第3話 厄介払いの転入生


登録から一年が経った。


悠斗のレベルは、ようやく「4」になったばかりだった。

普通なら、ギルド登録から一月もあればレベル10に届いていてもおかしくない。

しかし悠斗には、ギルド史上前例のない“二つの不利スキル”が同時発現していた。


獲得経験値減少。

必要経験値増加。


この二つが互いに乗算され、事実上“百倍以上”の努力を要求する。

誰が見ても絶望的だとわかる条件で、悠斗は黙々と一年を過ごし、ようやくレベル4に到達しただけだった。


だが、それでも諦めるわけにはいかない。

街中にさえ漏れ魔物が現れる時代、最低限として求められるレベル10到達は義務であり、途中放棄は許されない。放棄すれば保護対象から外れ、自衛できない者として死と隣り合わせになる。


どれだけ遅くとも、どれだけ時間がかかろうとも、到達しなければいけない。


そんな悠斗を、一年間ずっと指導してきたのがギルド教官の凜だった。

若くして教官となった才媛で、厳しさと温かさを兼ね備え、初心者たちから絶大な信頼を得ている。


その凜が春の日、悠斗を呼び出して言った。


「今日から、あなたと同じ“特別ケース”を二人、私の担当に迎えることになった」


「特別ケース、ですか?」


嫌でも身構えてしまう。


凜は、机に二枚の転入資料を置いた。


一人はみお。広島からの転入。スキルは“獲得経験値減少”。

もう一人は沙耶さや。静岡からの転入。スキルは“必要経験値増加”。


悠斗は息を呑んだ。


「この二つって、俺と同じ」


「そう、あなたと同じ種類の不利スキル。そして二人とも登録した地元ギルドから厄介払いのような形で送られてきた」


凜は淡々としながらも、どこか怒りをにじませていた。


「指導に時間がかかる、予算もかさむ、誰も担当したがらない。だから押し付けられたのよ」


「そんな」


「でも、断れなかった。あなたを一年見てきてわかったの。

 不利スキルを持っていても、努力する人は切り捨ててはいけない」


悠斗は静かにうなずいた。


「俺でよければ力になります」


凜は微笑み、安心したように息をついた。


「ありがとう。あなたならそう言ってくれると思っていた」


***


翌日、ギルドの小会議室。

おずおずと扉を開いた二人の少女が入ってきた。


「あの、広島から来ました、澪です」


「静岡から転入してきました。さ、沙耶です」


二人とも怯えたように肩をすぼめていた。

地元ギルドでの扱いがどれほどだったのか、その表情が物語っている。


凜は柔らかな笑みを浮かべたまま、指導者特有の凛とした声で迎えた。


「ここでは誰もあなたたちを押し付けたりはしないわ。私のもとで、しっかり力をつけましょう」


二人の顔に、ほんの少し安堵が浮かぶ。


凜は続けて悠斗を紹介した。


「こちらは悠斗。あなたたちより一年先に登録した先輩。

 そして、“二つの不利スキルを同時に持つ”唯一の例でもあるわ」


「二つ?」


澪と沙耶が同時に息をのんだ。


悠斗は苦笑いしながら、手を挙げた。


「まあ、そのせいで一年やってもレベル4ですけどね」


だが、二人の反応は予想外だった。


「一年で、4?」


「すごい、そんなに?」


「え、すごいのか?」


思わず凜を見る。

凜はおかしそうに笑った。


「当たり前よ。経験値が十分の一、必要量が十倍。

 それで一年粘って4まで上げた努力は、普通の子が10を超えるよりずっと大変」


澪と沙耶は、希望を見つけたように目を輝かせた。


「わたし、がんばります」


「私も、絶対に続けます」


その瞳を見て、悠斗の中の何かが少しだけ軽くなる。


***


三人の合同訓練は、その日から始まった。


最初はぎこちなく、まるで初心者だけのパーティーのようだった。

だが、時間が経つにつれて、凜の表情が奇妙に険しくなっていった。


「おかしいわね」


手帳を片手に、彼女は何度も三人の動きを追いながらつぶやく。


「俺たち、何かミスしてます?」


「いいえ。むしろ逆よ」


凜は訓練室の床に片膝をつき、三人の呼吸と動作をじっと観察した。


「澪、沙耶、悠斗、三人が揃うと全員の動きが異常なほど良くなっている」


「異常ですか?」


「ええ。普通、このレベル帯の初心者が見せる動きじゃない」


凜は手帳に書き込んだ数値を見せた。


「澪と沙耶は、自分のレベルの“5倍”。

 悠斗は、“25倍”。」


「二十五倍!?」


悠斗が叫んだ。


「ちょっと待ってください、レベル4の俺がレベル100相当?」


「正確に言えば、反応速度や運動能力の換算だから“総合戦闘力”ではないけれど、それでも規格外ね」


凜は真剣な表情で続ける。


「この現象は、不利スキル同士の“逆干渉”。

 互いの欠落が、三人揃うことで“補完”されているように見える」


澪は小さく震えながら聞いた。


「じゃ、じゃあ三人で組めば、」


「普通の初心者より、ずっと強いわ。

 レベルが低くても、それ以上の動きができる」


沙耶の目が潤む。


「こんな、夢みたいな話が」


だが――凜はきっぱりと声を潜めた。


「ただし。このことはギルドの上層部以外には絶対に漏らしてはだめ」


三人は揃って息をのんだ。


「え、秘密にですか?」


「当然よ。こんな異常な“スキル干渉”が知られたら、周囲から何をされるかわからない。

 研究対象にされるか、利用されるか、どちらにしろ、あなたたちの自由が奪われる」


凜は三人を守るように言った。


「だから、今日見たことは全部、口外禁止。

 訓練も私の直接管理下で行う。

 ギルド上層部には私から報告するけれど、他の誰にも言ってはいけない」


三人は黙って頷いた。


沈黙ののち、悠斗が口を開いた。


「つまり、三人なら十レベルまで行ける可能性があるってことですよね」


「ええ。むしろ、三人でなければたどり着けないでしょうね」


凜の声には確かな信念があった。


「三人で、必ず十レベルに到達する。

 それがあなたたちの、そして私の使命よ」


澪は涙をにじませながら言った。


「がんばります、絶対に」


沙耶も拳を握った。


「三人で、生き残ります」


悠斗は、二人の横に立つ凛を見ながらゆっくりとうなずいた。


「三人で行きましょう。

 誰に笑われても、無視されても、俺たちは俺たちの道を作る」


凜は微笑んだ。


「そう。それでいい。

 あなたたちは、“厄介”なんかじゃないわ。

 三人そろって、ようやく“本当の力”になる」


その瞬間、三人は運命的な絆で結ばれた。


――この日生まれた小さなパーティーが、後に多くの人々に“希望”と呼ばれる存在になることを、まだ誰も知らなかった。

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