吾輩はツァーリ(猫)である。

ののは

第1話 ツァーリ(猫)騎士の館を支配する

吾輩は猫である。

名前はツァーリである。

由緒正しい名前であるが、

特に由緒正しい血筋ではない。野良である。


しかし現在、吾輩は――

第二騎士団の館において最も高い地位

を有している。


理由は簡単。

人間どもが愚鈍ゆえである。



---


✦ 一、団長という大きな生物について ✦


館には熊のような大男が住んでいる。

名はイーゴリ。

よく通る声で吠え、

大きな足音で歩き、

時折甘い干し肉の匂いをさせる。


吾輩が初めてこの館を訪れたのは、

吹雪の夜であった。


脚を痛め、寒さに震える吾輩に近づく者はなく、

皆「シャー!!」と言うたびに

ひいひい逃げていった。


だがこの熊だけは違った。


「お、威嚇してんな。いい目してんじゃねぇか」


そう言いながら、

網で捕獲してきた。


吾輩は大変驚いた。

猫を捕まえるのに網を持ち出すとは、

この男、正気かどうか疑わしい。


しかしその後、

吾輩を医者に連れていき、

飯を与え、

執務室の暖かい部屋で寝かせてくれた。


吾輩は思う。


なかなか悪くない奴である。

 ちょっと声がデカいが。



---


✦ 二、団長の伴侶と思しき白き乙女 ✦


館にはもうひとり、

吾輩が認めた人間がいる。


白き花のような娘。

名はヴェーラ。


この娘は静かで穏やかで、

吾輩の毛並みを乱暴に触ったりしない。


餌の皿をそっと置き、

頭を撫でるときも優しい。


吾輩はヴェーラを気に入っておる。


イーゴリに気に入られておる理由も

大いに理解できる。


(余談だが、

 イーゴリは吾輩を撫でながら

 時折ヴェーラを見て、

 “かわいい”とか“持って帰りてぇ”とか

 言っている。

 吾輩、よく聞いているのである。)



---


✦ 三、許さぬのは雑兵ども ✦


その他大勢の団員たち。


吾輩が近づくだけで、

ひぃぃと情けない声を上げ、

吾輩を見るたびに

「また毛立ってるぞ……」

「皇帝が来た!道を開けろ!」

と騒ぎ立てる。


うるさい。


そして吾輩は彼らに触られたくないので、

当然の礼儀として威嚇する。


「シャーー!!」


全員が飛び退く。


ああ、楽しい。



---


✦ 四、吾輩が皇帝と呼ばれる理由 ✦


ある日、吾輩が執務室のソファを占拠し、

昼寝をしていたところ、

イーゴリがこう言った。


「こいつ……皇帝みてぇな顔して寝てんな」


その瞬間、

周囲の人間たちは一斉に頷いた。


以降、吾輩は“ツァーリ(皇帝)”と呼ばれた。


吾輩は思う。


もっと早くそう呼べ。

 最初から分かっていたはずである。



---


✦ 五、結論 ✦


吾輩は猫である。

二度言うが、猫である。


しかし館の者たちは、

吾輩が人間たちの上位にあることを

ようやく理解したようだ。


今日もまた、

イーゴリの膝の上で

顎を撫でられながら

うっとりと寝る。


悪くない人生である。

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