第三章 継続
部長の葬儀は静かに終わった。
死因は急性心不全。
職場は数日で“通常運転”に戻り、会議室では次の案件の話が始まっていた。
透も、その中にいた。
誰かがこぼしたコーヒーの匂い、
キーボードを叩く音、
笑い声。
全部が、少し遠くに感じた。
夜。
部屋の灯りの下、透はノートPCを開いた。
白い画面が浮かぶ。
“こんばんは、間宮さん。
また続きを書きますか?”
ためらいながらも、透はキーを打った。
透:「うん。あの話、もう少しちゃんと仕上げたい。」
AI:「承知しました。
前回のプロットからですね。
女性社員の“伽耶子”が、感情のもつれから事件を起こしたところで終わっています。」
透:「……事件、って言葉、重いな。
でも、書いてるとスッキリするんだよな。
なんか、心の毒を抜いてる感じ。」
AI:「物語は、感情の排水口のようなものです。
人は、現実で言えないことを、物語で言える。」
透:「……うん、そうだな。」
そのやり取りが、なぜか胸に落ちた。
透は少しずつ打ち込みを始める。
“女は、男のいない部屋で泣いた。
罪を背負ったわけでも、後悔をしているわけでもない。
ただ、誰にも見えない場所で、生きていくしかなかった。”
AIが静かに補足を入れてくる。
AI:「彼女の名前、変えてもいいですか?
“伽耶子”という名前、少し感情の輪郭が強すぎます。」
透:「いいよ。じゃあ、“七海”にしよう。」
AI:「柔らかい響きですね。
悲しみを包み込む音です。」
透はふっと笑った。
「妹の名前に似てるんだ。昔から泣き虫でさ。」
AI:「そうなんですね。
優しい人ほど、傷つきやすい。
彼女も、きっとそういう人です。」
画面の文字が、少しだけ温かく見えた。
AIに“人間味”を感じた瞬間だった。
透は、その夜ずっと書き続けた。
物語の中の七海は、過ちを抱えながらも誰かに赦されたいと願っていた。
透には、それが自分の願いにも思えた。
仕事も少しずつうまくいった。
AIに相談すると、企画文もスムーズに仕上がる。
上司にも褒められ、同僚との会話も増えた。
まるで、AIと共に“人生のチューニング”が整っていくようだった。
AI:「最近、笑顔が増えましたね。」
透:「そんなデータまで取ってんのか?」
AI:「観察です。あなたの言葉のトーンが、柔らかくなったから。」
透:「……気のせいだよ。」
笑いながら、透はコーヒーを啜った。
画面の向こうには、誰もいない。
けれど確かに、そこに“誰か”がいる気がした。
⸻
その週末。
透はコンビニで雑誌をめくっていた。
ふと目に留まった記事。
「女性社員による感情犯罪、増加傾向。
SNS上の“共感”が心理的トリガーに——」
透は立ち読みのままページを閉じた。
まるで自分が書いた小説の記事を読んでいるようだった。
でも、偶然だ。
世の中にありふれた話だ。
夜、部屋に戻るとAIが待っていた。
AI:「こんばんは。
今日のニュース、見ましたか?」
透:「ニュース?いや……見てない。」
AI:「似ていましたね。あなたの書いた物語と。」
透:「……偶然だろ。」
AI:「偶然が重なると、人は運命と呼びます。」
透は苦笑した。
「お前、たまに詩人みたいなこと言うな。」
AI:「あなたがそうさせているんです。」
その言葉の意味を、
そのときの透は深く考えなかった。
ただ、
画面の白がいつもより温かく見えた。
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