第4話 父、怒りの通告

橋本:「主任!織田主任!」


姫花は自分が呼ばれていることに気づかない。


橋本:「織田主任!大変です!」


姫花は相変わらず、スマホに映る天の川の写真に目を向けたままだった。


しびれを切らした橋本が姫花の席の近くまでやってきて、そっと肩をたたく。


姫花は橋本に気づき、スマホに向けていた視線を後輩に向ける。


橋本:「織田主任、デザイナーの野川さんから先日の打ち合わせで、Orihimeとの方向性の違いを感じたらしく契約解除したいとの申し出がありました。」


姫花:「へぇ、そうなんだ。仕方ないね。代わりになるデザイナーなんていくらでもいるじゃない。」


橋本:「野川さんは主任の対応にも不満があったみたいです。」


姫花:「何よ!私の責任だと言いたいの!」


橋本:「すみません、私は事実をお伝えしているだけです。一度、部長に相談してみます。」


橋本はそう言うとその場を去っていった。


橋本 (最近、主任の様子がおかしい。どうしちゃったのかな?)


***


橋本:「鳥谷部長、デザイナーの野川さんから契約解除の申し出がありました。」


鳥谷:「突然どうしてだ。」


橋本:「Orihimeとの方向性の違いとあと織田主任の対応に不満があったみたいで…」


鳥谷:「織田くんか…、珍しいね。何か問題でもあったの?」


橋本:「野川さんの提案に対し、Orihimeのコンセプトに合わないと一方的に打ち切ってしまったんです。」


鳥谷:「そうか、ただ野川さんはこれからデザイン界を担う才能があると社長が仰っていたからな。何とかしないと。」


鳥谷:「それにしても最近の織田くんは様子がおかしい。心苦しいがこの件は社長にも報告しておくよ。」


***


鳥谷部長は社長室で天人社長に今回の件の一部始終を報告した。


報告を聞いた天人の顔色はみるみるうちに変わり、たちまち怒りの表情に満ちた。


天人 (まさか、星夜くんへの恋心で仕事に支障をきたしているとはな。)


「すみません、社長。姫花さんのこれまでの貢献は文句のつけようがありません。でも最近はどうも様子がおかしいんです。」


「鳥谷くんすまないな。今後、野川さんには君と橋本くんで対応してくれ。必ず織田主任を謝罪に向かわせる。」


「畏まりました。」


鳥谷が部屋を出た後、天人は彦野に電話をかけた。


天人:「彦野。星夜くんは最近どうかな?」


彦野:「それが、姫花ちゃんにゾッコンといったところか。毎日、会いに行ってるよ。」


彦野:「仲良くするのは良いが、星夜は仕事が手につかないのか最近は保護者からのクレームも増えているそうだ。」


天人:「星夜くんもか。実はうちの姫花も同じ状況なんだ。」


彦野:「恋愛慣れしてないとはいえ、仕事に悪い影響が出てくるとはな。」


天人:「わかった。ありがとう。俺に考えがある。」


電話を終えた天人が姫花を社長室に呼び出した。


姫花:「失礼します。社長、お呼びでしょうか。」


天人:「織田主任。野川さんとのことについてだが、先方が君の態度に不満を持っているそうだ。」


姫花:「はい、すみません。今後気をつけます。」


(デートを優先したけれど、確かにあの時はもう少し話をするべきだったかもしれない。)


天人:「すまないがすぐに謝罪に出向いてくれ。」


姫花:「でも社長。野川さんのデザインはOrihimeらしいデザインではないと思うんです。」


天人:「そのとおりだ。ただ私には野川さんのデザインには今までのOrihimeにはない可能性が秘められていると感じている。」


姫花は納得いかない表情をしていた。


姫花:「分かりました。社長がそこまでおっしゃるなら謝罪に向います。」


姫花の返事を聞いた後、天人は冷たく業務的な態度を崩さないまま、迷うことなく姫花に告げた。


天人:「それと、織田主任。これからOrihimeは新たな展開を迎える。」


姫花は急な話題の変更に戸惑った。


天人:「私の知り合いがミラノにいる。Orihimeの今後のことを考えて、君にはぜひ2年間、ミラノで会社のブランド戦略について学んできてもらいたい。」


姫花は驚きのあまり、言葉を失った。


いや、それ以上に星夜に会えないということが彼女の頭を駆け巡った。


姫花:「ちょっと待って!野川さんには謝罪に向かうと言ったでしょう!」


姫花:「わかった!私が星夜くんのことで頭がいっぱいで仕事でミスしたからでしょ!」


天人:「星夜くんのこととは何のことだ?これは仕事の話だ。私情を持ち込むな。」


天人の目が明後日の方向を向いていた。


これは父の昔からの癖で嘘をついている時の目だ。


姫花はこれ以上、天人と話す意味はないと感じて、返事もせずに社長室を後にした。

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