第23話 それは意外な一面すぎる。②
黒髪ボブにメガネの女子、
入学当初から、ナマモノカプ妄想のネタにしていたクラスメイトの一人だ。
今、その花岡さんに話しかけられている。
正直すごく気まずい。
「どうか……しましたか?」
「あーえっとね、さっき如月さんたちが華奈ちゃんと揉めてたのを見たから、気になって」
……華奈ちゃん?
「たぶん文化祭のことですよね? なら私も無関係じゃないし、教えてもらえるとうれしい……かな」
花岡さんは真剣な表情で、机に身を乗り出してくる。
「は、はい。城崎さんと方針がちょっと合わなくて……」
「出し物の方針?」
「演劇をやりたいんです。女の子同士のラブロマンスで――」
「なるほど『百合』ですね。いいと思います」
その瞬間、彼女のメガネがきらりと光った気がした。
というか百合に理解ある人多すぎじゃない? 聖さんみたいな人の方がマイノリティなのでは。
「でも城崎さんは、こころちゃんを嫌ってるみたいで」
「……犬塚さん、ですか」
表情がわずかに曇る。
きっと、噂のせいだ。でもそれを口にしないあたり、優しいのかもしれない。
「あの……花岡さんは、城崎さんとどういう関係なんですか?」
「……あ、言ってませんでしたね。華奈ちゃんとは中学が同じなんです」
うん、そんな気はしてた。
関係も深そうだしもっと話を聞いてみよう。
「じゃあ、城崎さんのこともっと教えてもらえませんか? 私たち、城崎さんのこと何も知らなくて……でもちゃんと話し合いたいんです」
そう言うと花岡さんは少し目を細めて、胸に手を当てる。
何か、大事なものをそっと取り出すように。
「……華奈ちゃんは、昔はもっと大人しい子でした。今みたいに派手でも、怖くもなかったんです」
「そ、そうなんですか」
「はい。そして――」
花岡さんは、少し呼吸を整えて、低く呟いた。
「……華奈ちゃんには、彼女がいました」
「えっ、か、かのじょ……!?」
「はい。女の子です」
「じゃあ今は……」
「中学三年生の秋に別れました」
その言葉は、冷たく、鋭く突き刺さった。
私は思わず目を伏せてしまう。
「……ある時ふたりの関係がクラスの中心人物に知られてしまって、それからずっとからかわれ続けていたんです。ちょうど今の犬塚さんのような子たちに」
花岡さんの声は震えていた。
語るたびに、当時の痛みが滲み出るようだった。
「華奈ちゃん、目立たなかったけど、綺麗だったんです。だから、妬まれたのかもしれません」
それって、今ここで城崎さんがこころちゃんにやってることと、同じじゃ――
「つまり、こころちゃんにその時の彼女を重ねて……?」
「仕返しとかじゃなくて……たぶん、怖いだけなんです」
――――『アンタみたいなのは、いつもそうだ』
あの言葉が脳裏によみがえる。
城崎さんにとって、『百合』は一度壊されたものだった。
それを壊した存在とこころちゃんが、同じ匂いを持っていたことに耐えられなかったんだ。
無意識に強く握っていた拳を緩めた時、花岡さんがやわらかく語りかけてきた。
「私、演劇というアイデアはすごく素敵だと思います。うまくいけばきっと、たくさんの人の心を動かせると思う。そうすれば……華奈ちゃんが恐れてることも、起きづらくなると思うから」
「花岡さん……」
その言葉が静かに胸に染みていく。
「だから如月さん。お願いです。どうか華奈ちゃんと、ちゃんと向き合って……助けてあげてください」
その眼差しはかすかに揺れながらも、どこか祈るようだった。
城崎さんはこころちゃんのことを誤解している。
でも、私たちも――城崎さんについて誤解していた。
好きという想いの本質は、通じ合えるはずなんだ。
「……わかりました。でも、どうしてそこまで城崎さんのことを?」
たずねると、花岡さんは小さく息を吐き、手をぎゅっと握った。
「――――大切な友達ですから」
その言葉に込めた意味を隠すように、彼女はふわりと微笑んだ。
私はもうじっとしていられなかった。
立ち上がると、花岡さんは満足げに頷いてくれる。
「でも、どうしてそんな重要な話を私なんかに?」
最後にそう問うと、彼女のメガネがまた、ぴかりと光った。
「波動を、感じただけですよ」
……それ、私以外にもわかるんだ。
△▼△▼△
昼休み終了まで、残り十分。
私はD組でこころちゃんを回収し、校内を駆け回っていた。
「こころちゃん、やることはわかった?」
「うん。あたしたちの気持ち、全部ぶつければいいんでしょ!」
「……まぁ、だいたいそういうことだね」
「よぅし。あたし、告白の練習だと思って頑張る!!」
そして今私たちは、城崎さんを探して走っている。
「それにしてみびっくりだよ。まさか城崎さんが――――あっ!!」
「わっ!?」
中庭前でこころちゃんが急に止まったので、私は思いきり突っ込んでしまった。
「城崎さんっ!! 話があるの!!」
ふらつきながら前を見ると、噴水の縁に腰掛けている城崎さんの姿があった。
髪を乱しながら立ち上がり、私たちに向かって歩き出す。
「……はぁ、ダルいけどまあいいや。アタシも話あるし。――如月にね」
「な、なにそれ!? あたしとは話してくれないの!?」
跳ねるように怒るこころちゃんを横目に、城崎さんは私だけをじっと見ている。
薄暗い百合の波動を感じた。
ほんと何なんだこれ。
でも、もう迷ってる場合じゃない。
「で、如月。話ってなんだよ?」
私はこぶしを握りしめ、深く息を吸った。
「――――城崎さん、『好き』です」
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