花束と少年
男の手には、常に花束があった。
そして男の傍らには、常に少年が一人。
線の細い、少女と見間違えそうな少年も、男の手の中にある真っ白なユリと菊の花束も、男にしか見えない。
少年は、いつでも何処でも片時も離れず男の傍らに存在する。
花束は、男が手放しても、いつの間にか男の傍らにある。
出勤時、男がゴミ箱に花束を捨てたとしても、数刻後にはデスクや助手席に鎮座している。
今この時にも、男の傍らには少年が佇み、机の上には白い花束が転がっているが、対面する青年には見ることが出来ない。
「えっと、雁野……」
「ゆに。雁野結丹。申し訳ありませんね、読み辛い名前で。文句を言うなら親に言ってもらえませんかね。まぁ、母親は生きているか死んでいるかわかりませんし、父親はとっくの昔にあの世に行っていますがね」
後半は聞き取れるか聞き取れないかの小声かつ早口でしゃべる雁野に男は苦笑する。
傍らの少年より更に線の細い華奢すぎる青年、雁野結丹。
見目は決して悪くないのに、雁野は対面する直前までフードを目深に被り、今も背中を丸めて俯き加減にボソボソと話をしている。
華奢な身体にしては大きすぎるサイズのパーカーを着た雁野の右の服の裾からは、チラリとギプス包帯が見え隠れする。
「で、雁野君。君の友人が行方不明?」
雁野の表情が固まる。
「雁野君?」
「……されて、ます」
「……?」
「あいつは……晴臣は、ころ、殺されて……」
焦点の合わない瞳でガタガタと身体を震わせながら喋る雁野の話を根気良く聞いて、やっと聞き出せたのは、以下。
雁野結丹の友人、沼田晴臣が失踪した。
沼田晴臣は雁野に「いい女がいたから声を掛けてみる」という言葉を残して消えた。
根拠はないが、雁野は既に沼田晴臣が殺されてしまったものだと思い込んでいる。
「雁野は沼田が殺されたのだと思い込んだ経緯については頑なに口を閉ざしていますが……」
「沼田は『暁市連続失踪事件』に巻き込まれた可能性が高い……か。松岸……」
「わかっています」
「そうか……頼んだぞ」
若白髪混じりの髪に無精髭。
疲れ切った表情の刑事、松岸壱弥。
壱弥は上司の部屋を出ると、重苦しい溜息を吐きながら、傍らの少年を見た。
壱弥に何処か面差しの似た線の細い少年は、壱弥の視線に気づくとにっこりと笑う。
他人には見えない、けれど壱弥にとってはかけがえのない存在。
壱弥はいつの間にか持っていた右手の花束を左手に持ちかえて、少年の頭をワシワシと撫でた。
少年は心地良さそうに目を細める。
そんな少年の様子に壱弥は目を細めながら、ゆっくりと歩き出した。
暁市連続失踪事件。
今、暁市では男性が次々と行方不明になっている。
共通点は行方不明者が全員男性であることのみ。
その他、職業も年齢もバラバラで、なかなか手がかりが掴めない。
壱弥は、この連続失踪事件の捜査を担当していた。
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