元人間の現人魚、水没世界を放浪してみたw

ゆるすら

第1話

 私は愚かなオタクだった。


 現在、荒波に身体の自由を奪われながら、出来の良くない私の脳みそで必死に考えている。しかし、状況を打破出来るウルトラCは浮かびそうになかった。


 どこで選択を誤ってしまったのだろうか。当然、絶賛大荒れの空模様で外出してしまったことだ。


 なぜって?それはお気に入りの漫画の続きが気になり過ぎて、待ちきれなかったからだ。だからって嵐の中でも買いに行くやついるかって?いるよ、ここにひとり!


 後悔したところで、カナヅチの私ではこのまま溺れ海の藻屑。プールの授業もまじめに受けとけばよかった。それよりも外出しないで家に引き籠っとくべきだった。ゲームして嵐が過ぎる選択肢を選びなおさせてほしい。


 冷たい海水が容赦なく体温を奪う。呼吸も限界を迎え、視界から色調が失われていく。つらい。くるしい。私の命もここまでか。


 死んだらどうなるんだろう。

 

 意識も残らないと思っていたけど、まだまだはっきりしている。


 呼吸も苦しいまま…では無くなっているみたい。死んでも苦痛を受け続ける訳では無さそうで一安心。意識はそのままで身体だけ動かせないのかな?


 しばらくすると腰から下がムズムズし始めた。気になってしょうがない。掻きたくても掻けないのがもどかしい。手だけでも動かせればいいんだけど…あれ、動かせそうだぞ。だったら、はしたないですが失礼して。


 うん、ぬる…ざら…?不思議な感触だ。どこかで触ったことがある感じだが、ぱっと思いつかない。手触りだけじゃわからないし、目で見て確認させてほしい。


 私はゆっくりと目を開けると、予想外の事態が起こっていた。腰からしたが鱗で覆われていたのだ。


「なに…これ…?あ、声も出せる。それはいったん置いといて。足の代わりに魚のヒレみたいなのがついているな。鱗びっしり生えてるし。いや私の足どこいった???」


 私のグレイトな太ももとワンダフォウなおみ足が魚の尾ビレにメタモルフォーゼしていた。ふむ、私はいつのまにやら人魚に転生していたらしい。上半身は人間の時とあまり変わっていないだ。どうせならもっとスレンダーにしてほしかった。


 これならカナヅチの私でも泳げるね!やったぜ!って、喜べるわけないだろ!


 なんだ異世界転生して人魚に生まれ変わったのか?というかさっきから変なことが起きすぎてテンションが変だよ!私は身体をくねらせ悶える。


 落ち着きを取り戻した私は変化した身体に目を向けた。ふむ、元のファビュラスな下半身とは違うが、新しい下半身もとい尾ビレもなかなかに愛おしく思えた。


 今度は動かせるか確かめてみる。尾ビレを上下左右、円を描いてみる。人間の時には無かったけど、自由に動かせそう。

「あとは、実際に泳げるか試してみよう」

 私はまだ見ぬ世界に泳ぎ始めたのだった。



「いやぁ…はやぁ…」

 調子に乗って限界まで速度を上げて泳いだ私は肩で息をしていた。カナヅチだった私にとって、自由に泳ぎ回れるというのはある意味夢のような出来事なので多目に見てほしいところだ。まあ欲を言えば空を自由に飛びたかったけどね!


「というか人魚でも流石に泳ぎ疲れるのね、はぁ、それはそうか、はぁ、いや、元カナヅチなせいかも、はぁ、おのれぇ…」


 身体を休めるため力を抜いて海流に身を任せる。あー、気持ち良かった!小学生時代、プールで泳げなかった私を散々笑った佐藤。今ならお前を置き去りに出来るぞ!


「あっはっはっはー!はぁ。…ここどこ?」


 どの方向を見ても景色が青一色だった。気のまま泳いだせいで元の場所に戻ることも出来ない。私物も無いし、戻る理由は特に無いけど。

 

 現在地を把握できないか考えていると、クルルと私のお腹が鳴った。


「カロリー。今もっとも必要なのはカロリーだ…」


 ところで人魚って何を食べるのだろうか。水中で生活するならやはり魚か貝類か?貝はともかく、魚はこう…共食いにならないよね?


 取りあえず食べれそうなものを探して見ると、イカが群れを成して泳いでいるところを見つけた。自転車くらいの速さがあるが、


「人魚の私が追いつけないとでも?」


 私は尾ビレを反って溜めを作ると、すぐさま解放した。それだけでイカとの距離がグングンと詰まる。最後尾のイカの胴体めがけて腕を伸ばし鷲掴みにする。イカは逃げ出そうと足を腕に絡めて来るが、無視無視。キュッっとしてあげて大人しくさせる。イカを持ったまま腕を上げ、叫ぶ。


「とったぁ!」


 まさか一発で捕まえられるとは。自分でもびっくり。ところで、このまま食べても平気だろうか。捌いたり出来ないんだけど。


「ええい、ままよ!」


 頭?の方に齧りつく。イカの甘さに海水の塩気がマッチして…おいしいと言えなくもないような。素材本来の味を堪能できる以外のコメントは差し控えさせていただきます。


「醤油ほしい…あとご飯…」


 おっと本音が漏れた。お腹は膨れたが、むしろ美味しいもの、特に和食が恋しくなった。私は自身を鼓舞するように拳を握る。


「きっと、先人転生者が稲作を広げているはずだ…!」


 最近の転生ものだと既に別の転生者がいて、現代知識無双できないようになっていることが多い。私はそこんとこ詳しいんだ!お米とお醤油のため陸地を見つけること、それが私の目標になった。



 食事後、陸地探しを再開したが一向に見つかる気配が無かった。


「陸地どこぉ…?」


 私涙目である。人魚になってかなりの速度で泳いでいるはずなんだけど影も形も見つからないとは。広がる水平線を眺めながら途方に暮れる。


 転生させてくれた神様的な存在よ。どうしてそんなに過酷を強いるのだ。いや、待てよ?人魚の肉は食べると不老不死になる言い伝えがあるからなのか?それならありがとう!神様愛してる!


 天に向かってちゅっと投げキッスを放つ。が、特に何も起こらなかった!でしょうね!



 その後もめげずに泳ぎ続けていたが、空がオレンジに染まり始めた。


「今日はそろそろ休んどく?」


 疲労感はそこまでだけど、夜になると危険なモンスターが出現するのはファンタジー世界では定番だし。安全な場所を探して…


「いや、無くね?」


 見渡す限り身を隠せそうな場所は無い。海上には。


「呼吸大丈夫なのかな?空気で呼吸出来てるから肺呼吸のはずだけど、どのくらい潜っていられるんだろ…?」


 私は真下に目を向ける。視界の先には暗闇が広がっていた。海のど真ん中とは言え、どのくらい深いんだ…?


「いきなり海底まで潜るのは危険だし、どうしたものか」


 顎に手を当てながら考え始める。プールの授業ってなにしてたっけ。人魚の私に活かせるかわからないが、何でもいいからとっかかりがほしいところ。確か、浅いプールに顔をつけることから始めたよね。そうだ!

 

 私は大きく息を吸って頭まで沈む。苦しくなったら即浮上すればいいかも。我ながら単純過ぎる作戦だが、呼吸が続くかだけ確認したいので充分。のはず。


 しばらくの間潜っていたが、呼吸が苦しくなる気配が全く無いため、暇つぶしに空を見上げる。すっかり夜の帳が下りており、星が輝き始めていた。かつて東京に住んでいた私の目に満天の星が映る。


「きれい…」


 あれがベネブ、アルタイル、じゃ、ねーな。有名なアニメの主題歌の歌詞が一瞬よぎったけど、写真とは違う星な気がする。異世界だし当然か。


「今頃何してるのかな父さん、母さん」


 馬鹿なことして死んじゃって。人魚に生まれ変わったけど、もう会えないんだろうな…ごめんね。


 目的も忘れて星を見続けているうちに気付いたら空が明るくなり始めた。どゆこと。いったん浮上して肺に空気を取り込んだ。


「肺活量凄いのかな…?それともエラが別に付いてるとか…?」


 理由は分からないが海中でも一晩活動できることは確認出来た。これなら海中で安全な場所を見つけて一晩明かせますね。今日のところは身を隠したりしなくても何とかなったけど、きっと必要な確認だったはず。めいびー。


 人魚になって3日が経過し、ついに島らしきものを見つけた。最初は津波かと思ったが、どうやら違うようだ。


「目標!島っぽいもの!全速前進!」


 私はさっきよりも軽快にヒレを動かし、島に向かって泳いだのだった。その正体も知らずに。


「なかなか遠かったけど、やっと近づいてきた…」


 かなりの速度で泳いでいた筈だが、なかなか辿り着けなかった。

 ここまで近づいてから言う事ではないが、


「いや、陸地じゃないなこれ…」


 島だと思ってたものは南国を連想させるようなフルーツのなる木…は一本も生えていない。代わりに鱗で覆われており、ご立派な背ビレが威容を放っていた。この背ビレに比べたらあっしの自慢の尾ビレなんて雑魚ですね、はい。


「今更だけど近づいたらまずかったんじゃないか…?」


 私の危機感さん、平和な現代で過ごして来たとは言え、サボり過ぎじゃないですかね。私はクルッと翻し逃走の体勢をとろうとする。


(貴様、人魚にしては不思議な気配だな?何者だ)


 私は驚いて立ち止まってしまう。足が無いから適切な表現か怪しいけど。というか、頭の中に直接話しかけられてない、これ?


(賑やかな娘だな)


 し、思考盗聴されてるー!?あ、アルミホイル探してこないと。そんなことより、まずやるべきことがある。


「タベテモ、オイシクナイヨ↑」

 声が裏返った。完璧な命乞いのはずだったのに。


(食べたりはせん)


 よ、良かった〜〜〜。転生先でムシャムシャされるとか悪夢でしかない。だったら何の用があって話しかけてきたのかしら。


(なに、退屈しのぎのようなものよ)


 なるほど。ここに来るまでに意思疎通できる生き物全然見かけなかったからね。かくいう私もこうして話せてうれしいですよ。ところであなたはどちらさまでしょうか?


(われはXXXXXX)


 今なんて言ったんだろう。全く聞き取れなかった。まさか禁則事項、というやつですか?


(伝わらないのなら仕方あるまい。好きに呼ぶがよい)


 好きにとはなかなかに難しい注文ですね。古今東西に海にまつわる神様がいるけど、うーん。よし、ワダツミ様というのはどうでしょうか?

 

(それでよい)

 

 良かったー。今更だけどこの付近海の色が異様に濃い。これひょっとして…?


(私の体だな)


 ですよねー。どのくらいでかいんだ?少なくとも地球で最大と言われていたシロナガスクジラでも30m近くあるけど、うん、比較にならないね!こうなるとどんな顔をしているのかも見たくなってきた。


(かかかっ恐れを知らぬ娘よ。よかろう)


 影がうごめく。水面が山のように盛り上がり、荒波が押し寄せる。がぼがぼがぼ、苦しい。人魚じゃなかったら溺死してた。


 元居た位置まで戻ると、巨大な目が空から私を見下ろしていた。私に気付いたのか、顔を近づける。あ、やばい。かっこいいけどこわいいいいい。


 食べないと言われていても、意識すらせず簡単に命を奪えることは容易に想像できた。人魚じゃなかったら恐怖で乙女の尊厳を失っていたかもしれない。


 ただよく見るとシュッとした顔立ちも、顔から生えたヒレが厨二心をくすぐる。何より深海のように深い蒼の瞳は見ていると胸の高鳴る。


(ふむ、あまり聞きなれぬ言葉も混じっているが賛美しているようだな…?)


 レヴィアタンは首を傾げていた。すごく珍しいものを見ている気がする…。そうだ、私は名乗ってませんでしたね。私はメイ、鳴海メイです。元人間なんですけど、溺れ死んだと思ったら人魚に転生していました。


(転生前の記憶を保持しているのか、なるほど。それが不可思議な気配の正体か)


 転生はやはりめずらしいことなのだろうか。ふふふ、私は神に選ばれているようだね…


(神に助けられたことが善いこととは限らん)


 そうなの?死んで終わりよりいいと思っていたけど。マンガを買いに行って海に落ちて溺死したとか同好の士ですらあきれるぞ。


(マンガ?とやらはわからぬが、神はなにか目的を果たすためにメイを転生させたはずだ。用心せよ)


 かしこまりました!なにに用心すればいいのかさっぱりだけど。


(だろうな。して、これからどうするつもりだ?)


 お腹がすいてイカを食べたら和食が恋しくなったこと、そのために人間が住んでいるところを目指していることを伝える。


(……人間が住む陸地だな?)


 あ、分かってもらえなかったっぽい。確かに食に対する関心とかなさそうだな~。あれ、何食べて生きているんだろ?


(食べるということ自体、寿命あるものの営み故、我には無縁だな)


 何も食べなくてもいいのか~。それはそれでちょっと寂しい気もするけど。何か楽しみになるものはないの?


(考えたこともなかったな。しいて言えば愉快なものとこうして話すのは悪くない)


 愉快な…?ちょっと聞き捨てならないですね…。こんな愛らしい人魚である私をピエロのように扱うなんて。まあ、いつものことですけどね!


(クククッ賑やかな娘だな。楽しませてくれた礼だ。陸地の方角を教えよう)


 太っ腹な海の怪物だ。実際に胴体大きいし。ともあれ、ありがたい話だ。


(メイが来た方角をまっすぐ引き返せば人の住んでいた国があったはずだ。確かヤマトと呼ばれていたはずだ)


 ヤマト…?これまた懐かしい響きだ。かつて日本がそう呼ばれていたが、何年前の話だっけ。歴史のテストで出てきたはずだけどまったく思い出せないや。これだから一夜漬けは。


 とはいえ、次の目的地は決まりだね。引き返すことにはちょっと思うところがあるけども。気にしない気にしない。それでは、ワダツミ様!ありがとう!


(さらばだメイ)


 私はワダツミ様に背を向け、陸地目指して泳ぎ始めた。

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