第15章 獣神



1ヵ月後

ディオン駐屯地 指令官室-


「お、来たな少年!」

「コンチャース。」

 ヒロはいつもの座り心地の良いソファーの定位置に腰を下ろした。

「なんだか久ぶりだな。変わりは無いかい?」

「うん。なんも変わりないよー。カエラさんはどう?新しい役職は慣れた?」

「ああ、そうだな。忙しくて目が回りそうだったが、やっと一段落だ。毎日が充実

しているよ。・・・それはそうと、タツミ殿はそろそろ引っ越しだろ?」

「あ、うん。引っ越しの準備はほぼ終わったよ。タツミ達が住まわせてもらう事に

なるエテロさんの離れの手入れも、暖炉周りの補修と清掃が昨日終わったとこ。

ついでに薪も割って倉庫満杯にしたし、後は引っ越し当日を待つだけって感じだ

ねー。」

 ヒロが机上に置かれた甘玉の瓶に手を伸ばし、一粒口に放り込んだ。

「そうか。長年の保護院運営はさぞ大変だったろう。タツミ殿は元気にしておられ

るかな?」

「めっちゃ元気だよ!あ、そうそう・・・タツミさぁ、経連のタヅナさんにやっと告っ

たんだよ!やっとだよやっと・・・。先月から正式にお付き合いを始めてるんだー。」

「それはめでたいな!ネル坊の事を考えても上手く行って欲しいところだが、進展

しそうかい?」

「もちろん!告白が遅すぎただけで、傍から見てたらもう夫婦みたいだったしねー。

つってもタツミ、魅了の祝福を全然使わないから、俺もエレナも焦っちゃって、全力

支援して来たんだよ。・・・っとに手がかかるんだから。」

「最高の支援体制じゃないか。」

 カエラが笑った。

「そんなこんなでノホホンとしてたんだけど、カエラさんからの仕事が全然来ない

から、給料泥棒になってるんちゃうかって実は心配してたり・・・」

「いやいや。君は大きな働きをしてくれている。たまにはゆっくりしても罰は当たら

んだろ。」

「でもカエラさん達は忙しかったんでしょ?装備の浄化の祝福が頻繁に機能してる

みたいだし。」

「まあな。昨日まではかなり忙しかったぞ。国内の他種族討伐事案を私とカイトで

ほぼ終わらせたもんでな。只管狩りの毎日だったよ。」

 満足気な笑みを浮かべるカエラ。

「そうだったんだ。」

 ご愁傷様です、とでも言いたげな目でカエラの黒光りしている美しい装備を見つめ

た。

「やっと討伐もひと段落着いたところだ。まあ、その甲斐もあって、ここ一ヵ月で

物事も大きく動いていてね。人間族との共生に方針を切り替えた魔族と獣族の2つ

の部族と4つの群れ、それに精霊族の亜人種5つの群れから正式に我が国に友好

同盟の申し入れがあった。慎重に裏取り調査を行いつつ会談を重ね、今のところ

その種の申し出は全て受け入れている。」

「ほぉ・・・。」

「それに今、特に精霊族の亜人種と一部の獣族から、王都アイデオスへの移住希望

が激増しているんだよ。これは国内の他の受け入れ可能領地でも同じ傾向にあるよ

うだ。確実に我々と他種族との関係は新しい局面を迎えていると私は思う。」

「そっかー。・・・移住者はちゃんと馴染んでる?問題とか起こしてない?」

「今のところはな。」

 カエラが立ち上がり、個人机の机上はら書類数枚を抜き出した。

「ちょうど統計報告が届いている。・・・直近3ヶ月間で聖クリシュア王国全領地内に

おける他種族の移住者が起こした2等級以上の重犯罪は0件、3等級が1件。4等

級1件、5等級が6件。依然のどの期間と比べても目に見えて発生件数が激減して

いる。人間社会を尊重し馴染むように相当努力していると判断していいだろう。」

「ふむ。・・・なら良かった。」

「我々勇者と英雄達の存在が強力な犯罪抑止力となっている、と中央議会は判断して

いるようだ。まあ、考えてもみろ。何か問題を起こせば熟練度7桁の英雄が物凄い

装備と武器を持って急襲して来るんだぞ?進んで問題を起こそうとする者など、なか

なかおらんぞ。種族に関係無くな。」

 カエラが苦笑した。

「まあねえ。」

「現に勇者誕生後、王都内で起きた2等級以上の重犯罪はたった5件。全てにおい

て、真っ先に現場に駆け付けたサイモン総団長によりその場で無力化されている。」

「ん?総団長なのにサイモンさん現場に出てんの?」

「うむ・・・。統括団長達を筆頭に、各方面に有能な部下が相当数いるらしくてな。

総団長として仕事らしい仕事がほとんど残って無いそうだ。もう暇すぎてなぁ、最近

は街をプラプラして現場の仕事を横から奪ってんだよぉ・・・と加護念話でぼやいて

おられたよ。実にあの人らしい。」

 サイモンの真似をしながらカエラが笑った。

「まー、確かにあんな凶悪顔のでっかいおっさんが、厳つい鎧着て長槍持って街中

ふらついてたら、犯罪者は逃げ出すわなー。」

「だろ?まあ、本人は気付いておられないようだが、おかげで王都では総団長の

人気が凄い事になっていてなあ・・・。今も騎士団への寄付や入団希望者が後を絶た

ないらしい。とまあ、そんな具合で我々も熟練度が相当上がっているとは思うんだ

が、良かったら今ちょっと見てもらえないだろうか?エレナ君に頼もうと思って

いたんだが、忙しそうでね。」

「お安い御用っす。」

 ヒロの右眼が光りを帯びる。

「おっ!?カエラさん500万超えてんじゃん!5024891だ!」

「やはり500の大台に乗ってたか!!最後の討伐任務中に派生能力が一気に増え

て、熟練度による筋力や身体能力、耐性の補正値がいきなり激増したもんだから、

もしやとは思っていたんだ!」

 カエラが嬉しそうに両手を握り締める。

「ふむー。・・・それにカエラさん、入手出来た派生能力って・・・全部大当たりじゃん!

・・・「剛気」「剛力」「剛身」「剛技」「剛心」の基礎五剛が全部揃ってるし、希少派生

能力の「克己復礼」「一撃必殺」「鎧袖一触」も取れたんだ・・・。理想的だ!これは

スバラシイ!!」

 満足気に頷くと、ヒロはふと天空を見つめた。

「あと・・・カイトも伸びてんね。4423053。サイモンさんは3303767。

王都内に活動が限定されている割には伸びてるな・・・。こっそり稽古とか鍛錬とか

してるのかも。」

「だろうな。あの人はそういう姿を絶対に見せようとしないから。・・・まあ、会得

促進に人神の加護、そしてこの装備。ここまで成長加速度が爆増すれば、騎士なら

誰でも向上心に火が付いて当たり前だ。総団長とて例外ではないだろう。・・・君には

本当に感謝しかない。改めて礼を言わせてくれ。その数字は、2人にも伝えておく

よ。」

 カエラが深く頭を下げた。

「ただ唯一の問題は、近隣諸国がその煽りを食らっているようでな。」

「あ、それでやっと俺に仕事が回って来たんすね。」

「うむ。我々に恐れをなして王国領内から逃げ出した魔族や獣族が、他国領内で集落

を形成しだしていると聞く。それに伴い実害も出だしていて、被害が深刻化している

国も多いようだ。・・・今後は他国からの要請で君に仕事を依頼をする機会が増えるだ

ろう。勿論、我々も状況が許す限り参戦するつもりでいるんだが・・・。」

「想定内想定内。気にせずこっちにガンガン回してもらっていいっすよ。」

「助かるよ。それで今回の仕事なのだが、・・・実は一昨日、同盟国で隣国のビアンカ

公国の君主から、我が国に緊急の支援要請が届いたんだ。ただの討伐依頼とかなら

距離も近いし、そのまま私かカイトが請けても良かったんだが、内容が内容だけに

君を可及的速やかに派遣する事が妥当だろうと判断した。悪いが頼めるかい?」

「勿論!気まずいからむしろ仕事くれっ!」

 ヒロが苦笑した。



 ビアンカ公国-

 聖クリシュナ王国の北西側に隣接する小国ではあるものの、重要航路をつなぐ

海洋交易の要所となるヴェント港を擁しており、加えて大陸中にその名を馳せる

海商ギルド「チェイター」が所属する国として、大陸屈指の繁栄をみている。

 200年前に起きたヴァトン-ドレシア海峡戦争で多大の武勲を上げたサキモリ・

マテウス子爵に、聖クリシュナ王国第54代目の王、オリヴァー・ラ・ヴェスタ

から褒賞として公爵の爵位と領地ビアンカが下賜されたという歴史を持つ。

 それから50年後、クリシュナ王国領地から正式に独立してビアンカ公国として

建国を迎えるも、両国は変わらず強力な同盟関係を維持していた。



 ビアンカ公国 首府ヴァトンー

 渡り鳥のシロツバメの群れが街の上空を駆け抜け、一年の終わりが近づいて来て

いる事を告げている。

 街の最外門では、係員達の手際が良いのか出入国管理の窓口に並ぶ列があっと

いう間に短くなっていく。

「次の方どうぞー。」

 並んで10分も経たないうちに自分の番が来て、ヒロが係員の前に進み出た。

「入国証か通行証はお持ちですか?」

「いえ。自分は聖クリシュナ王国ディオン領ブルク村、タツミ児童保護院の上級

職員、ヒロという者っす。貴国の君主、ハク公爵から招待状が届き来訪した次第

ですー。はい、これ。」

 カエラから事前に渡されていた「入国の手引き-正しい他国領への入り方」を

丸暗記していたヒロは、公爵の署名入りの招待状を差し出すと、受付担当の係員

が立ち上がった。

「ヒロ殿でしたか!大変失礼致しました!公より承っておりますっ!!・・・えっと、

本日は馬車でおいでに・・・なってはいないようですね?」

-空間転移で来たとか言ったらややこしいか

「あ、はい。途中から徒歩っす。」

「そうでしたか!では我々が公邸まで馬車でお送り致しますので、暫しお待ち下

さい!!」

「あ、いや、いいっすよ。まだ時間あるし、散歩がてら街を見て周りながら公邸に

向かいますんで。お気遣いなくー。」

「了解致しました!ではこちらが180日間の長期入国滞在許可証です。どうぞ

お持ち下さい。御逗留中に何かあれば、我々かお近くの衛兵に何なりとお申し付け

下さい!」

「はーい。どうもー。」

-まだ子供じゃないか

-でも人神様の従者殿なんだろ?

-これは驚いたな!

 係員や衛兵達のヒソヒソ話を背に受けつつ出入国管理窓口を後にし、そのまま

街に入る。

「ほおぉー。」

 思わず呟くヒロ。

 綺麗に区画整理されたレンガ造りの街並みを美しい樹々が彩り、数多くの露店と

買い物客が大通りを埋め尽くしていた。

「さっすが交易の国だなー・・・。クリシュナの王都並みに賑わってんじゃん!」

 商魂逞しい街の活気と熱気にあてられ、少年は思わずキョロキョロと周囲を見渡

した。

 世界の海運の要所、大陸交易の要と呼ばれるだけあって、行き交う荷馬車の数が

かなり多いように思える。

 その為か主要道は道幅が広くとられ、馬車道と歩道の区画分けがきちんとされて

おり、路面は石畳の目地までしっかりと補修が行き届いている。

-雨水を逃がす溝まで刻んであるのか。なるほどー。・・・ブルクの道もこういう方式

にした方がいいかもなー・・・。丁度、馬車の往来も増えてるし。

 ふんふん、と街の細かな部分まで見て回りながら賑やかな露店や店にも注目して

いく。

 この辺りは食品市になっているようで、色とりどりの野菜や果物、新鮮な海産物

などの露店が所狭しと立ち並び、潮風に乗ってる肉が焼けた香ばしい香りや、香辛料

の香りが鼻を擽って食欲を刺激する。

 目移りしながら様々な露店を見て回っていると、人だかりが一際目立つ露店を見つ

けた。

 通りすがりにチラ見すると、店頭には湯気に包まれた白くて丸いパンが整然と

並べられている。

「大人気!!肉まん1つ18ギオス!特上肉まんは26ギオスだよー!!」

 店主らしき親父の張りのある声が聞こえて来る。

-なんだあれ?めっちゃ旨そうじゃん!肉まんっていうんか。・・・よし、お土産で

買って帰ろう!

 店の場所を脳内にインプットして少年は歩を進めた。

 東西の大通りが交わる交差点に立つと、視線を西に向ける。

 その先に、カエラから受けた事前の説明通り、年期を感じさせる古城のような

大邸宅-、ビアンカ公国君主の公邸が建っているのが見えた。



「ハク様、聖クリシュナ王国より派遣された人神ホロ様の従者、ヒロ様がご到着

との事です。」

「なに!もうおいでになられたのか!すぐに通してくれ!」

「は。」

 執事長が老人とは思えぬ機敏さで公務室から出て行く。

 赤髪を丁寧に撫でつけ、髭を蓄えた壮年の男、ビアンカ公国のハク君主が目頭を

揉みながら椅子の背もたれに体重を預けた。

-ヴェスタ王に伝書鳥を出したのが一昨日なのに、早くも従者様がご到着になる

とは。・・・ヴェスタ王の格別の御配慮、誠に痛み入る。何か返礼を考えねばなる

まい。

 革張りの椅子から立ち上がり、深呼吸をして壁に掛った鏡を見ながら首元の紐タイ

の歪みを直すと、神の従者とされる少年を迎える為に姿勢を正した。

 その時、丁度扉をノックする音が響いた。


「お忙しい中、ようこそおいで下さいました。私は、サキモリ・ハク。このビアンカ

公国の君主にございます。後ろに控えるは私の秘書官で、ルイダと申します。」

「ご丁寧にどーも。人神の従者やってますヒロです。」

「は、話には聞いておりましたが・・・本当にお若いのですね。」

 自己紹介を交わしながら、ハクは黒髪の少年をまじまじと見つめた。

-え、もっとおっさん顔で来た方が良かったかな?でも偽装すると後々面倒だし・・・

「まあ、そっすね。・・・とりあえず俺を呼んだ理由ってか、要件を教えてもらって

いいっすか?」

「畏まりました。実はその・・・ですね、」

-本来はこんな子供に聞かせるような話ではないのだが・・・

 ハクが目を伏せて僅かに言い淀む。

「ホロの従者って聞いてた人間が想像以上にガキで心配になった?」

「い、いえ!その様な事は決して!」

 胸の内を全て見透かされている気がして、ハクは思わず少年から視線を外す。

-気持ちは分かるんだけど、最初が肝心だしなぁ・・・。

 ヒロが溜め息をついた。

「公爵、今回の依頼を請けるにあたって、こちらから要求があるんだけど。」

「な、何なりと仰って下さい!」

「一つ。無条件で俺を信じる事。これは大前提だから。信頼出来ないなら俺に出来る事は無いんで帰るっス。」

「お、お待ち下さい!失礼があったのならお詫び致します!この場で人神の従者様

に全幅の信頼を置く事をお誓い申し上げます!あの、誠に、誠に申し訳ございません

でした!」

 ハクが姿勢を正して頭を下げた。

「あ、了解ッス。それともう一つ。俺がした事は全てホロがした事として処理する事。

称賛も批判も全部ホロのもの。それが神の従者の掟なんで。ぶっちゃけ俺は良い

意味でも悪い意味でも目立ちたく無いんすよ。」

「畏まりました。必ずそのように取り計らいます。」

「了解。んじゃ、話を戻すねー。俺を呼んだ理由を話してもらっていい?」

 少年の双眸は絶対的な自信と威厳に溢れており、明らかに普通の少年のそれでは

ない。

「畏まりました。話は少し長くなるのですが・・・。」

「うんうん、どーぞー。」

 ハクが机上で両手を組んで固く握り締めた。

「我が公国領地の西端にアイナスと呼ばれる小さな村があります。ここで先月問題が

起きました。アイナスの地はミナス聖渓谷とも呼ばれている精霊族が住まう聖域と

隣接しており、そのご加護もあって豊穣の地として有名でした。以前はアイナス産の

小麦や果物は高価で取り引きをされておりました。」

-過去形なんだ。

「ところが先月、理由は不明ながらミナス聖渓谷から流れて来る川の水が黒く濁り

だしたのです。村民が調べてみたところ、アイナスの豊かな自然があちらこちらで

荒れ果てている事が分かりました。その後、水だけでなく聖渓谷方面から黒い瘴気

が村に向けて頻繁に漂い流れて来ている事が確認された次第です。」

 ハクの声に哀しみが宿った事にヒロは気が付いた。

「・・・ふーん。」

「黒い水と瘴気の影響で、たった数日で村の農作物が全滅したばかりか、あっと

いう間に住む事もさえも難しい環境に変わり果ててしまいました。そして先日・・・

黒い瘴気が原因と思われる未知の疫病がアイナス集落に蔓延しだしたのです。

アイナス村の住民は大挙してここヴァトンの街に避難して来ておりますが、患者達

と共に村に留まり続けておる者達も多数おります。私の妻は・・・「治療」の祝福を

授かっておりましたもので、街の医師や術師達と共にアイナスに向かい不眠不休

の治療に当たりました。しかし、残念ながらこの新種の疫病・・・黒瘴病には、どんな

祝福や薬も効果が無いようです。一度発症してしまうと、急激に痩せこけて衰弱して

いき、昏睡状態の果てに例外無く死に至っております。発症してから持って数週間

といったところでしょうか。」

 ハクの眉間の皺が深くなる。

「そして・・・この奇病は稀に人から人に伝染する事も分かりました。・・・私の妻が

その初めての症例となり、先週末に帰宅してからずっと床に伏せっております。」

「ふむ。」

「無論、様々な方法で治療を試みましたが、やはり回復は望めず・・・完全に手詰まり

の状態なのです。現在は妻からの強い要望により、自室に籠って二次感染を避ける

為に面会謝絶対応にしております。・・・妻は一昨日から意識が混濁するようになり・・・

恐らくもう長くは・・・」

 深い溜息が漏れた。

「事はそれだけでは終わりません。この事実が表沙汰になれば、重要航路をつなぐ

海洋交易の要所として発展したこの国は一貫の終わりです。今のところ、外部には

理由を伏せたままアイナス集落付近の街道を全面封鎖して対応しておりますが、西の

隣国フェルトとの物流は南側に大きく迂回する必要があり、生鮮物の輸送に支障を

来しておる次第です。このままではアイナス封鎖の真相もいずれ露呈する事になりま

しょう・・・。そうなれば-」

 ハクが言葉を詰まらせた。

「己の無力さ、無能さを痛感している次第です。ヒロ様、どうか・・・この私に知恵を

お貸し下さい。どうかお力添えを・・・。」

 悲壮感を漂わせた公爵は机上に頭を擦りつけて懇願した。

「とりあえず奥さんどこ?・・・ああ、2階の南側ね。」

-え?

 ヒロの言葉にハクが驚いた様に顔を上げ、少年を見つめる。

「治すわ。」

 南方を見上げていたヒロが指先を弾いた。

「え?今、何と?」

「奥さんはもう大丈夫だよ。部屋も浄化もしといた。食事と水を持って行ってあげ

て。」

「え?」

「早く。」

「ル、ルイダ、リオンの様子を見て来てくれ!それと食事の準備を!」

「え!は、はい!!畏まりました!!」

 秘書官が慌てて部屋を出て行く。

-どういう事だ?妻を治療して下さったというのか?

「ヒ、ヒロ殿?」

「あれは病気じゃなくて、かなり強力な呪詛みたいなもんだから。最上級の「解呪」か「浄化」系の祝福しか効かないよ。あと、まだ症状は出てないけど、瘴気の影響を

受けてる人が街に結構いるね。・・・人から人への感染率は低そうだけど発症したら

厄介だし、とりあえず祓っとくね。」

 ヒロがパンッと両手を合わせると頭上に大きな光の華が咲き、爆発的に広がって

霧散した。

「うひぃ!」

 思わず頭を抱えて蹲るハク。

「街ごと浄化しといた。けど、一番の問題は呪詛の発生源だよな・・・。アイナス村と

ミナス聖渓谷は領地の西端って言ったっけ?」

「え?は、はい!!西の端です!!」

「了解。ちょい待ってねー。」

 ヒロが、神眼、天眼、神視を発動させる。

 少年の黒い瞳が異様な光を帯びだした。

-こ、この少年は一体・・・

「距離は?」

「え?あ、えっと、馬車で1刻ほどの距離です。歩けば2刻ほどでしょうか・・・」

「河を挟んで東側?西側?」

「アイナス村は東側の河沿い、ミナス渓谷は西側になります。」

「ふむ。・・・あった。」

-人の集落。あそこだ。

「今、アイナス村を見てるんだけど・・・呪詛の黒い霧の浸食がかなり酷い。原因

から断たないと・・・いずれこのヴァトンの街も黒霧に呑み込まれるよ。・・・村はほぼ

全滅、死体が散在。生存者は2家族、計6名だけだね。けど、ちょっと急いだ方が

いいな。・・・4人ほど心臓が止まりかけてる。とりあえず俺が先に行って治療と村

の浄化しとくから、生存者を一旦街に連れ帰る為の馬車を向かわせといてもらえ

る?」

「か、畏まりました!」

「生存者は6名ね。全員アイナス村の西側の丘の上に建ってる教会内に避難して

る。」

「ヒロ様、恐れながら・・・それは遠視等の祝福を使って村を見ている、という事で

しょうか?」

「うん。」

「り、了解致しましたっ。あの、ではヒロ様をアイナスまでお送りする早馬をすぐ

にご用意-」

「いや、俺は瞬間移動出来るからお構いなく。」

「瞬間・・・」

-もしやこの方がホロ様なのでは?

「で、あとは呪詛の発生源のミナス聖渓谷だけど・・・」

-えっ・・・・・・なんだ、こりゃ!?

 ヒロが一瞬息を飲む。

「ふー・・・。」

 ゆっくりと息を吐き、首を鳴らして少年は立ち上がった。

「公爵、俺は村の人達を助けてから、そのままミナス渓谷に飛んで問題の原因を

潰して来るわ。全部終わったら報告しに戻って来るけど、ヴァトンの街の入都手続き

が面倒だからさ、終わったらこの部屋に直飛びで帰って来てもいい?」

「直飛び?・・・あの、はい!どうぞ、構いません!窓を開けたままにして、ずっと

この執務室に待機致しますので!」

「ん?・・・窓は閉めてていいよ。夕方までには戻るねー。戻ったら呼びに行くよ。

今は奥さんに会いに行ってあげて。」

 少年はウィンクして見せると、その姿が掻き消えた。



 アイナス村-聖マドラス教会

「き、奇跡だ!!あ、・・・ありがとうございます!貴方様はいったい・・・」

 死病に侵され、瀕死の状態だった愛する家族達の全快を目の当たりにした男が、

驚きの眼でヒロを見つめた。

「ありがたや。ほんに天使様じゃ。」

 男の隣で老夫婦がヒロに向かって手を合わせている。

「いや、俺はハク公爵からの依頼でこの村を助けに来た、ただの一般人っすよ。とり

あえずこれどーぞ。」

 ヒロは保護院の食糧保存庫から空間転移させたパンと干し肉、リンゴが入った篭

と、水が入った皮袋を差し出した。

「わ!リンゴだ!」

「水飲みたい!」

 完全に元気を取り戻した幼い双子が、嬉しそうにヒロからリンゴを受け取って頬張

った。

「どうお礼をすればいいやら・・・本当に、本当にありがとうござ・・・」

 同じく死の淵から生還し、全快復した母親が元気な我が子達の姿を見て感極まって

涙を流した。

「お礼はハク公爵に言うてもろて。・・・あっと、その干し肉はちょい硬目だからな、よく噛むんだぞー。・・・どうだ、旨いだろー?」

「うん!」

「ダパンの干し肉大好き!」

「そっか。」

 ヒロが笑いながら子供達の頭を豪快に撫でた。

「さてと。んじゃ俺はそろそろ行かなきゃ。・・・えっとっすね、今、村に黒瘴気が

入って来ないように周囲に聖浄結界を張ってあるんだけど、念のため皆には一度

ヴァトンの街に避難してて欲しいんすが、いいっすかね?」

「もちろんです!」

「はい!」

「離れた方が安心じゃて。」

「よかった。じゃ、もうすぐハク公爵が手配した救援の馬車が来るから、それに

乗って一時退避って事で。それまでは全員この教会内で待機オネッシャス。外には出ない

でね。・・・もうちょっとの辛抱だからな。」

 子供達に微笑みかけると少年は立ち上がる。

 教会から出て行くヒロの後ろ姿に大人達が深々と頭を下げた次の瞬間、少年の姿が

掻き消えた。




 ミナス聖渓谷の中心、大霊泉とも呼ばれる湖の湖畔にヒロの姿が現れた。

 空中を高速で飛び交っていた無数の精霊達が、いきなり現れたヒロを避けるように

咄嗟に軌道を変えると、すぐさま別の精霊の一群に向けて突撃していく。

 

-何してんだ、こいつら・・・

 鋭い衝撃音や激しい衝突音が湖畔に連続して響き渡った。

 大霊泉を中心に湖畔一帯で精霊同士が入り乱れるように激しく戦っており、精霊達

は例外なく赤い光を纏い、強い怒りと興奮に支配されているようだった。

 更に、激闘の中で悪霊化しだしている黒く陰った個体や、完全に悪霊化して漆黒に

染まった個体も複数体確認出来る。

-ああ、悪霊化した精霊の死骸が霊泉に落ちて瘴気化してんのか。

「ったく・・・ふざけやがって。」

 ヒロが一歩前に踏み出す。

 完全に悪霊化してしまった個体を範囲抽出で瞬殺し、続けざまに威嚇強制を全力

で放った。

 次の瞬間、大霊泉一帯の時間が止まったかの如く、精霊達がピタリと動きを

止め、畏怖の念の籠った視線を一斉にヒロに向ける。

「お前達の王はどこだ。」

 ヒロの精霊語が響き渡った。

「開放者だ!」

「人神が来たぞ!」

「開放者様!」

「我等をお救い下さい!」

「開放者が現れるとは!」

 精霊達が一斉に喋り出し、自然と集まり出した。

「お前達の王はどこだと聞いている。出て来いよ。」

「我等の王は捕らわれている。」

「王には謁見できぬ。」

「今、王は敵の手に。」

「王のお姿が消えたのはいつだったか・・・。」

「我が王よ・・・」

 ヒロが溜め息をついた。

「喋ってる奴が多すぎて話が纏まんねえ。代表者みたいな精霊はいねーの?」

「解放者よ、我が話そう。他の精霊は静まれ。」

 赤い光がヒロの前に飛んで来た。

「我はシヴァージュの大精霊イシス。この渓谷の精霊王ラブラルに使える精霊で

ある。まずは数多くの同胞達を解放して頂いている事に、最大の感謝と敬意を示し

たく思う。」

「さっきから解放者解放者って・・・それどーいう意味?他の誰かと勘違いしてね?」

「無理やり誓約奴隷に貶められた数多の同胞達を解放して周っているのは、人神たる

其方なのでは。」

-あ・・・抽出で奪った奴隷のことか!確かに大量に解放してるわ!

「あー、そういう事ね。今理解した。そういや、なんか精霊族の誓約奴隷が多いな

って思ってたんだ。」

「我等精霊族が持つ命、我々が授かる祝福、我等から奪える熟練度量が特異である

為、古より我々は他種族にとって垂涎の存在となって来た。・・・故に我々は不当に

殺され、また力尽くで奴隷に落とされてきた。・・・我等は他種族との戦など望んで

おらぬ。だが、他種族の奴隷狩りとの熾烈な戦いを余儀無くされている。」

-そういう背景があんのか・・・。

「そっか。俺、その辺の歴史に疎くてさ。・・・ところで、だ。今日はあんた達に話が

あって来た。」

「言わずとも分かる。この大量の瘴気の事であろう。」

「ああ。話が早くて助かる。この黒瘴気が近くにある人間の村に流れ込んだ結果、

何十人もの人が死んだんだが。それだけじゃねえ。今、この瘴気の影響で最寄りの

人間族の小さな国が壊滅しかけてたぞ。・・・お前らどういうつもりよ?」

「そ、そんな大事になっておったとは・・・。」

「おいおい、知りませんでしたは通用しねーぞ?この瘴気はお前等の戦いで死んだ

精霊族の死骸が原因だ。こんだけ大量の瘴気が発生したら、周りにどんな影響を及ぼ

すかなんて考えなくても分かるだろうが!・・・これは最終警告だ。まず、この戦いを

今すぐ止めろ。無理ってんなら、ここにいる精霊を全部殺してこの渓谷を強制的に

浄化する。お前らは人間族の敵だ。」

「待たれよ、人神よ。」

 大精霊イシスがヒロの前に伏した。

「我等とて同族と戦いたくはないのだ。しかし、戦わねば我等の王が-」


 刹那-

 ヒロは自分の背後-大霊泉の中央付近から異質の存在を感じ取った。

 濃密で凶悪な気配が辺り一帯を覆うと、尋常ではない圧を秘めた気が満ちる。

≪おい精霊共、誰が戦いを止めていいって言ったんだい?≫

 異様な威圧感を孕んだ念話が響き渡った。

-なんだあいつ・・・

 湖面上をこちらに向かって歩いて来る、異常な存在にヒロは無言で視線を向ける

と、神眼と天眼を発動させた。

-獣神・・・か。

 ヒロの眼から全ての感情が消えていく。

≪おお、やっぱり人神が来てたのかい。これはこれは、初めましてだねぇ。≫

 焦茶色の禍々しい軽鎧を身に纏い、鋭い鍵爪を両拳につけた人型の女豹が、侮蔑

の籠った鋭い眼差しをヒロに向けた。

 周りの精霊族達は獣神が発する極限の圧に耐えきれず、我先にと対岸に向けて逃げ

て行く。

 騒然とする中で大精霊イシスだけがその場に踏み留まり、獣神の前に伏した。

≪獣神ガナーシャよ、我々は其方の命令を違える事はせぬ。すぐに戦いを再開させ

たいところだが、しかし・・・≫

「俺が戦うなって命令してんだが?オバサン、なに横から口挟んでんの?」

 ヒロが獣族語で言い放った。

「おい、ガキ。」

 一瞬でヒロの前に現れた獣神がヒロの顔を覗き込むように睨んだ。

「あたしの方が先にこいつらに命令してんだ。後から来て干渉してんじゃないよ。

五大種族の神々は互いに不干渉。そして神同士の戦いはご法度。これは創造神が決め

た五柱神の絶対的な掟、「理」だ。知らないなら教えといてやる。その小さなおつむ

に叩き込んどきな。このど新人が。」

「あ?口がくせえんだけど、離れてもらっていいっすか?せ・ん・ぱ・い。」

 ヒロが嗤う。

「もう一度だけ言うよ。人神、あんたが引きな。引かないなら不干渉の理を犯した

反逆神と見做して、この場で殺す。」

 獣神ガナーシャの眼がこの世のものとは思えない程の強烈な殺気を宿す。

-こっわ・・・

「んじゃ、せめて説明してくれよ。なんで精霊族を戦わしてんの?」

「なんで?・・・なんでだと?」

 女豹が両手を握り締め、肩を震わせた。

 どこからどう見ても獣神には我慢の限界が訪れているようだ。

「お前とお前の弟子達が・・・この大陸のあちこちで獣族を根こそぎ殺しまわってる

よなぁ?これだけ派手に戦争仕掛けて来といて、知らないとは言わせないよ!」

「はぁ?そんなのお互い様だろが。散々人間族を殺して来といて、やり返されたら

キレんのかって話だろ。で、何?その事とあんたが精霊族同士を戦わせてる事と

どんな関係あんだよ?答えになってねーんだけど。」

 ヒロの言葉に獣神が再び侮蔑の籠った眼差しを返して来た。

「あーそうだね。確かにお互い様だ。なんで、あたしも仲間を強化して、全大陸で

人間族を殺して回らせようと思っていてねえ。狂暴化させたミナス聖泉の精霊族は、

あたし達獣族にとって最高に相性が良いんだよ。戦いに生き残った力あるミナスの

精霊達を大陸中の闘豹部族に誓約奴隷として配布する。そうすりゃ、一夜にして人間

族は地上から消え失せるって計画だ。・・・覚悟しな。」

「あー・・・、そういう事か。なんか読めたわ。ミナスで強い精霊を集める為に、こいつらの王を捕らえて、無事に返して欲しけりゃ同士討ちしろって脅してた系かー。

うっわ・・・、マジで最低のゴミ屑だな、お前。ひくわ。」

 盛大に溜め息をつくヒロ。

「来いよ化け猫。俺が直々に躾けてやんよ。」

 思わぬ少年の言葉に女豹は思わず目を丸くし、そして笑い転げた。

「あんた、正気かい?・・・まあいいか。これで不干渉の理は破られた。あぁ、なんて爽快な気分なんだろ。・・・これでお前を殺せる。その後で片っ端から人間族を殺して

やるよ。世界から人間族を抹消だ。」

 獣神ガナーシャの全身から完全に飽和した殺意が噴き出した。

 ヒロは瞬時に後方に飛び退き、獣神と距離を取る。

「・・・最後に言っておくけど、天族の第二神アブルを倒したからっていい気になって

んじゃないよ。あいつら天族は主神マルドゥクスには絶対に逆らわない。アブルは

不干渉の理を守って無抵抗のまま死んだに過ぎないからね。ド新人の田舎のクソガキ

ごときが、あたしにも勝てると思ってんなら大間違いだよ。」

-天族の第二神?って事はやっぱ天族には神が2人いたんか。

 ヒロが首を鳴らす。

-まー、確かに、こいつからはアブル以上のヤバさを感じるけど・・・でも-

 少年は笑みを浮かべた。

「御託はいいって。かかってこいよ、老害婆さん。」

 フッと獣神の気配が途切れた瞬間、ヒロの背後から空間ごと斬り断つような

凄まじい威力の上段回し蹴りが放たれていた。

 しかし、完全に人神を捕らえていたはずの蹴りが空を切る。

 獣神の動きを先読みし、その背後に瞬間移動した人神の少年がニヤリと笑った。

 獣神が気付くと同時に、人神は獣神に向けて抽出を撃ち放っていた。

-ん?

 ヒロは咄嗟に瞬間移動で後方に飛んで再び距離を開ける。

-どういうことだ?抽出したはずだぞ・・・

 ヒロの前方には獣神が消えずに立っている。

 ヒロの脳内に文字が走った。



 与奪の権能・抽出管理始動


 与奪の権能・抽出により

 セヴァス人の頭部1 セヴァス人の胴体1 セヴァス人の四肢4

 革衣1 肌着1 草履1 腰紐1 革袋1 髪留め1

 を獲得


 熟練度: 39獲得 既得神位:第6神に統合

 生命力: 1702獲得 既得神力に変換統合

 祝福 : 神託(下級)を獲得・派生能力6を獲得 既得権能に統合




 情報に驚き、目を見開いたヒロを尻目に女豹が肩を上下させて笑いだした。

「アーッハッハッハッハ!!笑わせてくれるね小僧!あんたの祝福なんかとうに

調べてんだよ!あーあ、可哀想になぁ!アーッハッハッハッハ!!」

-獣神を抽出したはずなのに、なんで人間が・・・

 ヒロが神智と天啓、神慮を発動させる。

「せいぜい謎解きを頑張りな!!」

 上機嫌になった獣神が、己が持つ派生能力「倍力」を発動させて身体能力を爆上

げしていく。

 刹那、先程の何倍もの速さの蹴りが四方八方からヒロを襲った。

 ヒロは瞬間移動を繰り返し、再び獣神から距離を取っていく。

-なるほど、あいつの神装についてる「被撃転移」の祝福効果か。受けた攻撃を全て

奴隷や眷属に強制転移させてやがる。

 ヒロの瞳に怒りが滲む。

「てめえ・・・一線超えたな。」

「はっ!もう気が付いたのかい?意外と早かったねぇ!」

 獣神が狂喜の笑みを浮かべた。

「どうだい、あたしが飼ってる奴隷のお味は。しかも人間を食ったね、あんた。大当

たりじゃん!アーッハッハッハッハ!!」

 獣神が自身の躰に更に「倍力」を重ね掛けする。

「あたしが所有してる誓約奴隷と召喚眷属は2万を遥かに超えてる。つまりあたし

は、あんたの攻撃を2万回以上無効化出来るってわけ。その間にあたしはたった一発

ぶち込むだけで、あんたを肉塊に変えられる。・・・さて、殺し合い再開といこうじゃ

ないか!」

 獣神が全地を震わすような咆哮をあげた。

 大気がビリビリと振動する。

 ヒロは気絶した大精霊イシスを対岸に空間転移させた。

「口が臭えーっつってんだろが。記憶力ねーのかこの口臭化け猫は。」

 ヒロが指を鳴らした瞬間、神々の周囲の景色が深紅に染まる。

「あん?・・・これは何のつもりだい?この期に及んで無駄な抵抗とか、ほんとガキ

だねぇ。」

「無駄?この空間が無駄か?」

 少年の言葉に女豹が暫し黙り込み、そして目を見開いた。

「やっと分かったか。お前、頭悪ぃだろ。・・・空間遮断だ。外が薄っすら見えてっけ

ど、ここはもうミナス渓谷じゃねーぞ。外界から完全に遮断、隔離された空間。如何

なる力も、如何なる存在も行き来出来ない絶対領域ってやつだ。これ、「祝福」じゃ

なくて「権能」だから、あんたの被撃転移も余裕で完全遮断してんだけど。何なら

試すか?」

 ヒロが苦笑した。

 獣神の顔から笑みが消える。

「そうかい。・・・じゃ、これで互いに一撃勝負になったってわけだ。」

 女豹が更に「倍力」を重ね掛けしていく。

 ヒロの目からも獣神が増々化け物じみていく様が見て取れた。

「おいおい、すげーな・・・なんだこの筋肉化け猫。」

 少年の口から思わず感嘆の言葉が漏れ出る。

「この心身強化系の派生能力、「倍力」は、重ね掛けに限界は無いからね。これで

今、私の戦闘能力は512倍になった。ま、あんたの攻撃を搔い潜って、その小さな頭

を捻り潰すくらいなら十分過ぎる数値さ。・・・ふうぅっ!!」

 獣神ガナーシャの強靭な躰から陽炎のように黄金のオーラが噴き上がる。

「へー、おもしれえ。だったら俺も抽出を使わずに体術だけで戦ってやんよ。」

「・・・あぁん?」

 獣神の顔が歪んだ。

「なら、手を胸に当ててマルドゥクスの名にかけて、今ここで宣言しな。この

勝負、格闘術だけで戦うってね。口だけじゃないならだけど?」

「はぁ?なんの儀式だよ。」

「宣言も出来ないなら言葉にするんじゃないよ。ガキ。」

-カッチーン

「上等だ。この勝負、格闘術だけで戦う事をマルドゥクス?に誓ってやる。これで

いいか?」

「あたしも創造神マルドゥクスの名にかけて誓う。この身に宿す格闘術だけであん

たを殺す。」

 その時、二人の前に光の紋章が浮かび上がった。

「よしっ!・・・神たる者が胸に手を当てマルドゥクスの名を出して宣誓する時、それ

は神聖契約となる。その光の紋章は神聖契約が発効した証さ!神聖契約は、犯した

瞬間、「神喰い」の神呪によって確実に逝く事になるからね。これでもう抽出は使え

ないよ。・・・ぬかったねぇ、あんた。」

 獣神が残酷な笑みを浮かべた。

「あたしの権能は「格闘」の権能。格闘戦だけに限って言えば、あたしは他の神々を

遥かに凌駕してんだよ。五柱神が束になってかかって来ても、余裕で蹴散らしちまう

くらいにね。つまり、どう足掻いたってあんたに勝ち目なんか無いって事さ。」

 そして獣神は「倍力」をその身にかけた。

 その身を包む黄金のオーラが更に暴力的に噴き上がる。

「言っとくけど、この「倍力」は格闘術の派生能力だ。この勝負に使っても問題は

無いからね。・・・これで1024倍。あたしの躰とこの神器が耐えられる限界の数値

さ。」

「それ先に言えよ、老害猫。ヤバくね、お前。」

「じゃ・・・始めるよ。」

 その時、人神が初めて見る程の超神速で眼前に現れた獣神の躰が、既に半回転して

おり、ありえない威力の裏拳が唸りを上げた。

-!!っ

 次の瞬間、凄まじい破裂音と凶悪な衝撃波が赤色の空間内を駆け巡る。

 深紅の空間遮断の壁に大量の血飛沫と肉塊が飛び散った。

「カッ・・・ハ・・・」

 もはや身体の大部分が原型を留めていない獣神ガナーシャの体躯が、深紅の壁に

叩きつけられており、そのままズルズルと地面に落ちていく。

-な、何が・・・起きたって・・・んだ

「ぐっ、ぶえぇっっ・・・!!」

 自分の身に起きた事が理解出来ず、獣神は堪らず大量に吐血した。

「動きが絶望的におせーんだよ、口臭先輩。」

 変わり果てた姿で地面に崩れ落ち、項垂れたままのガナーシャの破れた腹部

から、臓器や血と共に無残にも砕け散った神臓の残骸がドロリと漏れ出して来た。

目の前に立つ人神の姿が霞む。

「あと防御が紙すぎだ。回し蹴り一発でこれじゃあ話になんねえーぞ。」

-回し・・・蹴り?

「お・・・おま・・・え・・・カハッ」

 重い頭を上げ、焦点の合わない目で人神を見つめる獣神。

「ん?回し蹴りも見えてなかったんか。」

 人神が小さく溜息をついた。

「倍力か何か知らねーけどな、こっちは自分の加護だけであんたの何千倍も強化され

てんだわ。因みにアブルは無抵抗じゃねえぞ。神罰とか言いながら必死に抵抗して

死んでったんだ。・・・抽出なめんな。」

 ヒロの言葉に何かを言おうとして獣神は再び吐血した。

-まさか・・・こんな・・・事・・・って・・・

 止めの一撃を加える為、少年が歩き出す。

-く・・・くぅ・・・

 獣神は間近に迫る死ではなく、間近に迫る人神という存在に心底「恐怖」した。

「・・・負・・・けだ。・・・好き・・・に・・・しな。」

 その言葉を合図に神聖契約の光の紋章が消えていく。

「ん?・・・そっか。んじゃ、お疲れぃ。」

 ヒロが掌を翳した瞬間、獣神たるガナーシャの存在が地上から消え去った。


 空間遮断が解ける。

≪人神が勝った!≫

≪解放者だっ!≫

≪我々の解放者を称えよ!≫

≪おおおっ!!≫

≪人神に感謝をっ!≫

≪解放者を畏れよ!!≫

≪なんたる結末!!誰が予想し得たであろうか!!≫

≪我等の救い主よ!!≫

≪あの獣神を打ち破った!!≫

≪ちょ、一気に念話で喋んなって。イシス、起きてんなら全員黙らせろ。≫

≪御意。皆の者、静まれ!黙して人神の下に集え!冷静に事の顛末を見届けよ!≫

 ヒロが溜め息をついた。

「あー、ここにいる精霊族は全員よく聞いてくれー。お前達の王ラブラルは獣神

ガナーシャの誓約奴隷にされていた。で、見ての通り俺が獣神を倒して奴隷を全部

奪ってる。つまり、ラブラルの今の主人はこの俺だ。」

 ヒロが自分を取り巻く精霊達を見渡していく。

「王を解放して欲しいなら、二度と付近の人間族に迷惑を掛けたりしないって誓え。ただし、もしもこの誓いを破ったら・・・その時は問答無用でお前達を全員殺す。」

 イシスがヒロの前に飛んで来た。

「人神よ。一つ問いたい。その誓いは我々に自衛さえもするなという事か?」

「ん?自衛は当然の権利だろ。その場合、迷惑かけてんのはお前等じゃなくて人間

側だ。俺はそんな人間を守る気なんざ、さらさらねーから。俺が言ってんのは、今回

みたいにお前等の勝手な都合で人間に迷惑をかけんなって事。・・・いいか、どんな

理由があろうが、お前等の巻き添えになって多くの人間が死んだんだ。その事を絶対

に忘れんな。」

 ヒロの怒りを含んだ射抜く様な視線にイシスは萎縮し、肩を落とした。

「あいすまない。人神よ。・・・少し同胞達と話をさせてくれぬか。」

「いいぞ。少しなら待つ。」

 ヒロは近くの岩に腰を下ろした。

 そして、上空の一点を見つめる。

-何かヤバそうなのがこっちを見てやがるな。・・・・・・ただし敵意は無い、か。

 気が付かないふりをしてヒロは視線を逸らした。


 数分後、イシスが再びヒロの足元に伏した。

「人神よ。我等、ミナスの精霊族は其方との約束を必ず守る。我等の神、そして我等

の王の名にかけて二度と人間族に迷惑をかけぬと誓う。ただ、残念ながら今回起き

た一件、我々には謝罪しか出来る事は無い。どうすれば赦してもらえるだろうか。

到底、足るとは思わぬが・・・贖いとして、まずは我が命と大精霊達の命を貴殿に差し

出そう。」

「はぃ?何言ってんだ、あんた。」

 ヒロの人差し指がイシスを軽く弾くと、勢い余って霊泉にポチャンっと落ちた。

「今回の事件を引き起こしたのは獣神ガナーシャだろ?俺達もあんた達も巻き込ま

れた被害者だ。だから俺は獣神を殺して死んだ同族の仇を討った。それだけの話な

んだが。」

 ヒロが髪をかきあげる。

「それに・・・なんつーか、人間には「時薬」ってのがあってさ。どんな痛みも時間が

癒してくれるんだわ。あんた等がここで責任を取って死んだって、何の解決にもなん

ねえから。ぶっちゃけ、あんた等に出来る事は何も無い。」

 ヒロが俯いた。

「余計な事は考えんな。ただ俺との約束を果たせ。・・・・・・で、いつか信頼できる

人間達を見つけたら、そん時は・・・平和な共生ってのを目指してみてもいいんじゃ

ね?」

 ヒロの言葉に精霊達が思わず言葉を失う。

「俺からは以上だ。」

 人神が手を前に突き出し、その掌の上に幽閉されていたミナス大霊泉の精霊王

ラブラルを空間転移させた。

「お、王よ!!」

「ラブラル様!!」

「我が王よ!!」

「王様!!」

「ラブラル王が動かぬ!!」

 素早くイシスが全員の前に出る。

「皆、静まれっ!!」

 未だ微動だにせぬ王の姿に場が騒然となるものの、イシスの一喝で精霊達が興奮

を沈めていった。

 その間もラブラルの上に翳されたヒロの掌が、何かを探るかの様にゆっくりと左右

に動いている。

「かなり質の悪い古代呪詛で強制的に悪霊化させようとしてたみたいだな。・・・マジ

最低だな、あのくそ野郎。ざけんなよ。」

「た、助けて頂けぬか!?」

「完全に悪霊化したら無理だけど、まだ間に合う。」

 ヒロが小声で詠唱し指を鳴らすと、その掌から光の印が迸る。

 その瞬間、ラブラルにかかっていた死睡の符呪詛、憤怒の符呪詛、狂乱の符呪詛

という3大禁呪の効果が解呪され、同時にラブラルに刻まれていた隷属刻印と隷属

契約を消し去った。

 そしてそのまま光の印は爆発的な広がりを見せ、悪霊化しだしていた精霊を全て

浄化し、負傷している精霊達を完治させつつ、聖渓谷全域を浄化してから淡い光の霧

に変わり、ゆっくりと霧散していった。

 あまりにも荘厳な出来事に、全ての精霊達が息を飲んで一部始終を見守り、そして

人間族の神を見つめた。

「もう大丈夫だ。王も直に目を覚ますだろ。・・・それまでこのまま寝かせてやると

いい。」

 精霊達は喜びの余り、ヒロとラブラルの周りを興奮気味に飛び回り、歓喜の声で

湖畔を満たしていった。




 アルカン・精霊の森 中央神殿-

「あのガナーシャを一撃で・・・。しかも神聖の権能までも操るなんて・・・。」

 少女がゆっくりと深緑の椅子の背もたれに体を預ける。

「それにあの子、・・・私の存在に気が付いていた。大気に完全融合させた霊眼で

見ていたのに・・・。」

 精霊神フェアリアが呟いた。




 その日の正午過ぎ ディオン駐屯地 指令室-

「で、ハク公爵に報告をしてから速攻帰って来たー。今回の依頼は完遂!報告は

以上ッス!」

 ヒロから報告を受けてカエラは思わず言葉に詰まった。

「獣・・・・・・え、獣神?・・・五柱神の獣神を倒したのか!?」

「倒した。口臭がキツイだけの雑魚猫だった。」

「そ、そうか。・・・獣・・・獣神を・・・な。」

 カエラが深呼吸をする。

「・・・コホン。あー・・・、うむ。ご苦労だった。それでハク公爵はなんと?」

「んー、夫婦揃って何度もお礼を言われたかなー。報酬を受け取ってくれって超

しつこかったから、ホロから見返りや施しは絶対に受けるなって言われてるから

いらねって、強引に断った。・・・あ、そうそう。ハクのおっさん、人神様に取り継い

で下さったヴェスタ王陛下には直接感謝を述べに、改めて馳せ参じたく思う。とか

言ってたよー。」

「そうか。了解した。その点も合わせて議会と王宮に報告しておこう。うーん

・・・・・・しかし-」

 カエラが呆れたように宙を見上げ、そして小さく溜め息をついた。

「天族の神に次いで獣族の神まで倒して帰って来るか、少年。・・・相変わらず無茶

苦茶だな君は。」

「フフフ」

「獣神ガナーシャといえば、その類まれな戦闘能力と身体能力故に、純粋な戦闘に限って言えば神々の中でも最強とされる・・・伝説の存在でもあるのだがな。」

「え、あれで戦闘最強?噓でしょ。」

「いやいや。私と同じ格闘術の祝福持ちという事で、種族は違えど幼い頃から私の

憧れの存在でもあったのだよ。」

「えっ、マジ・・・すか。・・・えっと、け、けっこう強かった・・・かも?・・・今思と。

たぶん。・・・うん、口もそんなに臭くなかったし・・・」

「私に気を遣う必要は無い。彼女は君より弱かった。それだけのことだ。」

 カエラが苦笑した。

「ひとつだけ教えてくれないか。・・・君の目から見て、私とガナーシャはどれほど

の差があるだろうか?」

「え?んー」

 ヒロが宙を見据える。

「実際に殺りあった感じだと・・・良く言えば、カエラさんの今の熟練度、その装備

と俺の加護で・・・そこそこ抗える。」

「それはつまり・・・」

「悪く言えば、どんなに必死に抗っても勝てない。持って30分かな。んー・・・

やっぱ五柱神はつえーわ。」

 カエラが両手を握り締めた。

「カエラさん達は、熟練度、加護、装備で神の一歩手前まで来てる。それは確か

なんだ。ただ、神ってさ、カエラさん達みたいなぶっ壊れ性能の加護や装備が無い

状態で、熟練度を何十桁、何百桁と限界まで積んでいって、その結果熟練度が究極

昇華して・・・神位っていう数値化出来ない域に達してる個体なんだよ。」

「何百桁・・・」

「うん。そして何千、何万年と只管戦い続けて、只管祝福を使い続けて・・・純粋に

熟練度を上げる事によって「力」の頂に到達した個体が「神」なんだよね。」

 人神の言葉を聞き、カエラは両の掌で勢いよく頬を叩いた。

「今の君の言葉で気合が入った!感謝するぞ少年!・・・私はもっと上を目指さねば

ならん。たかだか7桁、・・・500万程度の熟練度で悦に入っていた自分が恥ずか

しい!神々からすれば失笑ものだな!」

 何か吹っ切れたようなカエラの表情を見て、ヒロがクスリと笑った。

「ヒロ。君にお願いがある。」

 カエラが真摯にヒロを見つめる。

「私は罪無き精霊族を殺してまで熟練度を上げようとは思わない。とはいえ、他種族

討伐が一段落してしまった今、ここから更なる熟練度を獲得していくには、カイトと

の真剣な立ち合い稽古しかないのが現状だ。これはカイトとて同じ事。それで毎日

退勤後の数刻を2人の特訓にあててはいるのだが、熟練度の差が大きすぎて私は

カイト相手でも本気が出す事が出来ないでいる。・・・ヒロ。いや、人神よ。この私に

定期的に稽古をつけてもらえないだろうか!週のうち、一日だけでもいい!どうか

私に付き合ってくれ!この通りだ!!頼むっ!!」

 カエラが机上に額を付け、伏して願い出た。

「ちょっ!頭を上げてよ、カエラさん!」

 逆にヒロが慌てだす。

「カエラさんの域に達して、まだ上を目指そうとする意気込みは正直凄いと思う。

確かにカエラさんくらいからは、・・・熟練度を効率的に伸ばす方法って無いよなぁー。・・・うん、分かった。稽古指導を仕事として請ける。年棒泥棒状態の解消にも

なるし、丁度良いや。」

「ありがとう!!感謝する!!」

 カエラが顔を上気させヒロの手を両手で握り締めた。

-クッ・・・手っ、手を離せ筋肉オバケっ・・・

「では早速、明後日お願いしていいだろうか!?」

「いいよー。何時から?」

「朝からお願いしたい!!」

-え?丸一日稽古するって意味じゃねーよな・・・

「いいけど、色々と大丈夫ッスカ?」

「私の休日を君との稽古に充てるつもりだ!問題は無いぞ!」

-あ・・・完全に丸一日稽古するつもりだわこれ・・・

「え、でもせっかくの休日でしょ?いいの?」

「いいもなにも、これ以上に無い最高の休日の過ごし方じゃないか!」

「あ、はい。」

「では明後日の朝8時、駐屯地の西に外設してある第四修練場に集合するとしよ

う!」

「へいー。んじゃ、朝飯食ったらすぐ来るね。」

「了解した!くぅっ・・・明後日が待ち遠しいな・・・。」

 一頻ひとしきり目を輝かせていたカエラが、やっと落ち着きを取り戻した。

「それはそうと、抽出の方はどうだったかな?何か良い物は採れたかい?」

「いやー、今回はちょっとねー。言うても最初に悪霊を数十匹倒して、最後に獣神

一匹食っただけだし・・・」

 ヒロが改めて抽出情報を確認する。




 与奪の権能・抽出管理始動


 与奪の権能・抽出により 

 獣神の頭部1 損壊した獣神の胴体1 損壊した獣神の肢2

 神装ガラルの残骸1 神拳鍔アヴェンタスの残骸1 

 タキツヌス王の黒ケープの残骸1 古代アルカンの首飾りの残骸1 

 極楽鳥の銀羽のアンクレットの残骸1 リディアの髪飾り1 

 スメラギの腰袋1 

 カリンカの実7 呪雨の符3 滅魂の符3 棘縛の符2 死憑の符7 

 リーフの封珠1

 を獲得


 神位   :第四神を獲得 既得神位:第六神に統合

 神力   :0.2を獲得 既得神力に統合

 権能   :格闘の権能、強化の権能、派生能力220を獲得 既得各権能に

       分散統合

 効果   :祝福強化系8種、心身強化系9種、特殊身体強化系1種を獲得

 称号   :獣神、闘神、破壊神、不敗の闘獣、剛の者、他178を獲得 

       既得称号:人神に統合

 加護   :獣神の加護、魔神の加護、神水一族の加護、他74を獲得 

       既得加護:人神の加護に統合


 守護精霊 :雷天の大精霊ビリア 深水の大精霊シュミル 養命の精霊王オーム

       聖木マシュアの精霊王ラ・ミンゴス 

 召還眷属 :呪縛の悪霊王エル 賦役の悪霊王トリスティ 陰呪の悪霊王アグル

       壊死の悪霊王モルフェン 古炎の悪霊王バルキアス

       強欲の悪霊王ドミニア 

       神獣王ヒドラ 神獣王クラーケン 

       神獣マンティコア 神獣ケンタウロス                      

 誓約奴隷 :精霊族(悪霊)15097 魔族5809 人間族244

 を獲得


 称号    「慈愛の王」「神殺王」「神々を屠る者」「神々を狩る者」「浄化神」

       を獲得 与奪の権能により既得称号:人神に統合

 派生能力  「不朽不変」「神司」「神炎万丈」獲得 与奪の権能により既得権能

       に分散統合 




「あー・・・今回はハズレだ。獣神の神力を削り切った状態で抽出しちゃったから、色々としょっぱい。死骸も装備もボロボロだし。」

「君にしては珍しいじゃないか。やはり神同士の戦いともなれば、抽出で秒殺とは

いかないのだな。・・・もはや想像もつかない境地だが。」

「ん?いや、調子乗って煽りくれやがったから、イラっとしてつい蹴り殺しかけた

ってだけ。一撃で躰が半壊して虫の息に。」

「・・・あ・・・あぁ、なるほど。」

「短気は損気だね。」

「う、うむ。・・・そうだな。」

「装備はどれも壊れてる・・・修理しても一般人は装備出来ないから売れもしないだろ

うからなあ・・・。」

「ん?」

「つっても、神器とか神装って名前付き装備に毛が生えた程度で性能もイマイチっ

しょ?修理する価値あんのかなぁって。錬金でなんかの餌にでもするか・・・。」

「いや、性能がイマイチと言っても、それは私達の装備に比べての話だろ?」

「うん。」

「まあ、私が言うのもなんだが-」

 カエラが苦笑する。

「最上級の聖装や聖器を何百万個と注ぎ込んで、五柱神たる貴殿が直々に我々に

合わせて造り上げたこの装備や武器と比べてしまっては、いかに神器といえど

可哀想というものだ。それにこれは一般論だが、「神装」や「神器」は壊れて

いようがいまいが、使えようが使えまいが、生きとし生ける者にとって究極の

頂とも言える「至宝」に変わりは無いと思うぞ。」

「そう?んじぁ、修理して城にでも飾ってもらとこっか・・・」

 ヒロが後頭部を掻いた。

「損壊していない品も幾つかあるにはあるんだけど・・・なんか効果がヤバそうな

呪符ばっかでさ。」

「ほ、ほう・・・。」

「1枚で街が死ねる・・・あ、待って。カリンカの実ってのがあった。これなら出せる

かも。」

「カリンカ・・・えっ!?カリンカアアアアアッッ!?」

「えっ、うん、カリンカ。」

「今は現存してない古代神樹の実のっっ!?食べるだけで派生能力をひとつ引き出せ

ると言われているあの・・・カリンカアアアッッ!?」

「え、そんなん?・・・あ、ほんまやね。」

「えええええええええええっっ!!!!!」

「これ、全部で7個しかないけど。」

「た、たた・・・たたた大変だああああああああ!!!」

 カエラは経連への報告書を掴んで、血相を変えて司令官室を飛び出した。


 -数分後

「おかえり、カエラさん。」

「す、すまなかった。神話級の希少品に気が動転してしまったんだ。経連支部が

大至急で移送部隊を派遣するとの事だった。」

「え、移送部隊を派遣って・・・お向かいさんじゃん。後で俺が持って行ったのに。」

「まあ、荷受け輸送も彼等の領分だからな。」

 その時、司令官室の扉がバーンと開け放たれた。

「いたっ!!ちょっと、ヒロ!これからお昼休みって時にぃ・・・あんたねえ!!」

「エレナ、おっす。」

「おっす!じゃないわよ!!よりによって今度は、全世界で失われた神話級の品を

納品??ちょっとそこに座りなさい!一度あんたに経連職員の食事休憩時間の大切

さについて話そうと思ってたのっ!!」

「えっ。・・・まあまあ。エレナ落ち着いて。・・・あ、そうだ。これ!ヴァトンのお土

産!!カエラさんもおひとつどーぞ。ささ、エレナもどーぞ。」

 ヒロが注入で保温用の封熱紙に巻かれ、湯気がたっている包み2個を取り出して

カエラとエレナにそれぞれ差し出した。

「熱々っしょ。食べて食べてー。」

「な、何よこれ。・・・美味しそうな匂いしてるじゃない・・・。」

「お土産とは心遣い痛み入る。エレナもここは落ち着いて御馳走になろうではない

か。」

「そ、そうですね。・・・カエラさんに免じて仕方ないわね。・・・ハムッ。・・・ん?

んむっ!?」

「柔らかいパンなのにやけにズッシリしてるな。・・・ムグッ!?」

 一口食べた二人が思わず見つめ合う。

「なんだこれは?パンはフワフワで噛むと中の肉餡から甘い肉汁が溢れ出して・・・

凄く旨いぞっ!!」

「んー!!・・・・・・美味しいっ!!」

 肉まんを頬張りながらエレナとカエラが驚きの声を上げ、至福の表情を見せた。

「肉まんって言うんだって。なんか最近ヴァトンの街で流行ってるっぽくて、屋台

に行列が出来てたよ。」

「これ好きかも。・・・肉まん!」

「ほー、肉まんというのか!覚えておこう!・・・・・・うむ、大変旨かった!!ご馳走様

でした。」

 カエラは肉まんを包んでいた封熱紙を丁寧に丸めてゴミ箱に入れた。

「もう昼休憩だ。どうだ2人共、駐屯飯を食べていかないか?私が奢るぞ。」

「食べたいんだけど、ヒロのせいでお昼休憩が無くなったの!カエラさんも怒っ

て!」

「タツミ達が腹を空かせてるうちに肉まんを渡したいから、俺はここで失礼しよ

かと・・・サーセン!」

「そうか、残念だな。じゃあ、改めて週末にでもカイトも呼んで4人でどこか食べに

いくか。」

「え!行こう、カエラさん!」

「いいね、行こ行こ!」

 やっと平和な空気が訪れた。

「あ、そうだ。エレナ、今回の仕事で獣神から奪った召喚眷属と誓約奴隷がなかなか

のもんでさ。獣神自身が選び抜いた選り抜きの個体ばっかなんだわ。」

「うん?・・・獣神?」

「さっきササッと獣神ガナーシャって奴シバいてきた。人間族との共生の意思が無い

魔族5000ちょいと、完全に悪霊化した精霊族15000。こいつらをエレナと

マキさんに倒してもらおうかなって思ってさ。」

「おっ!ついに英雄組の熟練度を鍛えるのか!私は大賛成だぞ!」

「えっ?」

「今なら装備と加護で熟練度の獲得量を爆上げ出来てるじゃん?・・・エレナもマキ

さんも、これで熟練度200万に手が届くはず。」

「に、200万!?」

「そうなったらエレナは算術の祝福は素で臨界まで昇華するし、算術と鑑定の祝福

の派生能力もかなり手に入るっしょ。それに待望の「神」の字が付く称号も手に

入るじゃん?・・・あと戦闘でも向かうところ敵無しになるから、王国の有事には前衛

の勇者組と後衛の英雄組で肩を並べて戦う事だって出来る!」

「理想的な編成じゃないか!素晴らしい!!」

「でしょー!」

「でも私、魔族とか悪霊を倒すなんて自信無いし、そんなに休みは取れないよ?」

「大丈夫。2人共、祝福と派生能力の強化爆上げしてるっしょ?」

「うん。」

「普通に殴り殺すのもいいけど、マキさんなら結界術の殲滅結界を使えば一瞬で終わ

る。エレナは「支配の聖霊王の指輪」を前にあげたの持ってる?」

「勿論!仕事中はずっと着けてるわよ。」

「それ、洗脳、掌握、懐柔の祝福効果があるからさ、視野に入った奴全員を洗脳、

掌握する事を強く意識して「死になさい」って命じるだけだよ。数分で終わる。」

「怖っ!」

「じゃないと霊体を倒し切るのは時間かかるし。それに完全に悪霊化してるから、

放っておくと平気で人間だって殺しだす超危険個体だよ。上級貴族の英雄なら民を

守る為に多少は我慢しなきゃ。」

「う・・・うー・・・。そうね。なら、まあ・・・よろしくお願いします。」

「うい。すぐに準備するから年末までには終わらせよ。マキさんにもそう伝えとい

てー。」

「分かったわ。」

「今の話を聞いていて思ったのだが、有事の際にエレナが英雄として本格的に戦線に

立てるのなら、実地の訓練と定期的な演習は絶対に必要だぞ。勇者と英雄の5人で

行う集団戦闘から攻城戦、領地防衛戦等、各戦局における動きと連携等を頭と体に

叩き込む必要がある。加えて、全員の召喚眷属を加味した超規模の作戦も準備、演習

をしておきたい。それに後衛職として遊撃支援、要人警護や避難誘導、救護と救援、

代理指揮や戦術起案、野営の設置と運営、人員管理と物品管理など、有事対応に関連

する様々な分野にも通じておいて欲しい。急ぐ必要はないが、これらの点も考慮して

もらえると助かる。」

「だねぇ。・・・まあ、今の5人ならどんな戦局でも圧勝するだろうけど、そういう

有事の連携とか動きを練習しとくのって大事だと俺も思う。」

「騎士じゃないのは私だけだし、緊急時に足手まといになるのだけは絶対に嫌。

定期的に練習とか訓練が受けられるのなら、是非ともお願いしたいです。」

「よし!そうとなれば、エレナとマキの熟練度上げが終わった後、サイモン総団長に

相談して我々5人を中心とした継続的な訓練、演習を計画しよう。それでいいな?」

「はい!是非お願いします!」

「なんか手伝える事があったら言って。俺も力になるよ。」

「それは助かる!人神様の支援に勝るものは無いからな!」

「うーし、んじゃー今日はもう帰るねー。カイトとタツミ達にお土産渡さないと。」

 その時、再びバーン!と指令官室の扉が開いた。

「すみませんっ!!失礼致しますっ!!大変お待たせしましたぁっっ!!!我々は

カリンカの実をお預かりし、移送する為に派遣されました、経連ディオン支部所属

の輸送部隊と特別警護部隊ですっ!!もうご安心をおおっ!!その品は我々がこの命

に代えても確実に経連支部へ、そして王都の経連本部までお届け致しますのでっっ

!!!」

-あ、カンナギさんじゃん!それにボンド、ジョセフとルカもいる!・・・へー、皆

ディオン支部の所属になったんだ!だったらホロになれば良かったなー。

 小さな輸送用革袋を大事そうに抱えたカンナギを中心に、特大の盾と重装備を

着込んだ移送部隊の面々が迎撃陣形を組み、さらにその周囲を完全武装の屈強な

特別支援部隊の大集団が囲み、臨戦態勢で全方位を警戒しながらジリジリと部屋に

入って来た。






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