第2話
翌朝。
迅はいつも通り、天城高校の校門をくぐった。
門の前には、どこのクラスのものかわからない生徒たちが集まり、
昨夜の“魔法少女映像”の話で持ちきりだった。
「中間テストってなんだよ、あれw」
「国民全員対象って、どれだけデカい釣りなんだ」
「声可愛くね? てか怖くね?」
「加工のセンス終わってたな……」
「全国同時多発的に発生したメディア掌握事象を単なる大規模侵害あるいは情報テロとして即断することは、現象の表層のみを撫でるに等しく、むしろ本件の本質を不可視化する危険な短絡なんだなあ」
笑い混じりの空気。
恐怖より、面白半分。
だがそこに、天城高校独特の“冷静な好奇心”が混ざっている。
教室に入ると、クラスメイトたちの議論はすでに白熱していた。
「音声合成だろ、あの声。波形が人工的すぎる」
「映像の輪郭処理が妙だ。あれ、既存の技術じゃないぞ」
「全国同時ジャックするなら相当なバックドアが……」
「いや、ただの秀逸なAR演出じゃね?」
「全国規模での同時性ていう要素は、一般に圧倒的技術力の証左として理解されがちだけど、ここに認められるべきは技術の卓越性じゃなくて、制度理解の深度なんだなあ。つまり、複数の異なる主体によって管理されて冗長化と分散化を前提として構築された情報伝達網が、あたかも単一の舞台装置であるかのように制御されたっつう事実は、システムの外部からの力技ではなく、内部論理を反転利用した可能性を強く示唆してんなあ。これは破壊者の思考ではなく、設計者に近い思考じゃねえかな。」
知識量がレベル違いの学校だ。
「怖い」と叫ぶより「分析」の方が先に来る。
迅が席に座ると、幼なじみの友人・
「迅、見たでしょ? あの魔法少女。どう思った?」
「……正直、よくわからない。……ただ——気持ち悪かった」
「気持ち悪い?」
凛が眉を上げる。
迅は、言葉を探した。
「……脳の奥が変な風にざわついた。……あの映像を見た瞬間だけ」
凛は笑うでもなく、冷静に頷いた。
「迅、あんた頭いいけど敏感でもあるからね。でも、私も特に何も感じなかったよ」
周りの生徒も、同じような反応だった。
「ざわついた? あー、気のせいじゃね?」
「昨夜のネットの反応に脳が引っ張られてるんだろ」
「俺ら天城生でも、あれはただの迷惑犯だろ」
誰も迅と同じ感覚は持っていない。
——やはり、自分だけなのか。
ショックではない。
ただ、説明できない孤独感があった。
ホームルームの時間。
担任の
「昨晩の映像について学校から通達があった。“教育機関への脅迫の可能性は低い”——だそうだ。各自、不安を感じる必要はない」
生徒たちの反応は軽い笑い。
「そりゃそうだろ」
「魔法少女が期末テストします〜とか言ってただけだし」
「怖いのは加工のダサさだけ」
真宮先生も苦笑を浮かべる。
「ただし、しばらくは情報教育の授業を強化するらしい。全国同時ジャックは前例がないからな」
黒板に書かれる文字はあくまで現実的。
『不正アクセス対策』
『デジタル媒体の安全な扱い』
『心理的影響への注意』
“爆破”の文字はどこにもない。
その時——
迅の脳の奥に、昨日と同じざらりとした感覚が走った。
ほんの一瞬。
誰も気づかない。
ただ、迅だけが反応した。
(……まただ)
それは本能的に“良くないもの”だと分かった。
「迅?」
凛が小声で呼ぶ。
「ごめん、ちょっと……」
迅は頭を押さえた。
痛みではない。刺すような不快感だけ。
まるで、遠くから何かに触られたかのようだった。
授業が終わる頃には、その感覚は消えていた。
だが迅は確信する。
あの魔法少女は、視覚情報だけじゃない何かを送り込んでいる。
そして——
それに反応してしまっているのは、自分だけだ。
その日の放課後、迅が昇降口に向かうと、
外で蒼馬が待っていた。
「迅、ちょっと来てくれ。例の映像、公安も動き始めてる」
迅は瞬時に直感する。
(——やはり、普通じゃない)
世界はまだ笑っている。
しかし、迅の中だけで何かが警告を続けていた。
『中間テスト』まで、あと6日。
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