薔薇色の研究
蟹場たらば
1 白い薔薇はどこへ行った?
『あとの祭り』が慣用句としてアリなら、『祭りのあと』もアリじゃないだろうか。面倒くさいとか、寂しいとかいう意味で。
文化祭の後片づけをしながら、俺はそんな下らないことを考える。
俺たち文芸部の企画は、伝統通り部誌の頒布だった。だから、部誌の陳列のために、部室に追加の机を運び込んでいた。部屋の飾りつけのために、壁にペーパーフラワーなどを貼っていた。
当然、後片づけではその逆をやる。高校に入ってもう三回目だから、『祭りのあと』がどうだとか考え事をしながらでも問題なくこなせた。
「
部室がいつも通りの状態に戻ったので、
それどころか、薔薇の花束まで渡してきた。
「おお悪いな、
花なんて欲しいものかと、ずっと疑問に思っていた。だが、実際にもらってみると頬が緩んでいた。
どこの高校も大抵そうだと思うが、うちの高校の文化部にとって、文化祭は節目の行事だった。六月の文化祭をもって、三年は部を引退する慣習になっていたのだ。
だから、プレゼントは嬉しかったけれど、別に意外なわけではなかった。俺だって去年は、先輩にケーキを贈っていた。
意外だったのは、月本が一般的な薔薇のイメージとは違う色を選んだことだった。
「白い薔薇にはいろいろ花言葉があるんですよ。たとえば『純粋』とか」
「へー」
「『純潔』とか」
「モテないって言いたいのか?」
女から男への発言だって、セクハラになるんだからな。
大体、そういう本人も彼氏はいないようだった。まぁ月本なら、その気にさえなれば簡単に作れそうだが。
「他に『尊敬』って意味もあります」
どうやら月本は、俺のことをちゃんと先輩だと思ってくれていたようだ。さっきのセクハラはただの照れ隠しだったんだろう、多分。
「一応、まだ続けるつもりだけどな」
『区切りがいい』『受験勉強に集中したい』といった理由から、そうする生徒が多いというだけで、文化祭での引退はあくまでも慣習である。俺のように一学期が終わるまで部活を続ける生徒もちょくちょくいるのだった。
「これは文化祭の分ですよ。引退する時はする時で何か差し上げます」
花束に手を伸ばすと、月本は薔薇を一本引き抜く。俺に背を向けるように棚へと向かう。
「飾りたかったので、そのついでです」
いつ途絶えたのかは知らないが、昔の文芸部にはどうも花を飾る習慣があったらしい。その名残として、部室の棚には花瓶が大小いくつか置かれていた。
月本は一輪挿し向けの小さな花瓶を持って部室を出る。廊下の手洗い場で水を入れて戻ってくる。部室中央の長机に花瓶を置く。
だから、席に着くと、俺と月本で白い薔薇を挟む形になった。
「何かやり残したことはないですか?」
「部誌は発行できたし、結構
今年の文化祭は、和服で昭和の文豪っぽいコスプレをして呼び込みをおこなった。その宣伝効果が出たのか、部室には例年以上に客が集まった。最後の文化祭は成功したと言っていいだろう。
「新入部員を勧誘できなかったことかな」
白い薔薇を挟んで、俺と月本は一対一で座っていた。
部員が少ないせいで、活気がなさそうに見える。活気がなさそうに見えるせいで、新入部員が入ってこない。新入部員が入ってこないせいで、部員が少ない。部員が少ないせいで…… そんな負のスパイラルから、文芸部はもう何年も抜け出せずにいた。
それでも二年前は俺、一年前は月本と、毎年一人は新入部員を確保してきた。ところが、俺が部長になった今年は0で終わってしまった。不甲斐なくて、月本には申し訳ないかぎりである。
「先輩のおかげで、コスプレがウケるって分かりましたからね。来年の勧誘は上手くいくでしょう」
「だといいんだが……」
言い換えれば、来年の春までは月本一人で活動することになる。いや、勧誘が上手くいかなかったら、引退までずっと一人ということになってしまう。たった一人で文化祭の後片づけをするのは、それこそ『祭りのあと』ではないだろうか。
俺が文化祭のあとも部活を続けることにしたのは、何も受験から目を背けるためだけではなかったのだ。
「まぁ、卒業するまでは顔出しに来るよ」
「えー」
「『尊敬』はどこ行ったんだよ」
◇◇◇
翌日の放課後も、俺は宣言通り部活に向かった。まず職員室に寄って、それから文芸部の部室へ行く。
部屋の前では、月本が文庫本を手にしながら立っていた。
「長谷部先輩、遅いですよ」
「月本が早いだけだって」
うちの高校では、「部室の鍵は顧問の教師が保管して、必要な時に部長が借りに行く」というルールになっていた。そのため、部長が遅刻すると、部員たちは締め出しを喰らうことになる。別に俺は遅刻したわけじゃないけど。
ただ言い訳をしたところで、余計に月本を怒らせるだけだろう。急かされた通りに、俺はさっさと部室の解錠に取りかかることにする。
しかし、鍵が開いたあとも、月本は中に入ることができなかった。
道を塞ぐように、俺が入口で立ち尽くしてしまっていたからである。
「えっ?」
部室の様子を目にして、俺にできたのは間の抜けた声を漏らすことだけだった。いったい何が起こっているのか、まったく頭が追いつかない。
一連の行動を不審に思ったんだろう。棒立ちする俺の背中越しに、月本は部屋の中を覗く。
だが、月本も言葉を失ってしまっていた。
「これは……」
昨日、中央の長机に、月本が一輪挿しの花瓶を置いた。
しかし今日、挿してあったはずの白い薔薇はなくなってしまっていた。
それも顧問が処分したわけではないらしい。花瓶自体は元の棚に戻されることなく、長机に飾られたままだった。
もっと言えば、薔薇も飾られたままだった。
白い薔薇に代わって、赤い薔薇が挿してあったのである。
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