第7話
全国大会が終わり、10月に開催される国体を目標に和人たちは稽古に明けくれる毎日を送っていた。8月中旬、お盆休みを前に暑さは最盛期を迎え、蝉の鳴き声が響く中和人の実家ではいつもと違う空気が流れていた。
東京の両国にある相撲部屋の一つ、潮見部屋の親方が新弟子スカウトのために和人の家を訪れることになっていたからだ。午後、玄関のチャイムが鳴ると和人の母が出迎えに向かった。家の前にはがっしりとした体格の親方が立っていた。
「ごめんください。佐藤さんのお宅はこちらでしょうか?」
玄関の外から親方の声が響く。和人の母は少し緊張しながらも笑顔で答えた。
「はい、こんにちは。どうぞどうぞ、お入りください」
親方は頭を下げ、重々しい足取りで玄関に入った。福岡の蒸し暑い空気が家の中に漂う中、親方はその雰囲気にも動じることなく、堂々とした様子で和人の母に挨拶をした。
「はい。お邪魔いたします」
母は親方を居間へ案内し、和人も緊張しながら後ろからついていった。居間に通された親方は改めて深く頭を下げて座った。
「あっ、どうぞこちらへ…」
「どうもありがとうございます。お母さん、おかまいなく」
しばらくして親方が和人の方をじっと見つめ、口を開いた。
「和人くん、先日の中学生の相撲大会は素晴らしい成績でした。私も会場で拝見させていただきましたよ」
その言葉に和人は驚いた。自分の取組が親方に見られていたとは思ってもみなかったのだ。緊張しつつも和人は深く礼をした。
「ありがとうございます!」
親方は微笑みながら頷き、続けた。
「あの勝負を決めた上手投げ、すばらしかったよ。かなり大きな相手だったがひるまずに当たりにいったところ、感動した」
和人はさらに驚き、まさか親方が自分の取組を具体的に覚えているとは思ってもみなかった。心からの感謝と喜びが混じり合い、和人の顔には自然と笑みが浮かんだ。
「見てくださっていたんですね!ありがとうございます!」
和人の母は緊張をほぐすように優しく微笑みながらお茶を運んできた。お盆にのせた湯呑をそっとテーブルの前に置き、親方に向かって軽く頭を下げた。
「どうぞお茶をお召し上がりください。冷たいお茶もありますが…」
「お気遣いありがとうございます。あたたかいお茶が嬉しいですよ。…うん、おいしい」
親方は一礼し、湯呑を手に取った。そして和人に視線を戻し、さらに優しく語りかける。
「今日は君のこれからの話がしたくてね。お父さんお母さん、ご家族を交えてしっかりお話をさせてほしいと思っています」
「ありがとうございます!主人ももうすぐ帰ってくるので、ぜひ一緒にお話を聞かせてもらいたいです」
和人の母はほっとした表情で伝えた。すると親方は笑みを浮かべ、バッグから手土産を取り出した。
「ではお母さん、まずは東京名物のひよ子というお菓子をどうぞ」
「まぁ、ありがとうございます」
母は驚きながらも笑顔で受け取り、ひよ子を大事そうにお盆に置いた。親方の心配りに感謝しながら再び腰掛けた。和人はそのやり取りを静かに見守りつつ、これからの話がどのように進むのか、胸の高鳴りを感じていた。
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