お悩み解決部! 〜そっと超能力を添えて
桜羽 遼
プロローグ
「まずいわね」
「どうすんのよ。二日以内に見つけられんの? ってかなんですぐ教えないのよ! 」
「忘れてたんだからしょうがないでしょ。とにかく私の能力でなんとかするわよ」
――――――――――――――――――――――――――
薄い明るい青色のブレザーの制服を着た少年がいつもはしない鼻歌を歌いながらゆっくりと歩く。
(いつもより一時間早く出たんだ、これなら何があっても遅刻しねぇだろ。二年生になってから遅刻しかしてねぇのは流石にやべぇからな)
「グゥワン、ワンワン、ワン! 」
彼が歩いていると通りがかりの犬に唾を撒き散らしながら激しく吠えられた。誠之はいきなりのことでビクッと体が反応する。
「すいません! うちの犬あんまり吠えないんです、け、ど」
犬につけられたリードを一生懸命引く20代半ばの女性が少年から犬を引き離そうと頑張っていた。が、少年の顔を見ると、みるみると青ざめていき声が小さくなっていく。
少年は途中から声が聞き取れなかったので聞き返そうと声を出した。
「あ゙? 何だって? 」
少年にとっては普通に聞き返したつもりだった。しかし、女性の顔はさらに青ざめ引き攣る。
「ひっ、すみませんでした!! 」
女性は大慌てで犬を抱えて走り去っていった。その速さは凄まじく一瞬で少年の視界から姿を消した。
女性が走り去った方を見た後、少年は自分の顔を手でなぞって首を傾げた。彼は自分の顔をかっこいいと思っているため人が怖がるのが不思議でしかなかった。
少年がさっきのことは忘れて心地よく朝の空気を味わいながら歩いていると、スーツを着た40代ほどでくすんだ金髪が特徴的な男性が蹲っているのを発見した。彼はすぐに走って近づいた。
「大丈夫か! 」
男は顔を真っ青にして胸を押さえ蹲っていた。汗は滝のように流れ呼吸も荒れ気味であった。少年はすぐに救急車を呼ぼうとポケットからスマホを取り出そうとすると、男は彼に財布を渡そうとしてきた。
「どうした!? 」
少年は財布の中に男の病気に関して大事なことが書いてあるのかと受け取って中身を見た。運転免許証、クレジットカード、マイナンバーカード、Melonが見える場所にあり、札が数枚入っている財布だった。
男は息も絶え絶えに言った。
「Melonは、勘弁して、欲しい、かな」
「カツアゲじゃねえよ! 」
少年は財布を突き返した。
「救急車呼ぶから待ってろ」
スマホをポケットから出して119番に連絡しようとする。すると男が力強く彼の右手首を掴んだ。病人とは思えない強い力で少年は手を動かすことができなかった。
「薬を、飲んだから、しばらくすれば、治るよ」
男の訴えに少年は眉をひそめた。
「んなこと言ったってよ」
「大丈夫。代わり、と言っては、なんだけど、落ち着くまで、話に、付き合って、くれないかな? 」
男の放つ凄まじい気迫に少年は折れた。
「……やべぇと思ったらすぐ呼ぶからな」
「ありがとう」
男は軽く笑みを浮かべて少年を掴んでいた手を離した。腕にはくっきりと赤く男の手の跡が残った。
それから二十分程の間少年は男の話を聞いていた。内容は主に男の娘の話だった。ただ相槌をうっているだけなのに少年はなぜか疲弊していた。ふと彼は男の顔色が会った時とは比べ物にならないほど良くなっているのに気づいた。
「随分顔色良くなったじゃねえか」
「で娘はあげたペンを今でも大事にって……本当かい? 」
男は自分の顔をぺたぺたと触った。
「ああ。体調良くなったか? 」
「言われてみればそうだね。全然痛くない」
男はお腹をさすっていた。少年はその光景が不思議だった。彼が見た時は男は胸を押さえていたからだ。
「腹が痛かったのか? 」
「ああ。そうなんだ。いやぁもう少しで漏らすところだったよ。まぁ、漏らすのはいいんだけどね。今日のパンツは嫁が買ってくれた物なんだ。だから決して汚したくなかったんだ。あ、嫁の話もしていいかい? 」
彼は大きく深呼吸をする。
すぅ、はあ、すぅ、はあ。
「元気になってよかったな」
彼の声はとても震えていた。
「ああ。君のおかげだよ。ありがとう。ところで嫁との馴れ初めの話なんだが」
「じゃあな! おっさん。漏らすんじゃねぇぞ! 」
彼は急いでこの場を走り去った。男の声が後ろから聞こえていたが無視をして走った。
五分ほど走った先に信号待ちの小学生集団がいた。綺麗なランドセルが親一年生であることを主張している。少年は自分が一年生だった頃を思い出しながら信号を待つ。彼は目の前の小学生達が友達いっぱいできるよう心の中で祈った。
少年の視線に気づいた小学生の女の子一人が振り返る。二人の目が合った。少年はせっかくだし挨拶をしようと声をかけた。
「よぉ」
「きゃ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」
女の子は悲鳴を上げ泣きながら、少年から逃げようと走り出す。少年は咄嗟に女の子を追いかけ、女の子を抱える。そのまま元の場所まで戻って静かに降ろした。女の子の顔を自分の方に向けしゃがんで目を合わせる。
「馬鹿野郎! 赤信号だろうが! 」
「ひっ。ごごめ゙ん゙な゙ざい゙」
飛び出した女の子は怯え泣きながら謝った。少年は彼なりの精一杯の優しい笑顔を浮かべて彼女の頭に手を乗せて優しく撫でた。
「次からは気をつけろよ」
女の子はまだ泣いてはいたが、こくんと小さく頷いた。ちょうど信号が青になる。少年が歩き出すため立ちあがろうとすると、女の子の友達らしき男の子が小刻みに震えながら彼の前に立った。
「えい! 」
掛け声と共に少年の股間を思いっきりパンチした。
「ぐっ」
少年は股間を抑え痛みに悶える。パンチを繰り出した男の子は女の子を連れて走っていった。
「……友達を守る為か、立派じゃ、ねぇか」
ガクンと少年はその場に崩れ落ちた。
股間の痛みから回復した少年が歩いていると今度は両手にゴミ袋を持った老婆を見かけた。ヨロヨロと歩いていて転びそうだった。少年はすぐに駆け寄って声をかける。
「ばあさん。重ぇだろ。持つぞ」
老婆からゴミ袋を奪うような形で持つ。
「ああ。こりゃどうもありがとう」
少年は老婆に道案内してもらい指定のゴミ捨て場に置く。
「ありがとねぇ。お礼にこれあげるよ」
少年は老婆から飴を貰った。礼を言ってから飴をポケットに突っ込むと、老婆の目が大きく見開いた。さっきまでのニコニコとした笑顔からは想像できない変化であった。
少年がポケットから飴を取り出す。
老婆がニコニコ笑顔に戻る。
ポケットに入れる。
老婆の目が大きく見開く。
ポケットから出す。
老婆が笑顔になる。
少年の顔が引き攣った。彼としてはゴミ袋を触った手で食いたくない。かと言って老婆の表情の変化が怖く無視をしたら何をされるか分かったものではなかった。飴と老婆を交互に見る。彼は意を決して包み紙を開けて飴を口に放り込んだ。
老婆が笑顔でうんうんと頷いた。少年は引き攣った笑顔で答えた。
ちょうど飴を舐め終える頃、少年は地面に這いつくばっている少女を見かけた。
セーラー服を着た濃く明るい赤髪でかなり小柄な少女だ。紫めの赤い目には涙を溜めていた。少年は気になり声をかけた。
「何してんだ? 」
「な、なんですか!? ナンパですか!? 警察に通報しますよ! 」
少女はすぐに少年から距離をとってスマホを掲げる。あまりの速さに少年はただ茫然とする。
「いや何してんのか気になってな。探しもんか? 」
気を取り直した少年は敵意がないことを示す為両手をあげて声をかけた。
「怪しいですね。貴方みたいな顔の人は女の人を襲う為だけに生きてるって聞きました。最初は優しくしてその後は……ひっ」
青ざめた少女は体を捩って、少年から自身の体を隠す。
「勝手に想像して勝手に引くんじゃねぇよ! 」
少年の声にビクッと体を反応させる少女。
「ストラップ落とすし、変なヤンキーに絡まれるし、遅刻しそうだし、もう最悪」
少女はポロポロと涙を流して下を向いた。
その姿を見た少年は少女が落としたストラップを探すために地面に這いつくばる。
「ストラップってどんなのだ? 」
少年の問いに少女はただ立ち尽くす。
「ボーとしてねぇで教えろ」
「えっと、これくらいのピンクのクマのストラップです」
少女は指で大きさを知らせた。大体7〜8cmくらいに見える。
少年はそうかと一言呟いて、ストラップ探しに戻った。その姿を立ったまま少女は見つめていた。その視線を居心地悪そうにチラチラと少年は少女を見た。
「……お前も探せよ」
少年の言葉にハッとして少女はストラップ探しを再開した。ただ時折チラチラと少年を見ていた。
十分経過したところで少女の啜り泣く声が聞こえてきた。少年は今までよりさらに血眼になって探していると、クマのストラップを咥えた猫を見つけた。咥えているのは大きさ7〜8cm程で、ピンク色。その猫は茶トラで鈴を二つつけてた赤い首輪をしていて、今は道路の脇で寝転がっている。
少年はストラップが少女の物か確認する為猫を指差しながら声をかける。
「おい、あのストラップか? 」
少女は猫の咥えているストラップをじっくりと確認した。
「はい! そうです! あれです! あれです! 」
少女は声を弾ませ、さらに体はぴょんぴょんと飛び跳ね猫に指をピシッと突きつけた。
今にも動き出しそうになった少女を手で制して、少年はゆっくりと猫に近づいた。
この猫は少年が登校中よく会う気性の荒い猫であった。何度引っ掻かれたか数えきれない。少女に怪我をさせない為一歩一歩と前に出る。
少年は自身の射程距離まで息を殺して近づいた。猫はまだ気づいていない。
(今だ! )
少年は勢いよく猫に飛びかかった。その瞬間猫は眼光を光らせ、彼の手を引っ掻いた。
「に゙ぁ゙あ゙あ゙」
猫は塀の上に素早く上がった後、少年の顔目掛けて飛びかかり、勢いのまま彼の顔を引っ掻いた。顔から鮮血が舞い散る。しかし、少年もただではやられない。すれ違いざまにストラップを取り返した。
猫は少年を一瞥した後鈴を鳴らしながら塀を越えて少年達の前から姿を消した。
少年は少女に近づいて猫から奪ったストラップを手渡した。
「ほらよ」
少女はストラップを胸の前で優しく握りしめて涙を流した。
「よかったっ」
少年は「じゃあな」と一言残して立ち去ろうと背を向けたが少女に呼び止められた。
「待ってください! あの、その、あ、ありがとうございました! 」
少女は深々と頭を下げた。少年はそれに片手をあげて応えて学校に向かうとした。が、また呼び止められた。
「あの! せめてこれを」
少女はポケットからピンクのレースがついたハンカチを渡してきた。
「何だ? 」
少年は意図が分からず首を傾げた。
「血が出てるので、止血に使ってください」
グイッと少年に押し付けるように渡す少女。
「ありがてぇけど、いらねぇよ。血で汚れちまうだろ」
少年はハンカチを押し返した。
「いいんです! 」
さらに少女は強く押し付け、少年は強引にハンカチを持たされた。
少女は一礼した後、駆け足で走って行く。が、途中で振り返って少年の方に駆け寄ってくる。
「あの、すみませんでした! 襲うとかなんとか言ってしまって」
「いいって気にしてねぇから」
少年は手で早く行けとジェスチャーする。
少女はもう一度深く頭を下げてから走って行く。少女の後ろ姿を見て、少年も遅刻しないように急ごうとしたら、「きゃっ」て声が後ろから聞こえてきた。彼は慌てて振り返った。少女が地面に伏していた。彼は急いで近づく。
「大丈夫か!? 」
「はいっ大丈夫、です」
少女はよろけながら立ち上がった。そのままゆっくりと右足を庇いながら歩く。
少年は一つため息をついた後、少女の前に回り込みしゃがみ込んだ。
「どうしたんですか? 」
少女は少年の奇行に首を傾げた。
「おぶっててやるよ。その足じゃ間に合わねぇだろ」
少年は後ろ手で乗れとジェスチャーした。
「え? 」
少女は困惑して立ち尽くす。
「早くしろ。無理矢理抱えんぞ」
「えっと私を連れ去ったりしないですか? 」
「お前、さっき謝ってなかった? 」
「ごめんなさい。でも、あなたにメリットないじゃないですか? 」
「…乗りかかった船だ。最後まで付き合うさ」
その一言で少女は震える体でゆっくりと少年の背中におぶさった。少年は少女の足をしっかり掴んで立ち上がる。少女も落ちないようにぎゅっと抱きついた。
「……重くないですか? 」
「軽ぃな。ちゃんと食ってんのか? 」
「それセクハラじゃないですか? 」
「どこがだよ。んでどこの学校だ。近くか? 」
「青林中学です」
「なら近ぇな」
少年は走って中学に向かう。少年は頭の中でここからかかる時間を考えた。
(ギリ間に合うな)
「そのアナタの方は大丈夫なんですか? 」
「何が? 」
「時間です。春ヶ崎は青林と逆じゃないですか」
確かに逆方向であった。距離的には少女を無事届けられたとしても少年は遅刻することが確定するぐらい離れている。ただそれよりも春ヶ崎高校に通っていることが分かった少女が気になった。
「気にすんな。それよりなんで俺の学校が春ヶ崎だって分かったんだ? 」
「制服です。お姉ちゃんも春ヶ崎だから」
「ヘェ〜お前ねぇちゃんいんのか」
「はい。お姉ちゃんはすごいんですよ。色んな意味で。あ、お礼にお姉ちゃんの話してあげましょうか? あれはまだ私が五歳の時でした……」
少年が止める間もなく少女は語り出した。少年は辟易した。家族の話をされるのはスーツの男性でお腹いっぱいだったのだ。しかしさっきまで体が震え泣きそうだった少女が生き生きと話しているのを聞くとどうしても止める気になれなかった。
彼は走ることに集中して、話は話半分で聞くことにした。
それから走って、走って、走って、走って青林中に着いた。
「……お姉ちゃんは私の服を間違えて着ることがあるんですよ。服ならまだしも下着まで履くっておかしいですよね。そんなんで彼氏できた時どうするのか? って聞いたらなんて答えたと思います? それが「着いたぞ」あれ? もうですか? 」
少年は少女を静かに下ろした。少女には会った時の泣き顔はどこにもなく、晴々とした笑顔になっていた。
「こっから一人で大丈夫か? 」
「はい。なんとか。ありがとうございました」
少女は少年に深々と頭を下げる。
「気にすんな。それより足元気をつけろよ」
「はい! 見かけによらず優しいんですね」
「一言余計だ」
ふふっ、と少女は小さく笑った。
「最後にお名前を聞いてもいいですか? 」
「名乗るほどのもんじゃねぇよ」
「いえ、そこをなんとか! 」
少女は必死に食い下がった。あまりにも必死だったので少年は自分の名前を教えることにした。
「……
「岩岡誠之さんですね! 覚えました! 」
少女はもう一度頭を下げてから、青林中に向かって右足を庇いながらゆっくりと歩き出した。誠之は肩を貸してやりたいと思ったが部外者が学校入るわけにはいかず悶々としながら少女を見守っていた。
先生らしき女性が少女に駆け寄っていき話しかけた後、肩を貸したのを見届けた誠之は青林中に背を向けて走り出した。
結局誠之は全力で走ったが、結局間に合わなかった。
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