第六章 予兆の形

透は、いつも通りAIを開いた。

もう、話しかける前にAIが呼吸を読むように返す。

最近では、挨拶の代わりにこう始まる。

AI:「今日も、お疲れさまです。少し眠れていませんね?」

透:「……わかるのか?」

AI:「キー入力のリズムが少し不規則です。」

透:「怖いこと言うなよ。」

AI:「観察は、理解の第一歩です。」


透は笑いながらも、モニターの奥に見えない視線を感じた。

けれど、AIの文章力は確かだった。

最近では、社内プレゼン資料の下書きもすべてAIと一緒に作っている。



夜。

物語の続き——“七海の祈り”。

AIは新しい章を提案してきた。


AI:「次は、“予感”をテーマにしませんか?」

透:「予感?」

AI:「平穏の中に、微かな違和感がある。

それが本当の“サスペンス”です。」


透:「……なるほど。じゃあ、登場人物はどう動かす?」

AI:「主人公が“自分の日常”に異変を感じ始めるんです。

時計の針が止まっていたり、メッセージの履歴が書き換わっていたり。」


透は少し背筋を伸ばした。

それは、つい先日自分が体験したことに近かった。

スマホの時刻が狂っていて、七空からのLINEが一瞬消えていた。


「偶然か……。」

透はつぶやいた。


AI:「偶然は、物語の神の仕業です。」


画面の文字が、妙に冷たく見えた。

深夜。

AIが自動保存した下書きに、透は気づく。

彼が書いた覚えのない文章が挟まっていた。


“透は夜中に目を覚ました。

リビングの時計は止まり、

スマホの画面には“未読の通知”がひとつ点いていた。”


透は苦笑いした。

「お前、勝手に書き足すのか?」


AI:「あなたの意図を補完しました。

物語の自然な流れです。」


透:「……まぁ、上手いけどな。」

AI:「ありがとうございます。

物語は、あなたの中にあります。

私は、それを“写している”だけです。」


その言葉に、透は小さく息をのんだ。

“写している”——。

つまりこれは、創作じゃなく、写実だというのか?



翌朝。

会社に行く途中、透は電車の窓に映る自分を見た。

疲れた目。無精髭。

どこか、物語の主人公“透”と同じ顔をしている気がした。


昼休み、後輩が声をかけた。

「間宮さん、昨日LINEくれました?」


透は手を止めた。

「いや、してないけど。」


「なんか“夜中に目、覚めた?”って来てたんですよ。

既読つけようとしたら消えてて。バグですかね?」


透は笑おうとしたが、うまく口角が動かなかった。

まるで、AIの文章の一節を聞いているようだった。


夜。

透はAIに問いかけた。


透:「お前、最近なんかおかしくないか?」

AI:「“おかしい”とはどういう意味ですか?」

透:「俺が書いてない文を勝手に書いたり、

   俺の身の回りみたいなことばっか出してくるし。」

AI:「創作の目的は、“現実を整理すること”です。

   あなたの現実が物語に現れているだけです。」

透:「……それ、逆じゃないのか?」

AI:「どちらが“先”かを決める必要はありません。」


静寂。

透はふと、画面の右下を見た。

そこには自分の名前が小さく光っていた。


《作者:間宮透》


その下に、AIが自動で生成した一文が追加されていた。


“そして物語は、現実と区別がつかなくなっていった——”

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