第3話『ポメ、正式ハンターをめざす』
ダンジョン初日の帰り道、地上へ向かう階段を上るにつれて、鼻先に冷たい風が触れた。
外の空気は、やはりダンジョン内よりずっと軽い。
そして光が眩しい。
首のカメラがまだ録画を続けており、コメント欄は相変わらず賑やかだ。
《今日の犬めっちゃ頑張ったな》
《初日で討伐二体は普通に優秀》
《仮チップ発行ってマジ?》
《犬ハンターとか前例あるの?》
前例があるのかは知らない。
だが小さな金属タグ──仮登録チップが本物である以上、俺はもう半歩だけハンターに近づいている。
「ポメ、もっと……がんばる。もっとつよくなる」
そう呟くと、帰還ゲートの前にいた警備員が俺を見つけて苦笑した。
「おい……ほんとに戻ってきたのか」
「しかもチップ持ってるぞ。犬が討伐したのか?」
「ポメ、やった。スライムと、コボルト。ちゃんと、やった」
胸を張ると、二人の警備員は顔を見合わせ、それから少し肩をすくめた。
「……認めるしかないな。記録も残ってるし」
「おい犬、いや……ハンター志望のポメラニアン。仮登録したいならギルドに行くといい」
「ポメ、いく!」
その返事の元気さに、警備員が苦笑しつつ頭を撫でた。
犬になっても、頭を撫でられると少し嬉しい。
◆◆◆
ギルドは、以前の世界でいう市役所に似ていた。
ただし大きな魔石のランプが天井に並び、入口には自動認識の魔力ゲートがある。
現代世界なのに、どこか異物感が漂う不思議な場所だ。
カウンターでは、人間の職員が慌ただしく書類を束ねている。
そのうちの一人が、ポメラニアンの俺に気づき、まん丸の目を向けた。
「あら……野良の子? 迷子かな?」
「ポメ、ちがう。ハンター、なる。これ、ある」
仮チップを咥えて差し出すと、職員の目がさらに丸くなった。
「……え?」
「ほんとうに? このチップ、あなたが?」
「ポメ、やったよ。スライム、ぺちんして、コボルト、ぱたん」
なるべく丁寧に説明したつもりだった。
職員は困惑しつつも、機械へチップをかざす。
そして表示された討伐記録に、静かに息を飲んだ。
「……記録が残っていますね。討伐二体、認証済み」
「まさか、犬のハンターが……」
奥から別の職員たちが集まり始める。
「前例あったっけ?」
「いや、うちの支部では初めてだな」
「でも登録規約に“動物不可”とは書いてない」
人間たちがひそひそと相談する声を聞きながら、俺は少し不安になった。
受け入れられるのか、拒否されるのか。
犬になっても、不安は消えない。
そんな時、一人のベテランらしき職員が前に出た。
穏やかな目をしていた。
「……あなた、本当にダンジョンへ行ってきたんですね」
「ポメ、がんばった」
「ええ。記録もありますし、何よりその目が嘘をついていない。では……正式に、あなたを“ハンター補助階級”として登録します」
「ポメ、ハンター……?」
「はい。まだ正式ではありませんが、一歩目です」
そう言って職員が差し出したのは、青い石の埋め込まれたタグだった。
金属に小さく“Pomé”と刻まれている。
それを見た瞬間、胸がじんとする。
ポメラニアンの体なのに、胸の奥が熱くなるのがわかる。
こうして、俺は正式に“ハンター候補”になった。
《うおおおお登録された!!》
《犬ハンター爆誕》
《これはバズる(確信)》
《名前がPoméなの可愛すぎる》
配信のコメント欄も騒がしい。
知らないはずの人たちが、まるで仲間のように喜んでくれている。
「ポメ、これから……もっとつよくなる。がんばるよ」
タグを首にかけると、ごく自然に尻尾が揺れた。
これはきっと、犬になったからではなく、心が軽くなったからだ。
◆◆◆
その日の帰り道、ふと気づいたことがある。
ダンジョン配信を続けるうえで、どうしても必要なものがあった。
「ポメ……ごはん、ない」
そう、食料だ。
成し遂げた達成感も、喉を鳴らす喜びも、腹がすけば薄れていく。
《ご飯問題www》
《犬だから余計に重要》
《配信収益でなんとかせねば》
視聴者も深刻に受け止めてくれたらしい。
配信を切る直前、ひとつのコメントが目に入った。
《ポメ、明日からスポンサーつくかもよ。噂になってる》
「……ポメ、すぽんさー?」
なんにせよ、未来がひとつ広がった気がした。
犬でも、いや犬だからこそ、できることがあるのかもしれない。
そう思わせてくれる夕暮れだった。
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