

「じゃあまずは1人目! 私、ゴレちゃん! よろしくね~!」


遠くで、アクア・ドラグーンがまた虹のトンネルを作りながら走り抜ける。

滝の音と魔力の共鳴が、まるで歓迎のファンファーレみたいに響いた。借金1億2000万から、0アクアへ。

ここから始まる俺の第二の人生は、

きっと、虹色になる。



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