第27話:裏社会の帝王


 俺はただ目の前で起こる『食事』を立って見ていることしか出来なかった。まさに、圧倒的だった。


 文字通り「おやつ」感覚で平らげてしまった。これが、神話級ネームド――【月蝕の神喰らいエクリプス・イーター】の実力か。



「……おいおい。とんでもない小娘じゃの」



 俺の背後で、刹那せつなあきれたようにつぶやいた。



「わらわも暴食の端くれじゃが……アレは格が違うわ。あんなのと一緒にされたら商売上がったりじゃ」



「同感だ。味方でよかったと心底思うよ」



 俺は冷や汗をぬぐい、視線を貴賓席きひんせきへと向けた。


 そこには、腰を抜かして震えている男が一人。

 黒竜商会のザガン会長だ。


 最強の手駒ガランドを殺され、頼みのマルバスを食われ、完全に孤立無援となっていた。

 俺は妖刀を担ぎ、ゆっくりと貴賓席への階段を登り始めた。



 「さあ、ザガン会長。……『商談』の続きといこうか?」



 俺は妖刀を肩に担ぎ、ゆっくりと貴賓席への階段を登り始めた。コツ、コツ、という靴音が、静まり返ったオークション会場に響き渡る。


 ステージには、首を跳ねられた元Sランク冒険者の死体。

 会場の壁には、マルバスが飲み込まれた巨大な穴。


 その惨状を作り出した張本人たちが、今、一人の男を追い詰めている。



「ひっ……く、来るな……!」



 貴賓席の最奥。

 黒竜商会のザガン会長は、豪華な革張りのソファの後ろに隠れるようにして震えていた。

 その顔からは、かつての傲慢ごうまんさは消え失せ、脂汗と涙、そして鼻水でぐしゃぐしゃになっている。



「か、金ならやる! 全部やる! 金庫の中身も、店の権利書も! だ、だから命だけは……!」



 ザガンが床にひたいこすり付ける。

 裏社会の帝王と呼ばれ、この街の闇を支配していた男の、無様な姿だ。



「おい小僧。こいつも食っていいか?」



 俺の背後で、刹那が舌なめずりをした。

 彼女は半実体化した姿で、ザガンを品定めするように見下ろしている。



「脂ぎってて健康には悪そうじゃが、腹の足しにはなる。……デザート代わりには丁度いいかのう」



「ひぃぃッ!!」



 ザガンが、ガクガクと震えている。

 最早、自分が生き残ることしか考えていない目をしている。




「待て、刹那。早まるな」



 俺は刹那を手で制し、ザガンの前にしゃがみ込んだ。



「あ、ありがとうございます……! い、命だけは助けて……!」



「勘違いするなよ。俺はまだ許したわけじゃない」



 俺はふところから、一冊の黒革の帳簿を取り出し、ザガンの目の前に放り投げた。聖女イリアルの隠し金庫にあった裏帳簿だ。



「これを見れば、お前が聖女や魔族と組んで何をしてきたか、一目瞭然だ。魔族と組んでたというのは、流石のマフィア様でも言い逃れは出来ないんじゃないか?これを国や騎士団に提出すれば、お前は極刑、か?組織も解体だろうな」



「そ、それは……ッ!」



 ザガンの顔色が土気色つちけいろになる。

 彼は理解している。今の自分には、交渉カードが一枚もないことを。

 金も、暴力も、権力も、目の前の「捕食者たち」には通用しない。



「だが、組織を潰すのは惜しい」



 俺はコートの襟を正し、冷徹に告げた。



「黒竜商会が持つ流通ルート、情報網、そして資金力。……これらを俺一人が管理するのは面倒だ」



 こいつを廃人にするのは簡単だ。

 だが、それでは「黒竜商会」という巨大なシステムまで壊れてしまう。

 俺たちが必要なのは、日々の生活費であり、贅沢をするための資金であり、敵を探すための情報だ。それらを生み出すシステム自体は残しておいた方が得策だ。



「つまり……私を飼い殺しにする気か……?」



「人聞きが悪いな。お前の力を借りたいだけさ。『資源の有効活用』と言ってくれ」



 俺はニヤリと笑い、ザガンの胸倉を掴んで引き寄せた。



「お前の命も、組織も、金も。今日から全て俺のものだ。俺が必要な時に金を出し、必要な時に情報をよこせ」



 俺は妖刀の切っ先を、ザガンの喉元のどもとに突きつけた。



「俺の『財布』になれ。……断るなら、それでもいいぞ? その代わり……こいつらのデザートになってもらうが」



 俺が目配めくばせをすると、ロイヤルパープルのドレスを着たシルヴィアが、あやしく微笑ほほえみながら一歩進み出た。

 その背後には、まだ腹八分目といった様子の「影」がうごめいている。



わたくしは構いませんわよ? 脂身の多いお肉は好みではありませんが、ミンチにして肥料にするくらいなら……」



「わらわもじゃ! 生き血をすするのも悪くない!」



「ガウッ!」



 三者三様の殺気。

 ザガンの精神は、とっくに限界を超えていた。



「は、はいぃぃッ! 従います! 犬にでも財布にでもなります! だから食わないでくれぇッ!」



 ザガンが泣きながら懇願こんがんする。

 恐怖による絶対服従。

 スキルによる洗脳よりも確実な、生存本能に刻み込まれた主従関係。


 これで、俺はこの街最大の裏組織を、影から操るオーナーになったわけだ。



「交渉成立だな」



 俺はザガンを解放した。



精々せいぜい、俺たちのためにかせいでくれよ? ……裏切ったら、世界のどこにいても『食事』に行くからな」



「は、はい! 滅相めっそうもございません!」



 ザガンは床に頭を擦り付け、何度も頷いた。



「さて。……とりあえずの手付金として」



 俺はザガンを見下ろした。



「この会場の売り上げと、お前のとっておきの在庫コレクションを頂こうか。……特に、俺の家族ルナのような『被害者』がまだいるなら、全員解放しろ。麻薬や奴隷の売買はやめろ。不快だ」



 俺の支配下に置く以上、ルナのような被害者は出したくないし、家族にもそんなものを見せたくはない。



「しょ、承知いたしました! すぐに手配を!」



 ザガンが慌てて部下に指示を飛ばす。

 生き残った黒服たちが、青ざめた顔で動き出す。



   ◇



 壊滅したオークション会場を後にする頃には、日付が変わろうとしていた。

 外の空気は冷たく、血と脂の臭いが充満していた地下とは大違いだ。

 ガランドからの傷はシルヴィアが癒してくれた。が、冷たい風に当たると、そこにあったはず傷口が痛むような感じがした。



「パパ!ルナお腹減ったよー」



「そうだな、結局会場では何も食べていないもんな。夜飯を食いにいくか」



 そう言って俺はシルヴィアと刹那を一瞥した。



「ふぁぁ……。疲れたのう」



 刹那が大きなあくびをする。

 彼女の姿が黒い霧となり、黒刀へと収束していく。



『小僧。わらわは少し寝るぞ。……久々のシャバだからのぅ。体が酒を求めているのぅ』



 刹那が好き勝手言っている。どうやら、通常時は刀の姿でいる方が魔力消費が少なくて済むらしい。燃費の悪い彼女を持ち運ぶには、その方が好都合だ。



「パパ! ルナ、頑張った?」



 ルナが服のそでを引っ張ってくる。

 傷自体は治してもらってはいるが、指の周りには血の跡がにじんでいた。結界を無理やりこじ開けた代償だいしょうだろう。



「ああ。お前がいなけりゃ、シルヴィアを助け出せなかった。よくやったな」



 俺が頭を撫でてやると、ルナは痛みを忘れたように破顔一笑はがんいっしょうで答えた。尻尾の蛇も、包帯を巻かれた状態で嬉しそうに揺れている。



「えへへ……! パパの役に立った!」



「カ、カナメ様……?わたくしへのおめの言葉はないのでしょうか……?」



 シルヴィアがねたように顔を寄せてくる。

 俺は苦笑しながら、彼女の肩を抱いた。



「お前が最強だったよ。助かった」



「ふふっ。当然ですわ。カナメ様の『最強の剣』であり『最強の盾』なのですから」



 シルヴィアは満足げに俺に寄り添った。



 手に入れたのは、

 ―――最強の妖刀せつな

 ―――覚醒した捕食種ルナ

 ―――そして、裏社会の権力サイフ



 この街に来た目的以上の成果だ。



 俺たちは夜の街を歩き出す。

 不揃ふぞろいだが、頼もしい「家族」たちと共に。

 これからの生活は、今まで以上に騒がしく、そして楽しくなりそうだ。




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