大騒動!京洛大始末!

阿弥陀乃トンマージ

はじまりはじまり

「……うん? ここは……?」


 女子高生が目を開けると、そこには奇妙な光景が広がっていた。時代劇などで見かけたような京の都の街並みが目の前にあったからである。


「えっと……」


 女子高生は自らの鼻の頭をポリポリと掻く。


「私は確か……」


「おおい! どけどけ! 邪魔だ!」


「えっ!? きゃっ!?」


 女子高生と東の方角から来た男が派手にぶつかる。女子高生はたまらず尻餅をついてしまう。男も体勢を崩し、膝をつく。


「ちいっ! 邪魔だって言ったろうが!」


「な、なによ、アンタ!?」


 女子高生が男を睨む。


「ああん……? おおっ、絶景かな……」


 男が女子高生の短いスカートから覗く白い太ももを見て、だらしなく鼻の下を伸ばす。


「ど、どこ見てんのよ!?」


 女子高生は慌ててスカートを抑えながら立ち上がる。


「む、娘っ子! お前さんこそなんだ! その珍妙な恰好は!?」


「これは学校の制服よ!」


「せいふく~?」


「ってか、アンタこそなんて格好よ!?」


 女子高生が男を指差す。その男は豪華などてらとビロードの着物を身に羽織っていた。


「これか? よく似合っているだろう?」


 男は背筋を伸ばす。細身ではあるが、よくひきしまった体をしている。


「に、似合っているかもしれないけれど……ううん~?」


 女子高生が男をじっと見る。ちょんまげを結ってはいるが月代に当たる部分の毛が爆発したようななんとも不思議な髪型をしている。


「な、なんだ?」


「いや、どこかで見たような……?」


 女子高生が首を傾げる。


「会ったことがあるって?」


「会ったっていうか……」


「女子の方がそんな誘い方をするとはな……」


「はあ?」


「それに応えなきゃ男が廃るってもんだ! よしっ!」


 男が女子高生の手首をガシッと掴む。


「きゃっ!? な、なに!?」


「良い茶店を知ってんだ! 行こうぜ!」


「い、嫌よ!」


「誘ったのはお前さんだろうが!」


「誘ってないわよ!」


「強情だな~そこがまたそそるというか……」


 男がイヤらしい笑みを浮かべる。


「な、なに言ってんのよ!」


「まあまあ……はっ!?」


 男に向かって薙刀が迫る。男は女子高生の手を離し、後ろに一回転して、薙刀をかわす。


「ふん、身軽だな……」


 南の方角から現われた甲冑を着た女が薙刀を構え直す。


「いきなりなにすんだ!」


「娘に乱暴狼藉を働く者を成敗しようとしたまでだ……」


 女が凛々しい切れ長の目を細めて男を睨む。


「な、なんだあ? 女武者か?」


「女武者ではない……名前はきちんとある……」


「へえ、なんて名だい?」


「……貴様如きに名乗る必要はない」


「ああん!? 言ってくれんじゃねえか!?」


 男が懐から平らな鉄製の爪状のものを取り出す。


「く、苦無くない!?」


 女子高生が驚く。


「妙なものを……娘、此方の影に隠れろ……」


 女武者が薙刀を男に向ける。


「えっ、えっ……?」


 女子高生が戸惑う。


「……そこまでだ」


「……!」


「……!!」


 低くよく通る声が西の方角からした。男と女武者が揃ってそちらに視線を向けると、だんだら模様の羽織を身にまとった涼やかな容姿の色男がそこには立っていた。


「えっ、まさか……!?」


 女子高生が信じられないといった様子で自らの口元を両手で抑える。


「この街で好き放題してもらっては困るんだよ……」


「なんだあてめえは!?」


「通りすがりの色男だ」


「ふざけんなよ!」


「ふざけてるのはてめえの髪型だ。なんだ、歌舞伎の真似事か?」


「かぶき? わけわかんねえことを言ってんじゃねえ!」


「酔っ払いか? まあいい、話は屯所で聞こう……そちらの穏やかでない恰好をしているべっぴんさんもな……」


 色男がゆっくりと刀を抜く。女武者も身構える。


「むっ……」


「えっ、それって、もしかして……和泉守兼定いずみのかみのかねさだ!?」


 女子高生が嬌声を上げる。


「! 女だてらに刀の銘を……? 妙だな……そちらのお嬢さんも話を聞かせてもらおうじゃねえか……」


「うっ、しまったかも……」


 女子高生が再び、自らの口元を抑える。色男が呟く。


「てめえら、神妙にしな……」


「偉そうに言うな! 何様だ!」


 男が声を上げる。


「会津中将お預かり、と言えば分かるか?」


 色男が淡々と答える。


「中将? 此方が従うのは旭将軍のみ……」


 女武者が薙刀の刃先を色男に向け、男にも横目で睨みを利かせる。


「まあまあ、お待ちください……」


「!」


「!!」


「!?」


「きゃあっ!?」


 四人の間に小さな青白く燃える火の玉が何個も通り過ぎる。


「な、なんだこりゃあ!?」


「これは失礼……少々威嚇しました。術の力で……」


 北の方角から、真白な狩衣を羽織り、水色の指貫を穿いた小柄な男性が歩いてくる。頭には烏帽子を被っている。


「……ただの神主じゃねえな? この火の玉、てめえの仕業だろう?」


 色男が男性を睨む。


「そうでございますねえ、ただ、当方は神職ではなく、陰陽寮に身を置く、陰陽師でございます」


「ああん!? なにをわけの分からねえことを……!」


「歌舞伎かぶれは黙っていろ……」


 色男が剣先を男性に向ける。


「ああん! 色男! さっきからケンカを売っていやがるよなあ! まあ、それはひとまず置いてだ! おめえさんはなんだ!?」


 男も苦無を男性に向ける。


「あのお方の邪魔をするのならば、神主さんも痛い目を見てもらう……!」


 女武者も薙刀の刃先を男性に向ける。


「は、ははは……これはちょっとした思い違い。奇妙な火の玉を見ても、戦意を衰えさせるどころか、意気軒昂ではありませんか。いやいや、これは参った参った……」


 男性は神主が神事で用いる笏を取り出して、自らの額に額にポンと当てて、困ったという様子で苦笑してしまう。


「……」


「………」


「…………」


「……………」


 四人が対峙する。やや間を置いて、女子高生が声を上げる。


「はいは~い! 注目~!」


 女子高生に注目が集まる。


「な、なんだ?」


「東から来た、アンタは天下御免の大泥棒! 石川五右衛門いしかわごえもんさんだね!?」


「! へえ、よく知ってるな……」


 五右衛門と呼ばれた男が胸を張る。


「そして南から来たのは、男勝りの女武者! 巴御前ともえごぜんでございますね!?」


「!! いかにも……」


 巴御前と呼ばれた女武者が薙刀を収める。


「西から来たのは、新選組鬼の副長! 土方歳三ひじかたとしぞうさんでございますね!?」


「!? 妙に詳しいな……」


 土方と呼ばれた色男は周囲を警戒しつつ、剣を鞘に納める。


「北から来たのは、高名なる陰陽師! 安倍晴明あべのせいめいさまでございますね!?」


「ふむ……」


 晴明と呼ばれた男性は大人しくその場に立つ。


「この街、京に似ているけれど、どこかおかしい! 変!」


 女子高生が声を上げる。


「変だと? そういうのはオイラの頭で間に合っているんじゃねえのか? ……って、やかましいわ!」


「五右衛門さん、そういうの今いらないから……!」


「あ、ああ、そうか、すまねえ……」


 女子高生に注意されて、五右衛門は萎縮してしまう。


「ふむ、その可能性については、私もさきほどから感じていました。京洛を思わせるような街並みですが、どこか異なっている。これはどういうことか? 説明出来ますか?」


 晴明が女子高生に尋ねる。


「あくまでも仮の考えですが……」


「構いません」


「お四方、生まれはもちろん、活躍した時代・時期もまったくのバラバラなんです。強いていうならば、京で数ヶ月間、もしくは数十年間と、開きこそありますが、活動をなさっている……!」


「ふむ……」


 晴明が顎をさする。


「つまりは……どういうことだ?」


「オイラに聞くなよ!」


 巴御前と五右衛門がお互いの顔を見合わせる。


「巴御前、石川五右衛門、俺はあんたらの最後を知っている……」


「な、なにっ!?」


「そ、それは本当かよ!?」


 土方の言葉に巴と五右衛門が狼狽する。


「あんたらよりも大分後になって生まれたものでな……」


「土方殿、他にはなにか?」


「……どことなく街の雰囲気もおかしいと思っていた」


 晴明の問いに土方が答える。晴明が頷く。


「そう、この街は私たちがそれぞれ知っている京洛ではありません……よく似た街、いいえ、空間に迷い込んだと考えれば良いでしょう」


「迷い込んだ……」


「どこかで状況を整理する必要があります。土方殿、あなたのおっしゃった屯所とやらにお邪魔しても構いませんか?」


「……断ってもついてくるだろう。まあいいさ。ついてきな」


 歩き出す土方に皆ついていく。


「それにしても……!」


「気になることがある……!」


「聞くのを忘れていたぜ!」


「はっきりしておかなければな……!」


 晴明、土方、五右衛門、巴御前が一斉に女子高生の方に振り向く。


「え、ええっ!?」


「……何者です?」「どこの藩の娘だ?」「追っ手のくのいちか?」「そんな恰好では脚を冷やしてしまうぞ?」


 四人から一斉に質問攻めにあった女子高生は簡潔に自己紹介をする。


桜 真尋さくら まひろ……ごくごく普通の歴女れきじょです……!」


 真尋はほとんど泣きそうになりながら、自らの名前と趣味属性を告げる。後半については余計な情報だったかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る