第2話 主人公とモブ

 昨日の花咲さんとの会話で少し気になった事を前の席のタケシに聞いてみた。




「なぁ、タケシ。アオって生徒知ってるか? 彼は何か部活でもやってるのか?」




「アオ? あぁ、花咲さんの幼馴染のアイツか。今年になっていきなりサッカー部に入ってな。そのくせやたら上手くて、みんなアイツに自分のポジション奪われるんじゃないかってビビってるよ!」 




 タケシは中学時代からの友人だ。俺と友達になる前からサッカーをやっていて、素人の俺からすれば凄い実力者だ。何度か遊び感覚で一緒にサッカーをやった事があるが、一度もボールを奪えず、逆にこっちのボールは簡単に取られてしまう。高校生になってからはサッカーに専念する為に遊ぶ機会は減っているが、それでも友達な事に変わりない。




「お前も自分のポジションを奪われるかビビってるのか?」




「どうだろうな。今は俺の方が上手いが、後々どうなるか分からん。仮にポジションを奪われても、チームに貢献してくれるのなら喜んで受け入れるさ。サッカーってほら、チーム競技だろ? 自分の成績も大事だけどさ、一番大事なのはチームが勝つかどうか。その為には個人の上手さと別に、協調性とか判断力が必要なわけだ。要するに、新入部員のアイツがすぐにスタメン入りってのは現実的じゃない」




「流石はエース。手厳しいね」




「まぁ、俺がスタメン選手を決めるわけじゃないからな。決めるのは監督だ。今度練習試合があってさ、そこで試しにアオをスタメンで入れるかもしれない。だから俺も、時折アイツの練習に付き合ってんだよ。他の奴も俺と同じくらいアイツと接してほしいもんだがね」




 学生の部活といえど、やはり自分が活躍する場を奪われたくないのだろう。タケシのように有望株を率先して育てようとする奴は、よほどの自信と実力がなければ出来ない。




 やっぱり部活動をしてなくて正解だったな。部活で頑張ってる彼らには申し訳ないけど、なんだか蹴落としあいみたいで凄く醜いじゃないか。 




「あ、そうだ! お前もサッカー部に入れよ!」




「え? 俺? 俺はいいよ……」




「なんでだよ! お前結構素質あるぜ? 今から入部して頑張れば、ワンチャンスタメン入り出来るかもな」




「無理無理。だって俺、お前にトラウマを植え付けられたからな」




「そりゃ俺が相手だったからな。でも俺以外の連中相手なら、良い勝負出来るさ」




「どれだけ煽てたって入らないよ。でも試合の応援は行くよ。行けたらね」




「おう! デカい声で俺達を応援してくれよな!」




 やっぱりタケシは良い奴だ。陽気で人当り良く、それでいて真剣さを持ってる。これで今まで彼女一人も出来た事も無いのだから、不思議なものだ。




「なぁ、タケシ。お前は彼女とか作らないのか?」




「彼女~? ハハハ! なんだよお前! まるで俺のママみたいな事言うな! お前なら分かってるだろ。俺はサッカー一筋だ。何よりもサッカーを優先する男だ。そんな奴と付き合わせちまったら、寂しい思いさせるだろ? だから、俺は彼女は作らない。お前みたいな友がいるだけで、十分過ぎるほど幸せさ」




「じゃあお前がプロになったら、俺が嫁入りしてやるよ。ちゃんと養ってくれよ?」




「養う養う! その代わり、毎日マッサージを欠かさずにやってくれよな」




「オッケー。プロレス技練習しとくわ」




「あ~、やっぱいいや……」


 


 すると、廊下側から悲鳴にも似た歓声が聞こえてきた。振り向くと、廊下を歩いている一人の男子に女子がメロついていた。声量からして、隣のクラスも同じ状況だろう。歓声を浴びている男子が着ているジャージは、土で汚れていた。




「アイツ、一人で朝練やってたのか?」




 タケシの言葉から察するに、彼が花咲さんの幼馴染のアオなのか。パッとでしか見えなかったが、女子に人気が出そうな可愛い顔をしてた気がする。




「あれがアオ?」




「ああ。にしても、一人で朝練か……」




「お前は行かなくてよかったのか?」




「いや、俺達は基本的に朝練はしない。やってもいいが、その時は最低二人はいないと駄目でな。一人で練習したって、あんまり良くないんだよ」




「なんで一人だと思ったんだ?」




「……今見た通り、アイツ、女子に人気だろ? それでいてサッカーも上手い。そういう奴ってのは、毛嫌いされちまうもんなんだ。現に何人かの部員は、アイツが女子の歓声を浴びる為にサッカー部に入部したと思ってる。嫉妬してんだよ」




 アオが廊下から姿を消しても、女子の熱は冷めてはいなかった。それぞれのグループでヒソヒソと話しながら、時折身震いしている。




 そんな彼女達の中で、アオの恋人である花咲さんだけが、苦笑いを浮かべていた。

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