無名の天才、ここに立つ

クスノキ

第1話

三月の冷たい風が、校門前に並ぶ人波を揺らしていた。


「お、あった。雨宮春馬」


掲示板の前で、俺は自分の番号を見つけて安心してほっと息をつく。

すぐ隣にいた親友の村上琢磨がそんな俺を見て

少しだけ口元を緩めた。


「お前なら落ちねぇって言ったろ。俺も受かってたからまた一緒だな」


「ああ、また一緒だな」


春から通うよう事になる神奈川栄翔高校は偏差値が平均より少し上程度の高校でなんでも野球部が強いらしい。

らしいと言うのも、琢磨に聞いた話で甲子園にここ十年間で六度の出場を果たしていると言っていた


「にしても、受かって良かった。野球部で絶対レギュラーになるぞ」


「琢磨って中学、捕手でレギュラーだったんだし、大丈夫だろ?」


「いやいや。中学の部活と全国常連じゃ全く別物だからな?」


「へぇー、そういうもんか」


「そういうもんだ。ってことでさ、このまま帰るのもつまんねーし、行くか」


「行くって、何処に?」


琢磨がこちらを向き、ニヤリと笑った。


「バッティングセンターだ。前に一回行ってみたいって言ってただろ?」


「あー…言ってたけどさ。マジで今から?」


「今だよ。受験のストレスをバッティングセンターで晴らそうぜ」


そう言いながら勝手に歩き出す琢磨の背中を、俺は慌てて追いかけた。


「ちょ、待てよ!急すぎるだろ!」


「まぁ、大丈夫だろ。春馬、運動神経良いし」


「理由になってねぇよ」


そう言い合いしながら、俺たちは学校を離れ

バッティングセンターへ向かった。


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歩く事二十分程の所にあるバッティングセンターに俺たちは来ていた。

中はガラガラで金属バットの乾いた音が少しだけ響いている。


琢磨は迷わず120キロのゲージに入り、豪快に振り抜き鋭い当たり連発している。

流石は中学でレギュラーだっただけはある。


「春馬もやれよ。ほら」


「やるだけやってみるか」


俺は70キロの初心者用から始める事にした。

バットを握るが正直当たる気がしない。


最初の一球が、機械から放たれる。

機械から出てきた白い球がゆっくり近づいてくる。


(あれ?なんか普通に打てそうだな)


カンッ!


球はバットの芯に当たりまっすぐセンター奥のネットへ突き刺さった。


「…は?」


琢磨の手が止まり、ゲージ越しにこっちを見る。


(以外と簡単に打てたな)


もう一球打ってみる。


カンッ!


また同じ音で同じ角度で飛んでいく。

琢磨がゲージの前に立ち、眉をひそめたまま言う。


「春馬、お前さ…」


「な、なんだよ」


「なんでそのフォームで、ボールの下から正確に叩けてるんだよ。力も入ってねぇのに、初心者じゃ普通、こうはならねぇ」


「知らないよ俺だって」


次はさっきより急速を上げてみることにし100キロに挑戦してみる。


機械にお金を入れてバットを構えてすぐ球が出てきた。


カンッ!


今までより鋭い音と共に球は一直線に飛んで行った。その後続けても同じように飛んで行った。


「どこまで行けるか気になってきたな」


「いやいやおかしいだろ」


琢磨が完全に引きつった顔でこっちを見てきた。

信じられないといった表情をしている。


「春馬…お前、本当に初めてなんだよな?」


「マジで初めてだって。バッティングセンター人生初だし」


「いや、だからヤバいんだけどな!」


琢磨は頭を抱えながらこちらを見た。


「普通初心者ってあんな完璧に捉えたりしない。

当たったとしても変な方向に飛ぶんだよ。なのになんでお前は全部センターに飛んでんだよ」


「知らねぇよ。たまたまじゃあないか?」


「たまたまがそんなに続くわけないだろ!」


琢磨の鋭いツッコミが響く。

周りにほぼお客はいないが、居たら確実に注目されてるレベルだ。


俺は軽く息を吐き、もう一度バットを握った。


(なんでだろう…見えるんだよな)


球が見えるし身体が勝手に理解しているように振れる。自分でもよく分からない。


「春馬。次、120キロ行け」


「はぁ!? 無理無理、それお前がやってたやつだろ?」


琢磨は真剣な顔のまま言い切った。


「いいからやってみろ。俺が保証する。多分打てる」


「保証ってなんだよ…」


「いいから!」


押し切られる形で、俺は隣の120キロに変える。

そしてお金を入れると機械が動き出した。


シュッ!


さっきより球が段違いに速い。

俺は、反射神経だけでバットを振った。


カァン!!


鋭い金属音が響き、球は一直線にネットへ突き刺さった。


「…嘘だろ」


琢磨の声が若干震えている気がする。

もう一球も打つと同じような角度で飛んで行った。


(こんな簡単なのは、バッティングセンターだからか?)


琢磨がゆっくりと近づいてきて、真剣な表情で言ってきた。


「春馬。お前…野球やれ。ってか、やらないとバチが当たるレベルだぞ」


「お、俺が? 野球をマジで?」


「マジで言ってる。こんな才能あるのにやらないのは、絶対勿体ない」


琢磨の顔を見てみるが冗談で言っているようには見えない。


「春馬は高校生行っても帰宅部のつもりだったんだろ? なら一回野球やってみないか?」


確かに高校生は何処の部活にも入らないつもりだった。


(野球、俺が?)


確かに球を打つのは楽しかったし結構打てていたがそれだけで野球ができるなんて簡単じゃあないだろう。


そんな俺に、琢磨はさらに続けた。


「春馬、さっきのは偶然じゃねぇよ。球の軌道見えてたんだろ?」


「…いや、見えてるっていうか…なんか、球の来るタイミングが何となく分かったっていうか」


「それを才能って言うんだよ!」


琢磨が思い切り肩を掴んで揺さぶってきて興奮したように続けた。


「お前は絶対、野球向いてる。天才って、こういうのを言うんだってマジで思った」


そう言い切る琢磨を見て、俺は言葉に詰まった。


(天才? 俺が?)


そんな自覚は一度もない。

スポーツだって大してやってこなかったし、部活も面倒くさくて中学も入らなかった。

努力とか、根性とか、そういうのは自分には無縁だと思っていた。


けど、さっきの打った瞬間の感覚が今も手に残っている。

バットの芯に吸い込まれる感覚や真っ直ぐ飛んでいく打球。


(正直楽しかった…あれが、もう一度味わえるなら)


「…ちょっとだけ、やってみるか」


気づけば口が勝手に動いていた。


「マジでいいのか!?」


「ちょっとだけな」


「いやそれで十分だ!お前がやる気になっただけで奇跡だ!」


琢磨が嬉しそうに笑って、俺の背中を思い切り叩いてきた。


「痛っ!」


「よっしゃ!じゃあ高校入ったらすぐ一緒に見学行こうぜ!俺は捕手やるとして春馬はバッターだから外野か内野か…いや、マジで楽しみすぎる」


興奮しっぱなしの琢磨を見て、俺も思わず笑ってしまう。


(まぁ、少しぐらいならいいか)

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