第15話 三箱の月餅

 NES大会議室。

 各部の部長と、情シス関係者が集められ、情シスからの調査説明が行われた。

 中央には社長の田端真一郎が座っている。


「――以上だ。今後外部問い合わせやクレーム対応は総務部広報課もしくは社長室を通すこと」


「君たちも何かわかったことがあれば、すぐ社長室に連絡をくれ」


「社長」

 営業部の部長、藤原貴徳が発言した。

「警察への報告はどうなっていますか?」


「こちらから警察への報告はない。警察は調査中だ。今後国際問題として動いてくれる話は聞いている」 

 

「我が社としては、大っぴらにはしない方がいいかと……」

「当然だ。もちろん水面下で、ということだ」


「他には質問あるか?」


「……なさそうなので解散する。よろしく頼む」


 ◇


「社長」 

 社長室に戻った真一郎に秘書の鳴川がはなしかけた。


「十一時から李志遠様との会談がございます。応接室に通しますか?」

「そうだな。それで頼む」

「承知致しました」

 鳴川は一礼して社長室を出ていった。



 ――応接室。

 尚哉の父、李志遠は、ソワソワしていた。

 鳴川に座っていてください、と言われたものの落ち着かず、歩き回っていた。

 

 壁には、経済産業省名義の表彰状が額に収められていた。

 受賞年は十年以上前だが、紙の黄ばみは丁寧に管理されている。


 棚の一角には、初期試作と思われるセルの断面模型が置かれていた。

 説明書きはなく、代わりに小さな銘板だけが添えられている。


 眺めていると、ノックの音がした。

 振り返ると、社長の田端真一郎が入ってきた。


「お忙しいところ、すみません。李志遠といいます」

「古川君のお父さんですね?」

「そうです。この度は大変ご迷惑をおかけいたして申し訳ありません……」

 志遠は、深々とこうべを垂れた。


「まま、座ってください」

「あのこれ……北京のお菓子です」

 志遠は、大きな二重になった紙袋を真一郎に渡す。

 

「重いですね……。これは?」

「ああ、月餅です。買いすぎちゃいました」

 真一郎は、三箱入っていることに気づいた。


 真一郎は再度促す。

「どうぞ、お座りください」

「失礼します」

 そう言って志遠はゆっくり座った。


「息子さんにはお会いしたんですか?」

「それが……弁護士の方にまだ会えないと言われました」

「それは残念でしたね」

 

 真一郎は三箱の月餅の意味をなんとなく察した。

 (重いお菓子じゃなくていいものを……不器用な人だ)

  

「今日お越しになったのは、何か話があるのではないですか?」

「はい。おっしゃる通りです」 

 

 志遠は、北京の華陽科技に行き、李志遠崇徳社長に交渉した話を簡単にした。


「そうでしたか……」 

 真一郎はあまり驚いていなかった。

 

「華陽科技の社長に騙されたとはいえ、息子がご迷惑をおかけして申し訳ございません」

 志遠は、深々と頭を下げた。


 真一郎は眉間に皺を寄せ、落ち着いて話す。 

「……こちらも油断しすぎていたし、もう一人不正者がいました。逮捕はされましたが、今は勾留中なので、あまり内容は喋れません。二人には損害賠償をしてもらうつもりではいます」


「賠償……」

「もちろん交渉は可能です。交渉しますか?」

「交渉……。と言われますと?」

 

「うちの技術は、民間だけのものではありません。

研究年数も長い。失われた場合の影響は大きい」

 

「算定結果は、二十億円です。志遠さん、支払えますか?」 

 志遠は首を振った。

「とんでもない……。無理だ」


 真一郎は、机の上に置かれた月餅から視線を外した。


「選択肢は二つあります」 

 真一郎は、静かに話しを続ける。

「一つは、志遠さんの会社が倒産し、その過程ですべてが明るみに出ること。

 もう一つは、華陽科技が《自主的に》解決に関与することです」 

「この金額は、我々が感情で決めたものではありません。……被害を、被害として算出した結果です」


 志遠は下を向いて肩を振るわせた。


「華陽科技に持ち帰ってよく考えてください」

 

「……わかりました。今日はお忙しいところ、ありがとうございました」

 肩を落とし、志遠は部屋を出て行った。

 (はあ。困った……)


 志遠は、佐々木弁護士の事務所に向かう。

 尚哉の話を聞いたあと、北京に帰る予定だった。

 

 ◇


 数時間前。

 佐々木弁護士は、古川尚哉に面会するため、警察署に訪れた。


 尚哉は少し元気がないように見えた。

「古川さん、眠れていますか?」

「あまり……」

「古川さん。昨日からお父様が来られていますよ」

「えっ? 父が?」

「はい。まだ面会はできない状況ですが、元気にされています」

「そうですか。何か言っていましたか?」

「お土産をお持ちになられましたが、古川さんに渡すこともできず、私も受け取れないので残念そうでした」

「……」


 尚哉はただ黙って聞いている。


 佐々木弁護士は、メモを見ながら尚哉に話した。

「お父様は、技術情報だけは食い止めたとおっしゃっていました。華陽科技の社長、李崇徳と交渉をしてきたと。志遠の会社の技術公開を取引材料として、尚哉から手を引くことを約束させた、とおっしゃっていましたね」 

 

 尚哉は拳を強く握り、手が震えていた。


「今日、お父様と会う約束をしています。何か伝言はありますか?」 

「……決して無理はしないで。と伝えてください。僕を悲しませないで……」

 尚哉は下を向いて堪えているようだった。

「わかりました。責任をもってお伝えします」

「……宜しくお願いします」

「はい」

 佐々木は尚哉に微笑んだ。


 ◇


 夏海は、課長の鈴木翔と関西の方まで車で謝罪の旅をしていた。

 ワゴン車には、取引先への説明資料の山と、手土産などかなりの荷物を積んでいた。

 

 鈴木がハンドルを握る。

 

 遠方の三社を訪問する予定だ。帰りは遅くなると思われた。 


「すみません、課長。ずっと運転させてしまって」

「いやいや、社長にも頼まれてるし。気にしないで」

「でもなんで日帰りなんでしょうかね。きついですよね」


「……そうだね」

 鈴木はなんとなく想像がついたが、わからないふりをした。


「あと一社だ。頑張ろうね」

「はい。電力会社と車メーカーが終わったから、あと交通系一社」

「穏便にこなせてるのは、夏海さんのおかげだ」

「いえ、そんなことないです。課長の説明が上手だからです」

 夏海は笑った。


「失礼かもしれないけど、知りたくて……。夏海さんはまだ古川のことが好きなの?」

 鈴木はズバッとナイーブな箇所を刺してくる。

 

「……まだ色々あった後だから……」

 夏海の声のトーンが下がった。


「そうだよね、まだこれから裁判とかあると思うし、ごめんなさい」 

「いえ、変に気を遣われるよりはいいです」

 夏海は無理して笑う。


「話変わるけど、総務から聞いたんだけどさ、以前、アイデア・発明の募集してたでしょ?」

「あ、恒例のですよね」

「そう。それの発表会があるらしい。書類審査通ったやつ」

「総務部とうちの部が主催のですね」

「今月末にやるらしい。また忙しくなるねえ」

「そうですね……。でも、今は何かイベントがある方が気が休まるかもしれないですね」

 夏海は微笑んだ。それから、窓の外の景色に視線を移して少し黙っていた。


 ◇


 午後三時。

 志遠は佐々木弁護士事務所を訪ねた。

「お待ちしておりました。志遠さん」

 佐々木は志遠を招き入れると応接室に通した。


「古川さんにお会いしてきましたよ。……どうぞ座ってください」


 志遠もソファに座る。

「偉……尚哉は、なんて?」

「そのまま伝えますと、『決して無理はしないで。僕を悲しませないで』とおっしゃっていました」

 

「……尚哉……」

 

 志遠は両手を合わせて額の前で強く握った。涙が頬を伝う。


 佐々木は見守っていた。

 

「失礼しました。つい……」

「いいですよ。次来られる時は事前に連絡下さいね。あと、処理が進んで起訴されたら会えるようになりますので、その時は連絡差し上げます」

「わかりました。宜しくお願いします」

「志遠さんも古川さんが言っていたように、ご無理なさらないようにしてくださいね」

「はい」


 佐々木は声のトーンを抑え気味に言った。 

「あの……費用なのですが、今は古川さんは動けないため、志遠さんが立て替えることはできないでしょうか?」

 

「ああ、私が全て払います」

「ありがとうございます。では書類をもってきますので……」


 志遠は窓の外の街ゆく人の姿を眺めていた。


 ◇ 


 夏海と鈴木は、最後の取引先に謝罪説明をした後、ようやく帰路についた。二人とも疲れきっていて会話もしていなかった。

 夏海は道ゆく人を眺めていた。

 

 もう少しで会社に着く、その時だった。

 赤信号で車列が止まった。

 横断歩道を渡る人の流れの中に、尚哉に似た横顔を見た気がして、夏海は思わず窓の外を凝視した。

 だが信号が青に変わる頃には、もう見失っていた。

 

 夏海が見たのは、深夜便で北京に帰ろうとしていた志遠の姿だった。

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