第3話 My Brand
「ようこそ、政府公認のヒーロー事務所へ。」
足を組んで、頬杖をつきながら社長室の机に腰掛ける彼?彼女?は、私の方をじっと見つめてきていた。まるで、私の奥底から何かを探っているように。
「も〜、そんなに警戒しなくていいんだよ?ほらリラックスリラックス〜!」
「は、はぁ…」
ラブラさんは、先ほどまで腰掛けていた高級感のある机から飛び降り、私の背中を撫でる。
ラブラさんは、大体私の胸よりちょっと上くらいの背丈だった。
やっぱり、代表取締役だなんて信じ難いなぁと思う反面、どこか惹かれるものがある。
それにしても、どこかで聞いたことのあるセリフだ。
確かこれ、カレンさんが同じようなことを言ってたような…?
私がそんな状況に戸惑いつつあるなか、ラブラさんは応接間に置かれてあるような配置のソファに腰掛け、そのそばに、カレンさんが駆け寄った。
「カレンはどうする?一緒にお菓子食べる?」
「え、食べる〜!何があるの?」
「プリンタルト、ワンホールで。」
「わぉ!さすがラブラ、センスがいい〜!じゃ、一切れもらっちゃうわね〜!」
上下関係を感じさせないものの、お互いに愛を感じられる関係であることが会話の節々から感じる。
どうしたらいいのかわからなくなって、立ち尽くしてしまった私に、ラブラさんは目を向け、ラブラさんの対面にあるソファを指差しながらラブラさんはこう私に語りかけた。
「……こっちにおいで。怖くはないよ。」
「は、はいっ、失礼しますっ……」
緊張しつつも、私はソファに腰掛けた。
これから、いったいどんな話をされるのか、どんなことを訊かれるかで私はずっと思考を回転させ続けていた。
すると、目の前にかちゃりと、先ほどまでラブラさんとカレンさんの話していたであろうプリンタルトが、紅茶とセットで置かれた。
「はぁ〜い!こちら、お菓子とお茶のサービスでーす!」
ほんわりと紅茶の香りが漂う。
にこやかに給仕をするカレンさんは、幸せそうに笑みを浮かべ、私の手元の紅茶付近に、小包の砂糖とミルクをおいた。
「わぁ〜い!ねぇこれ茶葉は?」
「アッサム。そのほうがみんな飲み慣れているでしょう?」
「それもそっか!ありがとね、カレン!」
「それじゃ、あとはお二人で。またね、こはる!」
「え、あっ!カレンさん!?」
ばたり、と扉が閉じる。
たかが数分とはいえ、先ほどまで一緒にいた人が急にいなくなるのは寂しいものだ。
それに、感謝らしい感謝も伝えれてないし。
かちゃりと、紅茶のカップの音がする。
そちらを振り向くと、ラブラさんがゆっくりとカップから口を離したあとらしく、一呼吸を置いて私に微笑みかける。
「さて。一応、君の口から自己紹介は聞いとこうか。お名前は?」
「ゆ、夢咲こはるです!」
「こはる!うんうん、いい名前だね。ところで、ヒーローは好き?」
「もちろん、大好きです!……でも、こんなところにヒーローの事務所があるだなんて知りませんでした。あと、ブランドカード?とかも。そもそも、ブランドに選ばれるってなんですか?」
「いいねいいね。そうやって知識欲豊富な子は大好きだよ。まぁ、まずはゆっくりお茶にしようか。」
いきなり質問しすぎただろうかと、私が不安がる間もなく、ラブラさんは笑いながら私に好意を示してくれた。
ラブラさんの提案するまま、私は紅茶のカップに手をかける。
きっとカレンさんが先ほど入れたものなんだろう。とても温かくて飲みやすい。
「さて……ブランドとブランドカードについて、だよね。簡単に説明しようか。こはる、変身時に使ったカードは持ってる?」
「はい、あります。」
私は、手に握りしめたままのカードを、手首を左右にひねるようにして、光に当ててじっくりと見た。
カードは、光を反射したりとキラキラ輝いて見える。
よく見ると、銀や金で華やかに輝く箇所もある。
「それが、ブランドカード。主に変身時に媒介として使うカードのことを、僕たちはブランドカードって呼んでるの。ちょっと見せてもらっていい?」
手に持っていたカードを、私はラブラさんに手渡した。
ラブラさんは、掲げたり光に当てたり、いろんな角度でそのカードを眺め、観察した。
「……いいね、綺麗だ。こはるのブランドはDreaming Garden。ほら、カードに書いてる。」
ラブラさんの指先は、カードの中央よりやや右下をさした。
そこには、金の流れるように美しい筆記体で、Dreaming Gardenと書かれていた。
「今後、肌身離さず持っておくこと。どんな時も、常にね。それと、あまり簡単にカードを見せびらかしたり、誰かに渡したりしちゃダメだよ。もしかしたら悪用されるかもしれないし。」
まるで、警告するような声色で語りながら、ラブラさんは、手に持っていた私のブランドカードを私に渡し返した。
「そして、ブランド。こはるがこのカードを初めて手にして、ヒーローに変身したことを、ブランドに選ばれる、っていうんだ。」
ふと、変身してすぐの光景を、私は思い返した。
あの夢のような花畑の景色が、もう一度見れたらなぁ、なんて思いながら、続けて紡がれるラブラさんの言葉に再び、意識を戻した。
「これは、僕が選んでるわけではない。あくまで、このブランドが君たちを選んでいるようなんだ。……いまだに謎だらけなんだ。ブランドも、ブランドカードも。」
やや俯き気味に語るラブラさんの手に持つ紅茶の水面に、ラブラさんの表情が映り込む。
その表情は、まるで何かを不安がるような、怖がっているようにも見えた。
そこから顔をあげて、先ほどまでの表情が嘘だったかのように、ラブラさんは子供に語りかけるような優しい表情を浮かべて私に言葉の続きを語り始めた。
「一人一人、ブランドは違うんだ。まぁこはるなら知ってるかな?」
「もちろん!例えば、セイラちゃんならHop Starですし、先ほどのカレンさんならVictoria Maiden、そして、颯さんはStreet Heroですよね!」
「そこまで知ってるなら上出来だね。ブランドは、それぞれヒーローの衣装そのものであり、そのヒーロー自身を意味付けるものでもあるんだ。そろそろ、僕の自己紹介もちゃんとしとこうか。僕のブランドはLabrador Spacia。僕も、彼らと同じヒーロだ。」
ラブラさんは、そう言って、いたずらっ子じみた笑みを浮かべた。
……あれ、私ラブラさんについて知らなかったな。
私、ヒーローの箱推しオタクなのに、なんで知らなかったんだろう?
「ヒーロー!?私、ラブラさんのこと知りませんでした…」
「もうほとんど表立ってヒーロー活動してないからね。頼りになる強い子達もいるし。基本的に今は、ヒーローたちのサポートに回ってるかな。もちろん、こはるも気軽に頼ってくれていいよ。」
「はいっ!って、え!?……私、ヒーローになれるんですか?」
私の驚きを含んだ問いに、ラブラさんは笑って頷き、手を大きく広げてこう言った。
「ようこそこはる、歓迎するよ!」
なんだか不思議な気持ち。
嬉しさとかはもちろんあるけれど、それよりも、驚きと戸惑いが私の心に立ち込めていた。
ぽかんと口を開いたままの私を、ラブラさんは特に不思議がることもなく、ただソファから軽快に立ち上がり、最初に腰掛けていた木製の重厚感あふれる机に移動し、その机付近の棚から一枚、紙を私に渡した。
「あぁでも、親権者のサインの後でね!いつでもいいから、またそれ持ってきてね。断られた場合は、まあ……この紙を返しにきてくれたら嬉しい。ちょっと重要な情報もあるから、処分はこっちでするし。」
チラリとその紙に目を通してみると、そこには私個人の情報の記入、未成年の場合の親権者からの署名、そして契約内容など、結構細かい情報が記載されていた。
「こはる、もう外が暗くなりつつあるし、その制服のまま歩かせるのも心が痛むから、送ってもらうことにするね。」
私がまだソファに腰掛けたまま書類を読んでいると、ラブラさんが当たり前のことを述べるかのようにいつの間にかかけ始めたスマホを耳に当てながら、私にそう言った。
「えっ、そんな、大丈夫ですよ!私元気ですし!」
「いいからいいから。子供は大人に甘えとくもんだって。あとプリンタルトも、ご家族の分も持って帰りな。何人家族なの?」
「えっと、私含めて五人…ああいや四人です。両親と、弟と、あとは、大型犬を飼っていて。」
「了解!もうすぐ車の準備ができると思うから、そろそろ一階に行こうか。僕は都合があってすぐそこのエレベーターまでしか行けないけど、大丈夫?一応、降りてすぐのところに人は待たせとくけど…」
「ご心配なく!むしろ、何から何までありがとうございます。」
ラブラさんは、私のことを小さな子供だと思っているのかと疑いたくなるほどに、全てにおいてちょっと手厚すぎるほどのサービスをしてくれた。
そのあと、私はお土産を手に持たされたままラブラさんに見送られ、無事に用意された車に乗り込めた。
運転手はヒーロー事務所に勤める一般の人で、特にこれといった会話もなく、私は家の近くまで送ってもらった。
………そういえば、私いつの間に家の住所って教えたっけ。
ちょっと恐怖も覚えつつあったが、それよりも私は今日一日であった非日常な出来事にちょっと疲れを感じていたのもあって、特に深く考えずにわが家にたどり着いた。
「ただいま〜!」
玄関に入ってすぐ、飼い犬のもぷが駆け寄ってくる。
黄金色の尻尾をブンブンと振る姿は、私にとっての癒しそのものだった。
「おかえりこはるぅ、って…こはる!?」
「姉ちゃん!?なんでそんな格好……!?」
「あぁいや、えっとこれは……」
お母さんと弟の
そりゃあそうだ。いつもよりやや遅く帰ってきた娘のスカートがこんなにビリビリじゃ、何か大変なことが起きたと思う方が普通だ。
「父さん!姉ちゃんがグレた!!」
「私グレてないもん!!」
咄嗟にそう返したものの、この格好の時点であまり強い返しではないだろう。
その声が聞こえたのか、お父さんが二階から降りてきて、リビングにひょこりと顔を出した。
「おぉおぉ、みんな落ち着け落ち着け。とりあえず、おかえり、こはる。実は、こはるの事情は父さん知っててだな。夕方にヒーローが家に来たんだわ。」
「えっ、うそ!いつの間に!?」
私はあまりにも驚いてしまって、お父さんにそう勢いのままにたずねてしまった。
あのあと、すぐにヒーローたちが家までやってきたのだろうか?
それにしても、本当にどうして私の家の住所を知ってるの…??
「いやぁ、父さん今日有給取ってたもんで。母さんと翔が買い物行ってる間にな?ヒーローが二人、やって来られて。それで、こはるの身に何が起きたかとか、ある程度は知ってるんだ。」
多分、ヒーローになったこと……お父さんに伝えられたのはきっと、ブランドに選ばれた時のことだろう。
思い出してみれば、謎だらけだ。
どうして私が選ばれたのだろう。
ただ危険が迫っていたから?それとも、私にヒーローの適正があったとか?
考えても考えても、私には何にもわからなかった。
ラブラさんがわからないと言ってるほどだから、私なんかにわかるはずもないのだろうけど。
「でも……本当のこはるに起きた詳しいことは、父さんも母さんも知らない。こはる。きちんと自分の口で話さなきゃいけないこと、あるんだろ?」
「……うん。その話を、きちんとしときたくて。」
私が意を決して、お父さんの方を向いた。
お父さんも、私の覚悟が決まった様子をみて、真剣な眼差しで私を見つめる。
その様子を、少し離れて見ていたお母さんがため息をつきながら、お父さんと私の背中を軽く叩き、こういった。
「とはいっても、先に手洗いうがいね!」
「あっ……はーい。」
私は、お母さんに言われるがまま、すぐに手を洗いに行った。
それから再びリビングに戻ると、私以外の家族が皆、ダイニングテーブルに腰掛けて、私を待っていた。
再び、意を決して私は同じように腰掛ける。
それから、今日私の身に起きたこと、憧れのヒーローたちと同じように、ヒーローとして活動したいと思っていること、親権者のサインが必要な書類があるからサインしてほしいこと等を、みんなに話した。
家族全員、私の言葉に耳を傾けてくれて、犬のもぷでさえ、私のそばで静かに座っていてくれた。
私が一通り話し終わってから、お母さんは胸を撫で下ろしながら微笑み、口を開いた。
「……なるほどね。何はともあれ、無事で何よりよ。ね、父さん?」
お母さんは、お父さんの方へ問いかけた。
お父さんは、静かに顔を上げて、私の方をただまっすぐ見つめてきた。
私は、その眼差しに応えるように見つめ返した。
「……こはる。本気でヒーローになりたいのか?」
お父さんは私の意思確認をする。
私はただ黙って頷き、再び動き始める父の口から出る言葉を待つ。
「正直、父さんはこはるほどヒーローに詳しくない。それでも、父さんの本音としては反対したいんだ。」
「なんでだよ父さん!?姉ちゃんだってきっと本気で…!」
勢いよく、翔が椅子から立ち上がる。
その弟の言葉にやや被せるように、お父さんはまた私に語りかける。
「今日、こはるは身にしみてわかっただろうが、ヒーローには危険が伴う。それは理解してるな?」
「……うん。私なりではあるけど、わかってるつもり。」
今日、私の目の前で起きた戦闘を思い出す。
いつも、私にとって幸せの象徴だったセイラちゃんが、あんなにもボロボロになりながら戦っていたあの姿。
私よりも圧倒的に優れているセイラちゃんが、あんなにもボロボロになるほどの相手と戦い、ヒーローたちは私たちの平和と守ってくれているんだ。
「俺は親として、こはるの“やりたい”には全力で答えてやりたいと思ってるんだ。もちろん、世間一般の父親はそうじゃないかもしれないが、子供が誇れる理想の父親になりたいっていうか……えぇと、あとは、その、なんて言えばいいんだ…」
途中からおかしなくらいに言葉を紡げなくなったお父さんを見て、私は微笑んだ。
お父さんは、私の心配をしつつも、私のことを応援してくれるんだろう。
今までの経験から、お父さんはそんな人だということを知っている家族は、皆笑みをこぼし始める。
全く。お父さんったら口下手なんだから。
「ありがとう、お父さん。私、たっくさんがんばるね!」
「姉ちゃん、命大事に、だぞ?」
「わかってるって!」
そんな某勇者ゲームじゃないんだから。
「ところで、こはる。家にヒーローが来た、って言ったろ?あの時、ヒーローがこんな荷物を持ってきててだな…」
お父さんはそういって、どこかに置いていたであろう段ボール箱を持ってきた。
一体なんだろう、と思いながら箱を開けると、私の学校の新品のスカートが入っていた。
「スカートだ!」
どうして、と思う反面、私はとても嬉しかった。
今日の一件で、私のスカートは汚れ、裂けてしまった。
家族にまた制服を買ってもらうのはちょっと心苦しいな、と思っていたから、この贈り物はとっても嬉しいものだった。
すでに書類にはサインはもらったし、制服のこともきちんと感謝しに行かなきゃ。
明日の放課後、早速あのヒーロー事務所に行くことに決め、私はいつも通り家族と夜を過ごした。
あの事件から一日経って。
放課後、私は書類に小さく書き込まれていた住所を地図アプリに入力し、アプリの示すまま歩き、いろんな道を抜けて、昨日訪れたあの大きなビルに辿り着いた。
綺麗で大きなビルにこんなJKが入っていくなんて、ちょっと不思議に見えるだろうな、なんて思いながら、私は自動で開いていく扉を抜け、すぐそこに立っていたラブラさんに駆け寄った。
ラブラさんはすぐに私に気付き、にこやかに私を歓迎してくれた。
「あっ、こはる!早速きてくれたんだね。」
「ラブラさんこんにちは!こちら、両親のサインです!あ、あとそれだ、昨日は本当にありがとうございました。制服まで新しく送ってくださって…!というか、どうして私の住所も学校もわかったんですか?」
「学校は、着ている制服から簡単にわかったよ。家の住所は、学校に要件だとかを話したら教えてもらっちゃった。ま、ヒーローってそういう点では結構優遇してもらえるし。」
簡単に情報を手に入れることのできるヒーローたちって実は恐ろしいのでは…?と思いながら、私はラブラさんに書類を手渡す。
ラブラさんはその紙を受け取り、私を連れてエレベーターに乗り込んだ。
「とりあえず、こはるには今事務所にいるヒーローだけでも説明しとこうかな。忙しくて今不在の子達については、まあ、あとで交流してくれたらいいから。」
ラブラさん離れた手つきで、エレベーターの20と書かれたボタンを押す。
今から20階に行くんだろう。
ラブラさんの言葉からして、今事務所にいるヒーローたちはみんな、20階で待っているのだろうか?
軽いベルの音のあと、エレベーターの扉はゆっくりと開く。
比較的短い廊下を通って、ラブラさんは明るい色の扉を勢いよく開いた。
「ヒーローたち!新人ちゃんの登場だよ!」
ラブラさんの後ろから、私は室内を見る。
そこには、3人のヒーローたちが椅子に腰掛けたり、本を読んでいたりと、比較的自由に過ごしていた。
「はじめまして!夢咲こはるです!」
第一印象は元気に!
私はそれを心がけ、自己紹介をする。
「あっ、こはる〜!昨日ぶりねぇ、どう?変わりない?」
「変わらず元気です!あっ、これ、昨日貸していただいたカレンさんの上着です。ありがとうございました!」
「別にいいのに!んもう、ほんとに可愛いわねぇ〜!」
私に気づいたヒーローのうちの一人、カレンさんは、腰掛けていたソファから立ち上がり、私に近づいてきた。
彼女は、昨日と変わりなく美しく、私に抱きついてきた。
特に私は抵抗する理由もないので、ただ抱きしめられる。
だけど、初対面の時とは違って、カレンさんは比較的早く私から離れた。
その様子を見つめながら、紺色の髪の女性が、カレンさんの腰掛けていたソファの後ろからじわじわと顔だけを出し、震えながら小さく声を響かせた。
「こ、ここ、こんにちは…?」
その声の主と目が合う。
とても綺麗な人だなぁと私が彼女に見入っていると、その声の主の肩まであるその紺色の髪がチラリとソファの後ろで揺れ、すぐにその頭はソファの後ろに勢いよく消えた。
彼女の様子を不思議に思って耳を澄ませてみれば、ボソボソと独り言のような小さな声が、私の耳に届く。
「う〜わ無理無理無理……いかにも陽なオーラのJKじゃん、無理だって無理だって……!!なんでヒーローってこんなにも陽キャ属性ばっかりなの…??私だけ異端?え?意味わかんないもうイヤさっさと土に還りたいあぁでもそれは土に失礼……!!」
名前を聞きそびれたなぁと思っていると、私のすぐそばにいるラブラさんが、私の服の裾を引っ張る。
しゃがんでみると、ラブラさんは私に耳打ちをした。
「彼女は
聞きそびれていた名前を脳内で反芻するように理解して、私は驚いた。
「よぞらさんって……あの!?」
私の知るよぞらさんは、ヒーロー活動よりも芸能活動の方が活発なイメージがあった。
ドラマの女優だったり、舞台女優もやったり。最近では、CMの出演も活発だ。
テレビでの印象と、今、目の前にいる人物とがまだうまく結びついていない私の元に、幼い声が届いた。
「
ハッとして部屋を見渡すと、本を両手に持った少女と目が合う。
声の主は、私の弟より幼く見える。
「あの、かえでさんっておいくつなんですか?」
気になってラブラさんに問いかけてみれば、ラブラさんは苦笑いしながら、私に話す。
「かえでは8歳。カレンと同期で、このヒーローたちの中では最古参なんだ。」
「こんなに幼いのに!?」
「ん。新人の先輩。」
小さな手でピースサインを作る一方、幼さに不釣り合いなほど、表情は全く読めない無表情のままだった。
私がぽかんとしていると、かえでさんは私に興味を示しているようで、私に問いかけてきた。
「新人。デビュー戦の予定、いつ?」
「デビュー戦?ラブラさん、デビュー戦って?」
「その名の通り、ヒーローとして一般人たちの前でデビューする戦いのこと。だから、デビュー戦前にある程度戦えるようにしとかなきゃいけないの。無謀に戦場に立つだけじゃ、ヒーローとして意味ないからね。」
それは確かにそうだ。
たとえ伝説の勇者だろうと、経験値を積んでレベルを上げないと魔王には勝てない。
一人で納得してると、ラブラさんは私の方を向いて、言葉を続けた。
「そう、まさに今日はその話をしようとしてたんだよね。実はセイラから色々聞いてて、こはるはどうも、よぞらと似た戦闘スタイルっぽいんだよね。ってことで!」
ラブラさんは、ソファの後ろに隠れたままのよぞらさんに近寄り、彼女に語りかける。
「よぞら、こはるの指導よろしくね。施設の設備はいつもと同じように自由に使ってくれて構わないから、よろしく。」
ラブラさんはそれだけ言い、手を振りながら部屋から出ていった。
ラブラさんが部屋から完全に出て行ったあと、再びボソボソと声が聞こえる。気になって近寄ると、よぞらさんはいつの間にかブランケットのようなものを頭に被り、体を小さく丸めていた。
「えぇぇぇ……一番頼む人間違えてるって……あぁもう嫌、死んだ方がきっとマシ…私なんかが酸素消費してごめんなさい……」
「あの、よぞらさん!お世話になります!」
私が、小さくまとまるように隠れるよぞらさんにそう挨拶をすると、彼女はブランケットから顔を出しながら、私の方を見た。
「うぇぇぇ…???」
彼女はゆっくりと立ち上がり、私を一目見たあと、すぐ目を背けてしまった。
「……とりあえず、ついてくる?とはいっても私なんかじゃ意味ないと思うけどなぁ…??」
そう不安げにつぶやくよぞらさんに、私はついていった。
どうやら彼女は会話が苦手みたいで、私はどうやって仲良くなろうかと頭を抱えていた。
彼女の後について歩くと、彼女はエレベーターの下矢印のボタンを押してから、私の方へ振り返った。
「地下に練習場があるから、そこで色々やってみようかなっては思ってて……」
「地下!?このビル、地下があるんですか!?」
「一応、まぁ。私なんかが使うのが烏滸がましいくらいにいろんな設備あるんだよね、ここ。えっと、地下は5階まであって、一階ごとに二つ分フロアがあって……えぇ、口での説明難しいって……」
チン、とエレベーターの到着を知らせる軽いベルの音と同時に、扉がゆっくりと開く。
それに乗り込み、彼女はB1と書かれたボタンを押す。
「今日私たちが使う予定なのは、一応、地下一階のAフロアの予定……だけど…あっ、最悪……あの二人が使ってんじゃん……まじで鬱なんだけど……」
ボソボソとやや聞き取れないところがあるが、どうやら先約がいたらしい。
ため息をつきすぎて倒れてしまわないか心配になる程、先輩は憂鬱そうな表情をしていた。
「……えっと、地下一階のBフロア使おっか。そこなら多分、行けるはず……ってか空いてて欲しい……」
懇願するようにそう語る先輩の声の後、到着を知らせるベル音がした。
エレベーターの扉が開くと同時に、その先には二人組の男女が、黙って立っていた。
「あっ……お、お疲れ様、です……」
よぞらさんは、エレベーターから降りながら、そう挨拶をしたあと、短い黒髪の少年は黙ったまま、わたしたちとすれ違うようにしてエレベーターに乗り込んだ。
その後に続くように、長い黒髪の少女がエレベーターに乗り込みながら、よぞらさんに向かって挨拶を返した。
「お疲れ様です。」
「お、お疲れ様です!」
よぞらさんのあとを追いかけながら、私も遅れないよう、元気よく挨拶をしたものの、二人ともややむすっとした表情のまま、閉じてゆくエレベーターの扉に隠れる。
完全に二人がいなくなってから、よぞらさんは一度歩みを止めて、今日一番のため息をついた。
「はぁ〜っ……気まずすぎて死ねる……」
再び歩き出したよぞらさんの後を追いながら、先ほどすれ違ったあの二人について考え始めた。
無表情ではあるものの、先ほど出会ったかえでさんとは違った、冷たい、敵意に似たような表情。
お名前も聞きそびれてしまったし、私も自己紹介ができなかったけれど、それ以上に、どうしてそんな表情をしているんだろうと考えていると、大きくBと書かれたガラスのように透けた扉を前についた。
その扉を開け、中に入ると、そこには地下とは到底思えないような大きな空間が広がっていた。
わぁ、と私が声を漏らしていると、よぞらさんは大きく深呼吸をしたのち、私に振り返り、初めて目を合わせたまま言葉を口にした。
「……こはるちゃん、だったよね?あっ、間違ってたら全然否定して罵倒してくれていいから!!むしろそっちの方が心が痛まないっていうか!!ってごめんねこんな変なこと言っちゃって…!!」
あわあわと手を振りながら、彼女は再び言葉を紡ぐ。
「とりあえず、変身しちゃおうか。」
「変身ですか?」
戸惑うまま、私は胸ポケットに入れたままのブランドカードを手に取る。
どうしようかとよぞらさんを見ると、彼女はすでに変身を済ませたようで、彼女は夜を想起させるような、セイラちゃんとは違った、闇夜を感じさせる衣装を身に纏っていた。
待たせるわけにはいかない、と思い、私はカードを手にしっかりと持ち、あの言葉を口にした。
「Brand Mind___Activate!」
ぶわりと、私の足元から花吹雪が起こるような心地がする。
けれど、初めて変身した時に見えたような夢のような花畑は見えなくて、私は不思議に思った。
目を開けると、私はあの時と同じような可愛らしい花のドレスを身に纏っている。
やっぱりこの衣装綺麗だなぁと私が一人で思い耽っていると、先輩の声が弱々しく響いた。
「私、教えるの下手だし、自信ないから……」
先輩は、瞬きののち、凛とした目線を私にまっすぐ向けた。
先ほどの先輩からは想像がつかないが、舞台やCMで見るよぞらさんに使い物を感じた。
何かが始まる。私はそう感じ取り、唾を飲み込む。
「……まずは、かかっておいで。」
空気が変わり、先ほどの先輩から発せられるとは思えないほどの支配圧が私の体に襲いかかる。
その先輩のギャップと、初めての指導であるはずの指示に戸惑いが隠せなくなった私の叫び声が、広い地下施設にこだました。
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