メフィストフェレスの娘たち~実践としての容姿コンプ対策~

狩村猟平

プロローグ

第1話 人類規格統一機構成立前夜

ある日、ある場所で一人の天才が暴走し始めた。

「俺は天才だ」

 助手が答える。

「その通りです」

「数学系、物理学系、工学系。合わせて十二の博士号を持ち、取得した特許の数はその倍は下らない」

「そうですね、うらやましい!」

「ついでに人望もある。上には可愛がられ、下には慕われる。その上、言うべき時には言い難こともはっきり言う正義感もある」

 天才はどうだとばかりに胸を張る

「その通りです。誰がどう見てもあなたは人格者だ」

「人工臓器・義体関連の研究開発でも数えきれない数の人間の命を救ったぞ。その証拠に、功績をたたえられ、火星各都市の庁舎前には俺の銅像が建っている」

「そうですね、生きている間に銅像が建つって普通はなかなかありえないですよ。助手の私も鼻が高い」

「つまり俺は、頭が抜群に良く、人格円満で、社会貢献も半端ないすごいやつ!」

「すごーい! わーっ」

 助手は拍手をした。

 しかし天才の暗い顔は晴れない。

「どうしました? 拍手、足りてません?」

 助手は追加で拍手する。

 ぱちぱちぱちぱち。

 ぱちぱちぱちぱち。

 ついでに常備してある紙吹雪をパッと散らす。

「いらんいらん、そんなものはいらん。賞賛はもう過去に充分受けている。そんなものより俺は欲しいものがあるのだ」

「あ、おなか空きました? ピザでもデリバリーします? それとも店屋物でかつ丼とか?」

「だからいらんと言ってるだろうが、昼メシならさっき食べたばかりだ」

 助手は困惑する。

「えっとえっと……じゃあ今日は定時で上がりたいとか?」

「研究開発の仕事は私の至上の喜びだ。さぼり魔の君と一緒にするな」

 流れ弾を食らった助手は困って黙り込む。

「わからないか?」

「――はあ」

「本当にわからないのか?」

 天才は助手に顔を寄せる。その顔は真剣極まりなかった。

 助手はごくりと唾を飲む。

「わかりません、教えてください」

「なぜ俺には彼女が居ない?」

「は?」

「なぜ俺には伴侶が居ない? なぜ俺には妻が居ない? なぜ俺には連れ合いが居ないんだ? 俺は完璧なはずだろう? 完璧なのになぜ女が寄り付かないんだ? 君みたいなクソ低能にもちゃんと恋人が居るというのに!」

「ああ、それは――」

「なんだ?」

 助手は口を滑らせた。



「博士がブサイクだから」



 天才は落ち込んだ。

 落ち込んだ場所から地獄の亡者のごとき声を上げる。

「それは差別だろう。容姿差別じゃないか」

「そうは言われても、女性の側にも選ぶ権利がありますしおすし」

「権利があるだけかっ? 選ぶ義務も同時に発生させろよ! もしくは俺の側に選ばれる権利を寄越せ!」

 天才は助手の胸倉をつかんで前後にぐらぐら揺さぶった。

「無茶言わないでくださいよ~」

「三年くらい前にテロ起こして逮捕された大量殺人犯が居たよな?」

「話、飛びますね。あーまあ確かに居ましたね。それが?」

「あいつは最低最悪のサイコパス犯罪者野郎なのにどうして女のファンがたくさん付いてるんだ? なぜあんな奴に同情の声が上がる? なぜ減刑嘆願が殺到する? その上今度は獄中結婚だと? この世界はイカレてるのか? 狂人の集まりか?」

「ああ、それは――」

「なんだ?」

 助手はまた口を滑らせた。



「イケメン無罪」



 オーバーキルだった。

 HPをミリも残らずぶっ飛ばされた天才は、床にベッタリと張り付いたまま完全に沈黙。

 見えない心の出血が、どばどばと床を濡らしていた。

 助手は無視して仕事を再開する。

 今日は恋人と遊ぶ約束なのだ。仕事などはさっさと終わらせて、定時上がりしよう。

 恋人の優しい笑顔を思い出して、助手はにやける。

「決めたぞ」

 忘れた頃になって天才がゾンビのようにむくりと起き上がった。

「え? 何を決めたんですか?」

「俺は、俺の実力を断固行使して、この差別構造に満ちた世界を完全に破壊してやる」

 助手はその口調にひどく危険なものを感じる。

 差別構造を破壊する、ではなく、差別構造に満ちた世界を破壊する、という表現が天才の恨みの深さを物語っていた。

「やめてくださいよ、何をするつもりですか?」

「うるさい。俺は義体を作る。すっごい美形の義体を作るぞ」

「それは違法ですよ。『一般社会内での生活使用を目的とした義体は、使用者の元の容姿に極力似せること』。この原則を外れたら、犯罪者です。お縄です」

 巻き込まれるのは御免だと思った助手は天才を全力で阻止にかかる。

「勘違いするな。自分では使わん。あくまで試作するだけだ」

「え、まあ試作だけならそりゃ法律には抵触しようもないですか……」

 助手は天才の意図が読めない。

「聞くが、その試作を関係各所にサンプルとして配布することは違法か?」

「いいえ、合法です」

「受け取った関係各所がそのサンプルをどう扱うかについて、我々には監督責任があるか?」

「えっとえっと……どうだったかな?」

「もっと法律を勉強しろ。この場合、提供側に監督責任は無いんだ」

「そうなんですか、物知りですねえ。でもそれが博士の容姿コンプを解消することとどうつながるんですか?」

 天才は不敵に笑う。

「まあ見ていろ。五年、いや三年以内に全部ひっくりかえしてやる」


                ※


 その夜から早速天才は仕事にかかった。

 翌日の夕方、天才が細部までこだわりにこだわり抜いた新義体が完成した。

 ちなみにここで言う義体とは、義手、義足、義眼、各人工臓器、人工神経。人工筋肉、といった部位を統合した作り物の体丸々一個で、空っぽの脳殻に人間の脳を納めれば、すぐさまサイボーグとして稼働可能なワンセットを指す。

「フッ、いけねえな。この俺としたことがよ、久しぶりに……徹夜しちまったぜ」

「すげえ、あんたすげえよ。たった丸一日でこんなすっごいもの作り上げるなんて」

 助手は絶句する。

 それくらい天才が作り上げた今回の義体はすごかった。

 もう過去の一連の仕事が全部この義体開発の為の下地だったんじゃないかと思えるくらいだ。

 そして助手は絶対にこの天才を敵にまわしてはいけないと確信した。

 天才は、その試作義体を複製するためにラボを全力稼働させる。他の研究は全て後回しだ。まあここから先は完全同スペックの個体をペタコンペタコン作り続けるだけなので手間は無い。複製作業を助手に任せると、天才は次のステップに進む。

 丸洲(マルス)市の市庁舎に赴き、今現在の全ての宗教法人の数と規模を確認する。

 その中から十年以上に渡って最低限の活動実績しかない新興宗教を選び出す。

 そしてそれらの宗教本部に連絡を取り、教義維持に関心の薄い数団体を絞り込む。

 金銭的買収に応じる意思表示をした団体は最終的に二つ。

 天才はその二つの内、より手頃と思える団体に常識外れの出資をして最高権威者としての発言権を自分に譲渡させた。


 色々難しいことを述べたが。

 つまり。

 『宗教団体の一つを裏から乗っ取った』

 

 これが試作義体完成の翌日だった。

 すさまじいスピード感だ。

 助手は、天才の意図がまだ見えず、首を傾げ続けていた。

「そういえば、この天才の手になる遠大にして崇高な計画に、名を付ける必用があるな」

「はあ。『ブサイクな俺でも女にモテたい計画』ってどうですか?」

 天才は聞いていなかった。

「よし、考えるぞ!」

 天才は計画名を考えるのに一年を要した。

 その一年の間に名前の無い計画はガンガン進み、罪の無い人々をガンガン巻き込んでいた。

 そして天才がついに計画名を思いつく。

「人類規格統一計画~!」

 てってれー!

「そうだっ! 『人類規格統一計画』これしかない! どうだっ?」

 天才はばっと振り向く。

 が、そこには誰も居なかった。

 そもそもそこに誰が居たのか、天才は忘れていた。

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