Side Kaji:ミス・ブライトの目的

「DHSは、常に国家の安全のために動く。あなたが、我が国にとって脅威であるのかどうかを見極めます」

「……脅威やなんて言われるほどのことをした覚えは、ないんやけどなあ」


 そう告げても、彼女の態度は一切変わらない。

 まるで、精密な機械のようだった。


「先ほども尋ねた通り、あなたは、今年の一月、GSCを対象とした攻撃を仕掛けましたね? 事実の確認だけしたいので、イエスかノーで」

「攻撃と言えるかどうかは知らんけど……まあ、イエスやね」

「では次。なぜ同日に、日本の総務省への監査情報提出、米国UFIBへの内部告発、三者監査への倫理リスク通知を行ったのですか?」

「……ある目的のために、一時的にでも、GSCを弱らせる必要があったからや」

「その目的とは……?」

「GSCに転職するためやね」


「……ノックスレイヤーの初期モデル、もしくは派生機能の設計に、あなたは関わっていますか?」


 ここに来て、知らない単語が、初めて出た。

 おそらく、彼女が本当に聞きたいことは、これなのだろうと見当をつける。


「ノックスレイヤーってなんやねん。初めて聞いたわ。

 ……せやけど、あんたの言うそれが、もし透明パケットを指すなら、俺は関与しとらん」

「ゴールドマン氏から、あなたに直接の指示、依頼、または金銭的利益の提供はありましたか?」

「GSCのスカウトを受ける報酬を、金銭的利益提供と言うんやったら、イエス」

「日本を出国後、あなたの行動パターンが大きく変わっています。

 以前より慎重に、より孤立して、より規則的になっている。理由を説明できますか?」


 日本にいた頃の情報まで探られていたことに、怖気が走る。

 ゴールドマンの資料でも見たのだろうか。

 だんだん状況に苛ついてきて、つい、「はあ……あほか」と、ぼやきが漏れた。


「逆に聞くけど、ゴールドマンから、常に監視されてる立場で、どの程度の自由が俺にあんねん。

 あんたが一番ご存じやろ? 行動を逐一、監視してはるんやから」

「……そうですね。では次です」

「なあ? これ、いつまで続くん?

 抵抗なんて無意味なこと、せんから、そろそろ拘束をといてくれへん?

 腕を痛めて、仕事に差し支えると困るんやけど」


 だが、こちらの希望を、聞こえていないかのように無視し、彼女は冷静な声で続けた。


「ノックスレイヤーは、観測されない通信を可能にします。

 あなた自身は、それを危険だと思いますか?」

「……なるほど。ミス・ブライトの目的は、ノックスレイヤーを破壊することかい」

「質問にだけ、答えてください」

「んー……せやなあ。俺の友人は、こう言うてはったわ」


 一呼吸置いて、言語を切り替える。


"Unobserved communication is the beginning of unaccountable power.

And unaccountable power is the end of human ethics."

(観測されない通信は、説明責任を持たない力の始まりで、説明責任を持たない力は、人間の倫理の終わり)


 その言葉に、彼女の瞳が僅かに動いた。


「俺の意見も、それと同じやな」

「……あなたの友人の言葉、理解できます。

 説明責任を持たない通信は、国家にとっても脅威ですから……その友人は、サナダですか?」

「せや。あんたに、俺がどう見えとるんか知らんけど、俺と真田さんが、ここに留まる理由はひとつや。

 透明パケットを……いや、ノックスレイヤーを、この世から消したい」


 その言葉に、彼女は今日初めて、満足げな笑みを見せた。

 音もなく立ち上がり、一瞬で拘束を解く。


 ようやく身体の自由を取り戻した途端、脱力して、テーブルに突っ伏してしまう。


「……どうぞ。水分を取ってください」


 礼を告げる余裕もなく、ペットボトルを受け取り、一口だけ口に含む。


「あなたには、今後、DHSのConfidential Informant――秘密協力者CIになっていただきます」

「……できたら、勘弁してほしいんやけど」

「ここは、素直に受けた方が良いですよ。

 あなたの行動の一部は、我々の監督下で行われた、協力行為として記録できます。

 ……犯罪者としてではなく、協力者として」


 その言葉に、思わず顔を上げた。

 未来予測モジュールが出した答えの中には、命が助かった場合も、かなりの確率で、サイバー犯罪で裁かれる未来が見えていた。


「制限も、もちろんありますが、協力関係を築くことで、お互いに得るものの方が、遙かに価値がある。

 ……どうでしょうか?」


 そう言って差し出された右手を、少しの躊躇のあと、握り返す。


「そういうことなら……よろしゅう、頼んます」


 時計を見ると、既に午後九時を回っていた。

 自宅まで送るという、ミス・ブライトに従い、部屋を出る。


 ところが、張り詰めていたものが切れたのか、急なめまいに襲われ、平衡感覚を失った。

 身体が勝手に前傾しそうになり、それを、彼女が俊敏な動きで抱き留める。


「すまん……」

「いえ。こちらにも、責任がありますから」


 ゆっくりと、彼女から離れようとしたとき、聞こえるはずのない声が、耳に届いた。


「──……梶、くん……?」


 その言葉がした方向に、反射的に顔を向けた。


「は……?」


 隣の部屋の扉が開いていて、その前に、なぜか花が立っている。

 以前より髪が伸びて、記憶の中にある彼女よりも、顔つきが引き締まっていた。


「花……? 幻……?」

「いえ。私にも見えてますから、幻ではないですよ。お知り合いですか?」


 ……知り合いっちゅうか……。


 頭が働かず、何も答えることができない。

 だが、一歩を踏み出そうとした、そのとき。


「佐々木さん、早く部屋に入って」


 花の部屋の前から、男が一人出てきて、彼女に声を掛けた。


 耳を疑い、目を疑った。

 その直後、鏑木絢香の声が、急に蘇る。


『失恋の痛手は、新しい恋で癒やすのが良いって言うし、応援しようかと思って』


「──…………は?」


 間の抜けた自分の声が、ホテルの赤いカーペットに吸収されるように、落ちていった。

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