第11話・〈音羽の日常〉

東京府荏原群玉川村

 穏やかな陽光が天から降り注ぎ、木蒲れ日がまばらな影を生む。日常の悩みがえさり、非日常を感じさせる日常。修らに彼女がいるからそう感じるのであろう。彼女である小嶋潔子(きじまきよこ)の手を取り、辺齢な何もない農道と道路の入り乱れる道を歩いている。ただ、深子さんは気まずそうに黙ってしまっている。今日は特に仕方がないかもしれない。本来ならば神田区の方へ足を延ばす予定であったが、潔子さんの体調が優れず延期としたのだ。

「深子さん、きょ......」

 声を掛けた俺の声は、上ずった潔子さんの声に遮られる。

「ご、ごめんね。楽しみにしていたのに、予定を台無しにしちゃって......」

「ううん、大丈夫。また次の予定を立てれば良いだけだ。体調が悪いのに無理したらそれはそれで体調が悪化するだけの悪循環になってしまう」

「でも、でも......私が病弱じゃなければ。私が......」

 潔子さんは俯き、その足を止める。ああ......足が黒い物に囚われ、翳りが落ちている。深子

さんの両手を優しく包み込み、片膝を付き、彼女の泣きそうになっている顔に出来る最大の笑みを向ける。

「潔子さん。今度、上富坂に呼ぶよ。どんな形で、いつかも未定だけど。神田区より何もないけど、ここより閑静でもない。そこにあるカフェシエルという喫茶店のコーヒーが美味しいんだ。ほら、前話したでしょう?」

「うん......行ってみたい」

「そうだよな。知人が集まっているから、と前は渋った答えをしたが。場所は違えど、これで予定が立った。日程は追って連絡しよう。深子さん、病弱に嘆く必要はない。そういうことをとやかく言うやつは、正直腐るほどいる。だけど、自分の持っているものは全て武器になる。一見不幸に見えることでもね。深子さんは自身の病弱体質から心の痛みを知っている。だから相手の痛みが分かる。そのために誰でも出来るって思う。だが、誰にでも出来ることじゃない。潔子さんに理解を示して受け入れてくれる人は必ずいる。俺はその一人だよ」

「ありがとう......渉さん。うん、そうだね。私、貴方に会えて良かったな」

「......照れるな」

 俺はそつぽを向く。花が咲いたかのような笑い方で胸が苦しくなるから。だけど、俺は彼女へ向きなおす。深子さんはその笑顔のまま、

「ねぇねぇ、その喫茶店って何があるの?」

「あぁ、色々あるぞ。気に入るものが恐らくあるだろうな。洋菓子のケーキとか、クロワッサンなんかもあるよ。因みに俺のお勧めは裏メニュー、花野ブレンドコーヒー。ユウくんがマスター公認で作っているんだ。俺もチサも、師匠も飲み物は大体それ」

「渉さんって、ご友人とかの話をするとき......自分の事を話すみたいに楽しそうに話すよね。見たいな、ご友人たちと一緒にいるところ......」

「そ、そんな顔しているか?......だが、あの二人は弟みたいなものだからな。頑張っている、そんな姿を見ているだけで焙しくなる。ま、会わん方がいいぞ。変人奇人が集って、百鬼夜行になるぞ」

「何それ」と、深子さんが笑って、俺たちは笑い合っていた。陽の元で笑い合う、良い日だ。

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