第8話『ポメ、記録を届けて夕食をごちそうになる』
二層の秘密通路から戻る途中、ノートを咥えたまま歩くと、ギルドの灯りが少しずつ近づいてきた。
夕暮れの街は人通りが多く、犬の姿の俺は自然と視線を集めてしまう。
でも、今日は不思議と恥ずかしさがなかった。胸の奥が温かい。
「ポメ……ただいま。ノート、みつけた」
ギルドの扉を押すと、受付の職員がこちらに気づいて、すぐに目を丸くした。
「Poméさん? そのノートは……」
「ポメ、ひみつみちで、みつけた。まえのひとの……だいじなやつ」
カウンターの上にそっと置くと、職員たちが集まって、ページを慎重にめくっていく。
濁ったライトに照らされながら、古い文字が浮かび上がった。
「……本当に十年前の班の記録だ」
「この部分……“小型生物だけが通れる抜け道”……?」
「まさか犬のハンターに託されるとはね……」
誰も笑わなかった。
バカにする人もいなかった。
ただ、真剣で、温かい目で俺を見てくれた。
「Poméさん。あなたは本当に……大きな発見をしてくれました」
「ポメ、できた? たすかった?」
「もちろんです。あなたは立派なハンターですよ」
その言葉に、胸がふわりと浮くように軽くなった。
思わず尻尾が揺れ、耳がふにゃりと垂れてしまう。
《ポメえらい!》
《犬なのに功績がデカい》
《これは正式登録までもうすぐでは?》
《十年前の記録を犬が回収する物語、優しすぎる》
配信コメントが流れ、気づけば俺の体の震えは喜びに変わっていた。
職員に見送られながらギルドを出る頃には、あたりはすっかり夕暮れ色に染まっていた。
「ポメ……おなか、すいた」
そうつぶやくと、夕焼けの風がどこか懐かしい香りを運んできた。
甘い匂い。
はちみつの匂い。
「……ポメ、いく! ハチミツ亭!」
今日のスポンサーである カフェ・ハチミツ亭 は、街外れの角にある小さなカフェだ。
黄色い灯りがほのかに温かい。
扉をくぐると、ベルが軽く鳴った。
「いらっしゃ……あっ! Poméちゃん!」
エプロン姿の店主がこちらに気づき、満面の笑みを浮かべてくれた。
広いカフェではないが、木のテーブルと蜂蜜色の照明が優しく街の疲れを吸い取ってくれる。
「スポンサー契約の子が来るって聞いてたよ。今日はね、特別メニューを用意してあるんだ」
「ポメ、たべる! たべる!」
「ふふ、元気だねぇ」
店主はキッチンに戻り、しばらくすると小さなお皿を持ってきた。
湯気の立つ、白いごはんと、鶏肉をほぐしたもの。それにほんの少しだけ蜂蜜が香るソースが添えられている。
「犬用にアレンジした“はちみつほぐしごはん”だよ。甘さは控えめにしているから安心してね」
「ポメ……いただきます!」
ひとくち食べた瞬間、鼻から頭にかけて甘い香りがふわりと抜けた。
優しい味。暖炉みたいな味。
疲れがほどけていく。
「おいしい……ポメ、これ、だいすき」
「たくさん食べな。ダンジョンで働く子には、いっぱい食べてほしいよ」
店主の声はどこか懐かしく、家のように温かかった。
コメント欄も和やかに溶けていく。
《ハチミツ亭、優しすぎる》
《これスポンサーというより家族》
《犬用スペシャルメニュー可愛すぎる》
《ポメの“おいしい顔”だけでスパチャしたい》
食べ終わる頃には、体の芯までぽかぽかしていた。
店主がそっと頭を撫でてくれる。
「今日はいい仕事をしたんだってね。ギルドの人が話してたよ」
「ポメ、がんばった……もっと、がんばる」
「うん。君はできる子だよ。応援しているよ」
胸がじんわりと温かくなる。
犬の体は小さいのに、不思議と心は広がっていく。
夕焼けの残る道を帰りながら、ふと思った。
「ポメ……ひとりじゃない。みんな……いる」
ダンジョンも、街も、配信も、スポンサーも。
いろんな優しさが、ポメラニアンの小さな背中を支えてくれている。
明日はもっと強くなれる気がした。
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