兄妹共に仲良し殺し~伝説の殺し屋に憧れた俺、妹に仕事を奪われる~

新田トニー

第1話

「それじゃあ誰から言いたい?」


 とあるビルの一室で、髭をかなり濃く生やした痩せ形の男が語り掛けるような優しい声で言った。話しかけられた人々は老若男女、様々な人間達だった。そんな性別や年齢が違う人間達に共通していたのは、どれも全員、死んだ魚のような目をしていたことだった。彼等は椅子で丸く囲み、お互いが見えるような形で座っていた。

「だれもいないか……じゃあ今日は僕から行かせてもらおうかな」


 最初に声を出した髭面の男が仕方ない、という雰囲気で顔を上げながら言った。


「僕はこの業界に入って二年になる。未だに無名だけど、僕はこの仕事に向いてるって思ってたんだ。自由気ままに好きな時に仕事が出来る。人間関係に煩わされる事もないから。でも、ある時依頼が来てね、依頼してきたのは若い女で、浮気された挙句口汚く罵って自分を捨てた男を殺して欲しいって依頼だった」


 髭面の男は思い出すように時々上を向いて話す。顎髭を触り、じょりじょりという音が無音の室内に小さく響く。


「僕はすぐに引き受けた。殺されて当然な男を殺して金をもらえるんだから、こんなに良い仕事はない、ってその時は思ってた。それで実際にその男を殺した。夜の公園で絞殺したんだ。血は浴びたくなかったからね。殺害方法は特に指定されていなかった」


 髭面の男はそこまで話すと、今度は憂鬱そうな面持ちで下を向いた。


「それからしばらく経ったある日、僕はその公園を通った。そしたらおばさんが俺に話しかけて来たんだ。『ウチの息子を見ませんでしたか?』って」


 髭面の男がそう言うと、周りの人々はハッと息を呑んだ。


「そう、その人は僕が殺した男の母親だった。今でも彼女の不安に押しつぶされたような顔は忘れられない。寝ても覚めても、脳裏にちらついて仕方がないんだ。それから僕は仕事をするのが怖くなった。休業して一年になる。アイデンティティだった僕の殺しの腕はロクに機能しなくなった。これからどうなるのか、分からなくてとても怖いよ」


 髭面の男が言い終わると話を聞いていた人間達のほとんどが男を慰め始めた。「分かるよ」

「辛かったわね」「よく話してくれた」などの言葉が出てきた。その言葉に髭面の男は「ありがとう、ありがとう」と感謝を述べていた。それを皮切りに、他の人間達はそれぞれの自分の悩みを共有し始めた。二時間半ほど時間が過ぎ、ほとんどの人間が話を終え、残り一人となった。


「それじゃあ最後はキミかい?名前は……」

「いや、名前は重要じゃない。知り合いに紹介されて仕方なく来ただけなのもあるが、ついでに今日はストレスを吐き出す為に来た」

 最後の男はぶっきらぼうな口調で言った。その男は他の人間達と比べてめそめそしていたり、下を俯いていたりはしなかった。背は高く、顔つきは険しく堂々としており、身体は服の上から浮かび上がるほど鍛え上げられ、肉体から自信が漏れ出ていると錯覚してしまう程の筋肉量だった。


「そうか。そもそもここはそのための場だ。構わないよ」


「あぁ。俺はお前らの中じゃ一番上のプロだ。本来ならこんなしみったれたグループセラピ―会場にいるべき人間じゃない」


 開口一番にいきなりそう宣言した男は腕を組み、背もたれに背を着けて顎を上に向けていた。


「じゃあなぜここに?」


 髭面の男がそう聞くと男は一瞬黙り、そして再び口を開いた。


「…俺は二年前に俺の今後のキャリアを左右する重要な仕事を任された。だが、失敗した」


 男がそういうと周りの人間達は「誰にだってある」「仕方ない」「そういう時もある」と励ましの言葉を男に送った。


「やめろ!慰めるな!俺の腕が劣っていたから失敗したわけじゃない!」


 男は即座に否定した。


「どういうことだい?」

「別の業者が俺の標的を先に奪ったんだ」


 男がそう言うと、他の人間達は「僕もやられたよ」「よくあることさ」「君は一人じゃない」と方々からさらなる励ましの声が上がって来た。


「だからやめろや!励ますな!余計惨めになるだろ!」


 男は耳を塞ぎ叫んだ。頑なに彼等の声を聴こうとはせず、うんざりとしたような疲労感がどっと出ていた。


「でも、他の業者に仕事を奪われるなんてこの業界じゃ珍しいことじゃないよ。そんなに悩まなくてもいいんじゃないかい?」


 髭面の男が男に対してそう聞くと、男は「ふんっ」と鼻で笑った。


「その業者が中学三年生の女のガキでもか?」


 男が自嘲気味に言うと、一瞬場が凍った。中学生が殺し屋?と疑問が顔に浮き出ていた。

「俺より年下の、しかも女に獲物を取られた時の屈辱が分かるか?それだけじゃない、そのガキは──」


 男は言い終える前に一呼吸置く。躊躇うかのような表情だったが、「ハァ」とため息を吐きながら言葉を紡いだ。


「よりにもよってそのガキは俺の…俺の妹だったんだ」

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