異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー

ひまわり あおい

第1話「ようこそ、異界観光フェスへ!」

■オープニングナレーション


 ――かつて、日本のとある山あいに「ひまわり市」という町があった。

 人口八千五百。温泉と花畑と、ゆるキャラ「ひまリス」だけが自慢の小さな町。

 少子高齢化、財政難、観光客減少……。


 それでも町の人たちは、今日も元気に町を守っていた。

 そんなある夏の日。


 “町おこしイベント”の真っ最中に――

 世界が、ちょっとだけズレてしまったのだ。



■朝・ひまわり市中央公園


 夏空は雲ひとつなく、ひまわりが風に揺れるたび、鮮やかな黄色が波のように広がった。

 露店の焼きそばと焼きトウモロコシの匂いが、祭りらしいざわめきと一緒に流れていく。


 ――ここは、ひまわり市中央公園。

 人口八千五百の小さな市とは思えないほど、今日は人の熱気で満ちていた。


「主任! 来場者数、三千二百人突破です!」


 観光課の職員・美月が書類を抱えて駆け寄ってくる。


「おお、目標達成だ! ……で、去年のイベントって何だったっけ?」

 同じ観光課の主任・勇輝がうっすら笑いながらメモを見直す。


「『第七回・妖精サミット in ひまわり』」

「また雑なテーマでやったな……」


 勇輝の幼馴染、喫茶ひまわりの看板娘・加奈が隣でクスッとする。

「去年は店の常連さんすら困惑してたよ。妖精って何、って」


「ひまわり市に住んでる時点で今さらだろ……」

 勇輝は肩をすくめる。


 その向こうで、市長がステージに立ち、魔法陣のような模様が描かれた書類を高々と掲げた。


「本日は、『異世界観光協定』の締結式にお集まりいただき、ありがとうございます!」


 マイクのハウリングが「ビィーッ」と鳴り響く。

 観客からは「また変なこと始めたぞ」という笑いが起こった。


「町おこしイベント、とうとう異世界に手を出したな……」

「このあと“異世界に転移しました!”ってオチだろ?」


 そんな声があがった直後――。


 ドォンッ!


 空が音を立てて裂けた。


「え、花火?」

「いや、雲が……縦に割れてる!?」


 白光が視界を飲み込み、地面が“跳ねた”ような感覚が走る。


 ――どれほど時間が経ったのか。


 目を開けると、いつものひまわり市が見えた。けれど、決定的に違う。


 空の色が、金色に近い。


「……え、加工しすぎのインスタみたいなんだけど」

 美月がぽつり。


「ドローン演出じゃないよな……」

 勇輝が眉を寄せる。


 遠くで、聞き慣れない鳥の澄んだ鳴き声がした。


「つまり……異世界に転移した可能性が高い、というわけね」

 加奈はスマホの圏外表示を見つめながら冷静に言う。


「いや、それ簡単に言うことじゃないから!」

 美月が声を上げる。


 市長は腕を組み、堂々と空を眺めていた。


「……誰だ、次元ずらしたの」


「ずらしたって何ですか、市長!?」

「危機の時こそ落ち着け。……それに予算申請の締め切りが迫っている」


「この人、強い……」

「市長、異次元のメンタルだよね……」

 勇輝と加奈が同時にため息をついた。


■午前・臨時災害対策本部


 役場は急ごしらえの災害対策本部となり、電話もネットも沈黙したまま。

 町外れの地形が少し変わっているという報告まで入ってきた。


「……つまり、転移したのは確定か」

 勇輝が資料を整理しながら呟く。


「ならば――“異世界観光”を始めようじゃないか」

 市長が満面の笑みで宣言した。


「発想がポジティブすぎる!!」

 美月の絶叫が本部に響く。


【夕暮れ・町外れの橋】


 金色の霧が川沿いを漂い、七色に光る蝶たちが音もなく横切っていく。


「……すご……」

 加奈が、思わず見入った。


 その霧の向こうから、人影がふわりと現れる。

 銀髪、淡い緑の瞳、精霊のような耳。


「ここが“ヒマワリ”の門か……。聖なる香りがする」


「あの……観光のお客様、ですか?」

 勇輝が声をかける。


「私はアスレリア王国の外交官、レフィア・ルーミエル。

 あなたたちは、どの国の民だ?」


「ひまわり市役所です」


「役所……? 国ではないのか?」


 そこへ、市長がのっそりと現れた。


「ようこそ、ひまわり市へ。観光目的でよろしいか?」


「……観光?」

 レフィアは驚きと呆れが混じった笑いを漏らす。


「恐怖より好奇心が勝っているのね、あなたたち」


「うちは観光立市ですから」

 加奈が胸を張る。


■夜・公民館前


 町民が焚き火を囲み、異世界転移の割に妙に落ち着いた雑談が続いていた。


「ドラゴンの客が来たら温泉の入湯どうする?」

「金貨で払うなら大歓迎だよ」


「……この町、強い……」

 美月は呆れ半分、感心半分で呟く。


「SNS止まってるけど動画だけ撮っとくわ!」

 近所の高校生がスマホを構える。


「それ広報課で使うから、あとでデータもらえる?」

 勇輝が軽く頼むと、「任せろ!」と胸を張った。


 夜空では金の月がゆっくりと流れ、流星が尾を引いた。

 街灯は、電気ではなく魔力で光っているかのように淡く揺れる。


■ナレーション


「こうして、ひまわり市の“異界観光フェスティバル”は

 世界初の“リアル異世界交流事業”として静かに始まった。」


「観光客がドラゴンでも、歓迎するのが――

 わたしたちの町、ひまわり市です。」


 ――異界に浮かぶ町、ひまわり市。

 地方再生課、ただいま異世界対応中!


次回予告


第2話「温泉街にドラゴン客、来襲!」

入湯税をめぐり、市長VSドラゴン――まさかの衝突!?

「観光立市の底力、見せてやろうじゃないか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る